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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第四章 ふたりの道

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第三節 森の入口

それから、さらに何日かが過ぎた。

春の陽射しは少しずつ強くなり、村の外れにも緑が増えていった。


ルリエナとレオンは、相変わらず一緒に遊んでいた。

二人がよく遊ぶようになったのは、村の外れにある草地だった。

木の棒を剣にして走り回ったり、草の間を駆け抜けたり、どちらが先に大きな木まで行けるか競争したり。


レオンは、遊び始めるとすぐに走り出す。


「エナ、あそこまで競争な!」


「えっ?」


「あの木まで!」


レオンが指を差す。

ルリエナが返事をするより早く、レオンは走り出した。


「よーい、どん!」


「まだ言ってないよ!」


慌ててルリエナも後を追う。


レオンは速い。


五歳の子どもとは思えないほど、足が速かった。

けれど、走り方はまだまだ子どもらしい。

勢いよく駆け出して、途中で足がもつれる。


「うわっ!」


前のめりになったレオンが、草の上に転がった。


「・・・ほら」


ルリエナが追いつく。


「転んだ」


「転んでない!」


「今、転んだよ」


「これは・・・転んだんじゃなくて、休んだんだ!」


「立ったまま休めばいいのに」


「それじゃ休めないだろ!」


レオンはむくれながら立ち上がった。

膝についた草を払い、木の棒を拾う。


「もう一回!」


「またやるの?」


「今度は負けない!」


そう言って、また走り出す。

ルリエナは呆れながらも、その後を追った。


何度も走っているうちに、レオンがどんなところで足を取られやすいのか、少しずつ分かるようになってきた。


急に止まろうとすると、身体が前へ流れる。

方向を変えるときは、足元が柔らかい場所ほど転びやすい。

坂を下るときは、勢いがつきすぎる。

そんなことを考えながら見ていると、レオンの動きがなんとなく分かる気がした。


そして、転んだときには、やっぱり同じところに土がつく。


「レオン」


「ん?」


「また膝、汚れてるよ」


「これくらい平気!」


「服も見せて」


「なんで?」


「破れてないか見るの」


レオンは少し不思議そうな顔をしたが、素直に足を止めた。

ルリエナはしゃがみ込み、膝のあたりを見る。

今のところ、破れてはいない。


「大丈夫」


「ほらな!」


レオンは胸を張った。


「じゃあ、もう一回!」


「もう・・・転ばないようにしてよ」


「分かってる!」


そう言った直後、また走り出した。


そんな毎日が続いていた。


     *


ある日のことだった。

いつもの草地で遊んでいたレオンが、ふとその先へ目を向けた。

草地の向こうには、低い木々が並んでいる。

村から見れば、それほど遠くない。

けれど、二人が普段遊んでいる場所よりは、少し先だった。


「なあ、エナ」


「なに?」


「あっち、行ってみようぜ」


レオンが木々の方を指差した。


「・・・あそこ?」


「うん」


ルリエナは少し考えた。

そこは森というほど深くはない。

木々の間から向こう側も見えている。


「お父さんに、森の奥へ行くなって言われてるよ」


「ここは奥じゃないだろ」


「・・・そうだけど」


「ちょっと見るだけ!」


レオンはそう言って、木の棒を肩に担いだ。

その顔は、すでに行く気満々だった。

ルリエナは小さく息を吐く。


「・・・少しだけだよ」


「やった!」


二人は草地を抜け、木々の間へ入った。

そこは、思っていたより明るかった。

木漏れ日が地面に落ち、風が葉を揺らしている。

足元には落ち葉が積もり、小さなきのこがいくつか顔を出していた。


「見て、エナ!」


レオンが木の棒で、少し離れた場所を指す。


「なんかある!」


「触らないで」


「まだ触ってないだろ」


「触りそうだったから」


「・・・分かった」


レオンは素直に棒を引っ込めた。


二人は並んで歩いた。


村の外れでは何度も見ていた木々も、こうして中に入ると少し違って見える。


鳥の声が近い。

風の音も大きい。

草を踏む音まで、よく聞こえる。


「なんか、冒険みたいだな」


レオンが嬉しそうに言った。


「冒険者になったみたい?」


「そう!」


レオンは木の棒を剣のように構えた。


「魔物が出たら、俺が倒す!」


「また転ぶよ」


「転ばない!」


「さっきも言ってた」


「今度は本当に転ばない!」


レオンは胸を張った。

けれど、その先に進んだところで、二人は同時に足を止めた。


林の向こうに、さらに森が続いていた。

今まで見てきた木々とは、明らかに違う。

太い幹がいくつも並び、その枝が重なるように空へ伸びている。

木々の間隔も狭い。

昼間なのに、地面まで届く光は少なかった。

葉が風に揺れる。


ざわ・・・


ざわ・・・


その音が、森の奥から聞こえてくる。

レオンが黙った。

木の棒を握る手にも、さっきまでの勢いがない。


「・・・エナ」


「なに?」


「あっちは・・・」


レオンは森の奥を見つめたまま言った。


「・・・やめとこう」


「うん」


ルリエナも頷いた。

二人とも、それ以上は進まなかった。


怖い。


そう感じた。

けれど、それだけではない。

目の前にあるものが、自分たちの知らない場所だということが分かった。


無理に入れば、戻れなくなる。


そんな気がした。


「帰ろうか」


「うん」


二人は来た道を戻った。

しばらく歩いてから、レオンが振り返る。


「なあ、エナ」


「なに?」


「いつか、あそこ行ってみようぜ」


ルリエナも振り返った。

木々の向こうに、森の入口が見える。


「・・・いつかね」


「うん!」


レオンは満足そうに頷いた。


二人はまた村へ向かって歩き出した。

帰り道、レオンは何度も振り返った。

ルリエナも、一度だけ振り返った。


森は何も変わらない。


ただ、そこにある。


その日から、二人の遊び場は少しだけ広くなった。


けれど、あの森の入口から先へは、まだ誰も踏み込まなかった。


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