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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第四章 ふたりの道

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第二節 それぞれの夢

それから、何日かが過ぎた。


ルリエナとレオンは、いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていた。

朝、村の道で顔を合わせれば、そのまま一緒に遊ぶ。

畑の脇を走ったり、村の外れで木の枝を拾ったり、石を並べて遊んだりする。


レオンは、とにかくよく動いた。


走る。

跳ぶ。

木の棒を振る。

斜面があれば駆け上がり、少し高い場所を見つければ、そこから飛び降りようとする。


そして――よく転んだ。


「痛っ!」


今日も、レオンが地面に手をついた。


「また転んだ」


「転んでない!」


「今、転んだよ」


「違う。ちょっとしゃがんだだけ」


「そうなの?」


「そう!」


レオンは立ち上がり、服についた土を払った。

膝には、いつものように擦り傷がある。

けれど、泣くことはない。

少し顔をしかめただけで、すぐに木の棒を拾った。


「もう一回!」


「また?」


「今度は転ばないから!」


ルリエナは呆れながらも、笑った。


「じゃあ、見てる」


「おう!」


レオンは嬉しそうに木の棒を構えた。


それから、二人は何度も遊んだ。


そんな日が続くうちに、ルリエナは少しずつレオンのことを知っていった。

レオンは、父親のレオニスが好きだった。

村の大人たちがレオニスの話をしていると、すぐに耳を傾ける。


森へ行った。

魔物を追った。

遠くの町まで行ったことがある。


そんな話を聞くたびに、レオンの目が輝いた。


ある日のこと。


二人は村の外れにある切り株に腰を下ろしていた。

春の風が、草の上をゆっくりと渡っている。

レオンは木の棒を両手で持ち、地面に線を引いていた。


「なあ、エナ」


「なに?」


「俺、大きくなったら冒険者になる」


以前にも聞いた言葉だった。

けれど、今日は少し違って聞こえた。


「父ちゃんみたいになるんだ」


レオンは地面に描いた線を、棒の先でなぞる。


「魔物を倒して、いろんなところへ行く」


「遠くにも?」


「ああ。もっと遠く」


レオンは顔を上げた。


「困ってる人がいたら助けるんだ」


その言葉には、子供らしい憧れがあった。

まだ冒険者がどんな仕事をするのか、全部を知っているわけではない。

魔物と戦うことが、どれほど危険なのかも知らない。

それでも、父親の背中を見て、自分もそうなりたいと思っている。


ルリエナには、それが分かった。


「・・・すごいね」


「だろ?」


レオンは嬉しそうに笑った。


「エナは?」


「私?」


「大きくなったら何になる?」


ルリエナは答えられなかった。


「・・・まだ、分からない」


「そっか」


レオンはそれ以上聞かなかった。

からかったりもしない。

ただ、木の棒で地面をつついている。

ルリエナは、その横顔を眺めた。


自分は、大きくなったら何をしたいのだろう。

森へ行くのも好きだった。

布を触るのも好きだった。

母の仕事を見るのも好きだった。

糸を巻くのも、革を触るのも好きだった。


けれど、それを何と呼べばいいのかは分からない。


その日の夕方。

家へ戻ると、フィーネが作業台で布を広げていた。

窓から入る夕方の光が、作業台の上を淡く照らしている。

ルリエナは、しばらく母の手元を眺めていた。


針が動く。

糸が布を通る。

引かれた糸が、布の上に細い線を作る。

フィーネは何も言わず、いつものように手を動かしていた。


ルリエナは作業台の端に置かれていた布を、そっと触った。


柔らかい。

指先で押すと、少しだけ沈む。

手を離すと、ゆっくり元に戻る。

その感触が好きだった。


「どうしたの?」


フィーネが顔を上げる。


「・・・今日、レオンに聞かれた」


「何を?」


「大きくなったら、何になるのって」


「それで?」


「・・・分からないって言った」


フィーネは微笑んだ。


「まだ五歳だもの。分からなくてもいいのよ」


「うん」


ルリエナは返事をしながら、もう一度布に触れた。

少し離れたところには、糸と針。

その隣には、革の切れ端。

いつも見ているものだった。

ルリエナは、それらを順番に眺めた。


ふと、昼間のレオンを思い出す。


木の棒を振っていた。

走っていた。

転んでいた。

服が引っ張られていた。

腕を上げたとき、肩のところに布が寄っていた。


そんなことを考えているうちに、口から言葉が出た。


「・・・服」


「え?」


「服を作りたい」


フィーネの手が止まった。


ルリエナ自身も、少し驚いていた。

今まで、そんなふうに考えたことはなかった。

けれど、言葉にしてみると、不思議としっくりくる。


「服を作りたいの?」


「・・・うん」


フィーネが優しく笑った。


「じゃあ、ルリは仕立て屋さんになりたいのね」


「・・・分からない」


「ふふっ」


フィーネは笑った。


「じゃあ、何を作りたいの?」


ルリエナは少し考えた。


「これで・・・誰かの服を作るの」


作業台の布を指差す。


「その人が、いっぱい動けるようにしたい」


フィーネは何も言わなかった。

ただ、娘の顔を見つめている。


「走ったり・・・腕を上げたり。座ったり」


ルリエナは、昼間のレオンを思い浮かべながら話した。


「服が邪魔しないようにしたいの」


自分でも、どうしてそんなことを思ったのか分からない。

ただ、服を着ている人が動いたとき、その動きに合わせて布が動くところを見るのが好きだった。

母が仕立てた服もそうだった。

布は、人が動けば一緒に動く。

けれど、ときどき引っ張られる。

そこが少し気になる。


だから――。


「そうしたら、その人もいっぱい動けるでしょ?」


フィーネは、しばらく娘を見つめていた。


やがて、静かに笑った。


「じゃあ、いっぱい作りましょう」


「・・・うん」


ルリエナも笑った。


その夜。


布団に入ってからも、ルリエナは昼間のことを考えていた。


レオンは冒険者になると言った。

自分は服を作りたいと言った。

どちらも、まだ遠い話だ。

けれど、いつか本当にできるようになるのかもしれない。


そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。



二人の夢は、まったく違うものに見えた。


けれど二人は、まだ知らなかった。


これから何年も、同じ道を歩いていくことを。

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