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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第四章 ふたりの道

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第一節 五歳

春になった。


冬の間、白く冷えていた朝の空気も少しずつ柔らかくなり、セアドール村のあちこちで新しい芽が顔を出していた。


畑では土を起こす音が聞こえ、家々の軒先には冬の間に使った薪が積まれている。道端の草も少しずつ緑を増し、昼間には小さな虫が飛ぶようになっていた。


そんな春の日に、ルリエナは五歳になった。

三歳の頃と比べると、身体もずいぶん大きくなった。

まだ母の作業台には届かないが、踏み台を使えば、その上に並べられた布や革に手が届く。

フィーネに頼まれれば、糸を巻くこともできるようになった。


「ルリエナ、これを巻いてくれる?」


「うん」


母から糸を受け取り、ルリエナは小さな手でゆっくりと巻いていく。

以前は途中で糸を絡ませたり、強く引っ張りすぎたりすることも多かった。

けれど最近は、糸が張りすぎないように手を動かせるようになっている。


自分でも、いつの間に上手くなったのかは分からない。

何度もやっているうちに、手が覚えていった。

布をたたむときも同じだった。

柔らかい布なら、少し形を崩しても元に戻る。

張りのある布は、折った場所がそのまま残りやすい。


革も同じではない。

見た目が似ていても、触れば違う。

硬いもの。

柔らかいもの。

曲げるとすぐ戻るもの。

ゆっくり戻るもの。

ルリエナは、そんな違いを見つけるのが好きだった。


理由を考えているわけではない。

ただ、触っていると面白かった。


「ルリエナ、そろそろお昼よ」


「はーい」


フィーネに呼ばれ、ルリエナは糸を置いた。


昼食を終えると、今度はガルドと一緒に村の外へ出た。


その日は森の入口近くまで行っていた。


ガルドが拾った枝をまとめている間、ルリエナは地面にしゃがみ込み、芽を出した草を眺めていた。

少し離れた場所では、小さな虫が葉の上を歩いている。


風が吹く。

木の枝が揺れる。

遠くで鳥が鳴いた。


「お父さん」


「ん?」


「あれ、食べられる?」


ルリエナが指差したのは、地面から顔を出しているきのこだった。


ガルドが近づき、しゃがみ込む。


「これは食べられない」


「この前のきのこと似てるね」


「見た目が似ていても、違うからな」


ガルドはきのこの笠を指差しながら説明した。


「森には、似ているものがたくさんある。見ただけじゃ分からないものもあるんだ」


「・・・触ったら?」


「触って分かるものもある。でも、触る前に俺に聞け」


「うん」


ルリエナは素直に頷いた。


それから二人で村へ戻った。


村の中を歩いていると、前から大きな身体をした赤髪の男が歩いてきた。


「おう、ガルド」


「やあ、レオニス」


「森帰りか?」


「ああ」


レオニスの隣には、ルリエナと同じくらいの歳の男の子がいた。

赤い髪をした男の子は、道端に落ちていた小石を拾っている。

しゃがみ込んでは、小石を並べたり、指で転がしたりしていた。


一方のルリエナは、少し離れた場所に生えている草を眺めていた。

風が吹くたびに揺れる葉を、じっと目で追っている。


レオニスとガルドは、そんな子どもたちを気にする様子もなく話を続けていた。


「森の方はどうだった?」


「昨日、魔獣の跡を見つけた」


「近かったのか?」


「いや。まだかなり奥だ。ただ、足跡が新しかった」


「そうか。じゃあ、しばらくは奥へ行くときに気をつけないとな」


「ああ。あの辺りは一人で行かない方がいい」


大人たちの話は続いている。

けれど、二人の子どもは互いを見ようともしなかった。

ルリエナは草を眺めている。

男の子は小石を並べている。

それぞれ、自分のしていることに夢中だった。


「じゃあな」


「ああ。またな」


大人たちが別れる。

男の子も立ち上がり、小石をその場に残したまま父親についていった。

ルリエナも、何事もなかったようにガルドの後を歩く。


その日の二人にとって、相手はただそこにいただけだった。

ルリエナは、赤い髪の男の子がいたことさえ、すぐに忘れてしまった。


翌日の朝。


ルリエナが村の道を歩いていると、後ろから声がした。


「エナ!」


振り返る。

赤い髪の男の子が、こちらへ走ってきた。


「遊ぼうぜ!」


「・・・誰?」


男の子が止まった。


「え?」


「誰?」


「俺だよ!」


「知らない」


「昨日も会っただろ!」


「昨日?」


ルリエナが首を傾げる。

男の子は、しばらく何も言わなかった。


「・・・忘れたのかよ」


その顔があまりにも困っていたので、ルリエナは思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


「笑うなよ!」


「だって・・・」


男の子も、つられるように笑った。


「俺、レオン!」


「レオン・・・」


「そう!」


「私はルリエナ」


「知ってる。ガルドおじさんの娘だろ?」


「うん」


「じゃあ、遊ぼうぜ!」


レオンはそう言って、返事を待たずに走り出した。


「待って」


ルリエナも後を追う。


村の外れまで来ると、レオンは地面に落ちていた一本の木の枝を拾った。

両手で握り、胸の前に構える。


「見てろよ」


真剣な顔だった。


「俺、冒険者になるんだ」


「冒険者?」


「父ちゃんみたいに!」


レオンの父、レオニスは村でも腕の立つ男だった。

その背中を、レオンはいつも見ているのだろう。


レオンは木の枝を振った。


「こうやって魔物を倒して、困ってる人を助けるんだ!」


「・・・すごいね」


「だろ?」


得意そうに胸を張る。

もう一度、枝を振る。

そのときだった。


「うわっ!」


足元の小さな石につまずき、レオンが前へ転がった。


「レオン!」


ルリエナが駆け寄る。

レオンは地面に手をつき、すぐに顔を上げた。


「大丈夫!」


膝を見ると血は出ていないが擦ったあとがついている。

けれど、レオンは気にしていない。


「もう一回!」


「また転ぶよ」


「転ばない!」


レオンは立ち上がり、木の枝を握り直した。


ルリエナは足元に落ちていた別の枝を拾った。


「じゃあ、私も」


「エナのは剣じゃないだろ」


「剣だよ」


「俺のは剣!」


「私のも剣」


「違う!」


「同じだよ」


二人は顔を見合わせた。


そして、どちらからともなく笑った。


その日からだった。

村の中で、赤い髪の男の子と、森へ行く父親を持つ女の子が、一緒にいる姿を見かけるようになったのは。


まだ二人は知らない。


これから何年もの間、同じ道を歩いていくことを。


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