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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第三章 森と布と、好きなもの

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第五節 素材の声

朝のセアドール村には、いつもいくつもの音があった。


薪を割る音。


井戸から水を汲み上げる音。


家の中から聞こえる、鍋や食器の触れ合う音。


道の向こうでは、子どもたちが走り回っている。


ルリエナは父の手を握りながら、その間を歩いていた。


「お父さん、今日は森?」


「ああ」


「どこまで?」


「いつものところだ」


「いつものところ?」


「家の近くだ」


「もっと奥は?」


「まだだ」


「どうして?」


「ルリエナには、まだ少し早いからな」


「・・・ふーん」


納得したような、していないような顔で、ルリエナは父について歩く。


村を抜けると、家の数が少しずつ減っていった。

道の脇には畑が広がっている。

土から出たばかりの小さな芽が、朝の光を受けて揺れていた。

ルリエナがそちらへ寄ろうとすると、ガルドが声をかける。


「そこは踏むなよ」


「うん」


ルリエナはすぐに足を止め、道のほうへ戻った。


「これ、大きくなる?」


「ああ」


「なにになるの?」


「野菜だ」


「野菜かぁ」


ルリエナは芽を振り返った。

まだ何の形もしていない。

それでも、その小さな芽の中に、これから大きくなるものがあるのだと思うと不思議だった。


畑を抜けると、道の両側に草が増えてくる。

その先には、木々が見え始めた。

いつも家から見ていた森とは、少し違って見える。

近づくほど、木は大きくなった。

枝と枝が重なり、その向こうにも、さらに木が続いている。


「お父さん」


「ん?」


「森、大きいね」


「ああ」


「まだある?」


「あるぞ」


ルリエナは森の奥を見つめた。

けれど、ガルドはそれ以上先へは進まない。


「今日はここまでだ」


「えー」


「また今度な」


「・・・うん」


少しだけ残念そうにしながらも、ルリエナは父の隣に戻った。


森の入り口には、村とは違う音があった。


鳥の声。

葉の擦れる音。

どこかで小さな虫が鳴いている。

風が枝を揺らすたび、頭の上で葉がざわざわと動いた。


ルリエナは立ち止まった。


「いっぱい聞こえる」


「そうだな」


「鳥、どこ?」


「探してみろ」


ルリエナは耳を澄ませた。

声はする。

けれど、姿は見えない。


「・・・あっち!」


「そうだ」


ガルドが笑った。


「今日は見るだけじゃないぞ。聞くのも大事だ」


ルリエナは頷いた。


それから、森の中を歩きながら、足元や木の根元を眺める。


しばらくすると、ガルドが一本の枝を拾い上げた。


「これ、見てみろ」


「枝?」


「ああ」


ルリエナは両手で受け取った。

外側は乾いていて、少しざらざらしている。

けれど、折れたところを見ると、中はまだ少し湿っていた。


「濡れてるね」


「中はな」


「なんで?」


「まだ乾ききってないんだ」


ガルドは枝を指で軽く叩いた。


「こっちは細いだろ」


「うん」


「でも、簡単には折れない」


ルリエナも両手で持って、曲げてみる。

少ししなる。


「・・・強いね」


「そうだな」


ガルドは枝を受け取り、少し考えてから言った。


「こういうのは、使い道がある」


「なにに使うの?」


「それを考えるのも、見るうちの一つだ」


「うーん・・・」


ルリエナは枝をもう一度見る。


「棒?」


「そういう使い方もあるな」


正解なのか分からない。

けれど、ガルドは笑った。


少し先では、木の皮が剥がれ落ちていた。

ガルドが拾い上げる。


「これも見てみるか」


ルリエナは指先で触れた。

さっきの枝とは違う。

硬いところもあれば、少し柔らかいところもある。


「昨日の皮と違う」


「覚えてたか」


「うん」


「木が違うからな」


「同じじゃないの?」


「同じように見えても、違うことはある」


ルリエナは木の皮を裏返した。

表と裏でも、触った感じが違う。


「こっち、つるつる」


「そうだな」


「こっちは、ざらざら」


「そういうところも見るんだ」


ガルドはそれ以上説明しなかった。

ルリエナも、しばらく木の皮を撫でていた。


少し歩いたところで、今度はきのこを見つけた。


「あっ、きのこ!」


「触るなよ」


ルリエナの手がぴたりと止まる。


「食べられる?」


「これは食べられる」


「じゃあ、持って帰る?」


「ああ」


ガルドがきのこを採る。

ルリエナは鼻を近づけた。


「匂いする」


「するだろ」


「土の匂い」


「よく分かったな」


ルリエナは嬉しそうに笑った。


森を歩いていると、目に入るものが少しずつ変わっていく。

昨日までなら、ただの枝だったもの。

ただの木の皮だったもの。

ただのきのこだったもの。

けれど今日は、触って、匂いを嗅いで、曲げてみる。


同じように見えても、触れば違う。

硬いものもあれば、柔らかいものもある。

乾いているものもあれば、まだ水分を含んでいるものもある。


ルリエナは、拾った木の皮を大事そうに握っていた。


「お父さん」


「ん?」


「これ、お母さんに見せてもいい?」


「ああ」


「服にできる?」


ガルドが少し驚いた顔をした。


「それは、お母さんに聞いてみろ」


「うん!」


ルリエナは木の皮を胸に抱えた。


森の中には、まだ知らないものがたくさんある。

木も、葉も、枝も、土も。

どれも同じように見えて、触ってみると少しずつ違っていた。


帰り道、ルリエナは何度も手の中の木の皮を撫でた。


ざらざらしている。

少し硬い。

でも、折れたところは柔らかい。


その違いが、なんだか面白かった。


村が見えてくる。

畑の向こうから、薪を割る音が聞こえた。

家々からは昼の支度をする匂いが漂っている。

ルリエナは父の手を握り直した。


「お父さん」


「なんだ?」


「明日も森、行く?」


「家の近くだけならな」


「やった!」


小さな声が、村の道に響いた。


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