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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第二章 転生

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第四節 小さな体

三年という時間は、村の暮らしの中ではあっという間だった。

春になれば草花が芽吹き、夏には森から蝉の声が聞こえる。秋にはガルドが持ち帰った木の実やキノコが食卓に並び、冬になると暖炉の火が家の中を柔らかく照らす。


そんな季節をいくつも重ねるうちに、ルリエナは少しずつ成長していった。

最初は、寝返りを打つことさえできなかった。

やがて身体を起こせるようになり、何かにつかまって立ち上がるようになった。そして、何度も転びながら歩くことを覚え、いつの間にか家の中を自由に歩き回るようになっていた。

走れるようにもなった。


転んで、泣いて。


フィーネに抱き上げられて泣き止むと、また立ち上がる。


そんなことを繰り返しながら、小さな身体は少しずつ、自分の思うように動かせるようになっていった。


言葉も覚えた。

最初は単語だけだった。


「おかあさん」

「おとうさん」

「おみず」

「ごはん」


それが少しずつ増えていき、やがて短い文章を話せるようになった。


三歳になる頃には、家の中を歩き回りながら、フィーネに質問ばかりするようになっていた。


「お母さん、これなに?」


「糸よ」


「これは?」


「革」


「なんで?」


「服を作るため」


「なんで?」


「人が着るから」


「なんで着るの?」


「・・・それはね」


フィーネは少し考えた。

幼い娘に、どう説明すれば分かりやすいだろう。

しばらく考えたあと、フィーネは笑って娘の肩に手を置いた。


「身体を守ったり、動きやすくしたりするためよ」


ルリエナは首を傾げた。


「動きやすく?」


「そう」


フィーネは娘の腕をそっと持ち上げる。


「腕を動かすでしょう?」


ルリエナが腕を上げる。


「うん」


「服がきつすぎたら、動かしにくいでしょう?」


ルリエナは自分の服を見る。


「・・・動かしにくい?」


「そうよ。だから服は、ただ身体を隠すだけじゃないの」


フィーネは娘の肩から手を離した。


「服は、人の身体に合わせるものなの」


ルリエナは、その言葉を聞いて母親を見上げた。

まだ、その意味を深く理解しているわけではない。

けれど、その言葉は幼いルリエナの中に静かに残った。


そして三歳になったルリエナの身体には、両親から受け継いだものが少しずつ表れていた。


髪はガルドと同じ銀灰色だった。


光の加減によっては淡く銀色に見え、朝の窓から差し込む光を受けると、少しくせ毛な細い髪が柔らかく輝く。 


顔立ちはフィーネによく似ていた。


まだ幼さの残る丸い頬に、小さな鼻。大きな瞳には、母親譲りの柔らかな印象がある。

けれど、目の奥にはガルドを思わせる静かな色もあった。


フィーネは時々、娘の顔を眺めながら思う。


自分にも、ガルドにも似ている。

それなのに、どちらとも少し違う。

それが不思議で、そして嬉しかった。

身体つきはまだ幼く、小さな手足も細い。


けれど、手先はよく動いた。


糸を見つければ摘まみ上げ、布があれば指先で触れる。

革を見つければ、表面を撫でて感触を確かめる。

それは、フィーネが仕立てをしているときも同じだった。


母親の膝元に座り、針が布を抜けていく様子をじっと見つめる。


糸が引かれる。

布が少し動く。

フィーネの指が位置を変える。


それを見て、ルリエナも自分の指を動かしてみる。


「真似しているの?」


フィーネが笑うと、ルリエナは得意そうに胸を張る。


「できるよ」


「そうね。でも、針はまだ触っちゃ駄目よ」


「どうして?」


「刺さるから」


「痛い?」


「痛いわよ」


「お母さんも?」


「お母さんも刺したことあるわ」


そう言って、フィーネは自分の指先を見せる。

針仕事でできた小さな傷がいくつも残っている。


ルリエナは、それをじっと見つめた。


「痛かった?」


「痛かったわね」


「じゃあ、なんでやるの?」


フィーネは少しだけ考えてから答えた。


「好きだからよ」


ルリエナは分かったような、分からないような顔をした。

それでも、母の手元から目を離さなかった。


父親のガルドからも、いくつものものを受け継いでいた。


銀灰色の髪だけではない。

細身で手足の長い身体つきも、少しずつガルドに似てきている。


そして何より、物を見るときの癖が似ていた。

ガルドが素材を並べていると、ルリエナはその横にしゃがみ込む。


木の皮

細い蔓

薬草

キノコ

加工前の革


どれも、ルリエナにとっては珍しいものばかりだった。

ガルドが革を手に取れば、ルリエナもその手を見る。


指先で表面を撫で、軽く曲げる。

戻す。

別の場所を触る。


同じ革でも、場所によって感触が違うことを、ルリエナは少しずつ覚えていった。


「硬いか?」


ある日、ガルドが尋ねた。


ルリエナは革を触りながら首を傾げる。


「こっちは硬い」


「そうか」


「こっちは柔らかい」


「よく分かったな」


ガルドはそれ以上、何も言わなかった。

ただ、ほんの少しだけ目を細めて娘を見ていた。


ルリエナは、まだ自分が何をしているのか分かっていなかった。


ただ、触る。

見る。

動かしてみる。

そして、違いを感じる。


母親から受け継いだ仕立ての手。


父親から受け継いだ素材を見る目。


それらはまだ、小さな身体の中で別々に存在していた。

けれど、それぞれの日常の中で少しずつ積み重なり、やがて一つのものへと繋がっていく。


それが何なのか、今のルリエナにはまだ分からない。


ただ、家の中にはいつも何かがあった。


母の針

父が持ち帰る素材

動く布

曲がる革


そして、それらに触れる自分の小さな手。


ルリエナは今日も、目の前にあるものを見つめていた。


まだ知らないことばかりの世界で、少しずつ自分の身体を動かし、少しずつ言葉を覚え、少しずつ周りのものを知っていく。


その小さな身体には、これから先、数え切れないほどの経験が積み重なっていくことになる。


そして、そのすべてが、いつか一人の仕立て職人を形作っていく。


けれど今はまだ――。


三歳のルリエナは、母親の針が布を抜ける音を聞きながら、小さな目でその手元をじっと追っていた。


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