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『男気の虫』  作者: こうた


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第十七話 「仲間の証言」



 翌朝。


 直人は、自分の部屋で目を覚ました。


 床に座ったまま眠っていたらしい。


 身体中が痛い。


 首筋に手を当てる。


 虫はいない。


 それでも、皮膚の下を何かが這っているような感覚だけが残っていた。


 テーブルの上には、昨夜のスマートフォン。


 割れた画面に、新しい通知が表示されている。


『今日、話し合おう』


 友人からだった。


 直人は返信しなかった。


 すると、すぐに次のメッセージが届いた。


『逃げても無駄だよ』


 そして、


『もうみんな準備できてる』


 直人は、その意味が分からなかった。


     ◆


 夕方。


 指定された場所へ行くと、そこには友人たちが全員揃っていた。


「来たか」


 直人は何も言わない。


「座れよ」


「……何の話?」


「これからのこと」


 テーブルの上には書類が並んでいる。


 借金。


 送金記録。


 そして――


 窃盗事件に関する資料。


 直人はそれを見て、息を呑んだ。


「これ……」


「お前が持ってた荷物の写真」


「……」


「警察に渡せば、どうなるかな?」


 直人は友人を睨んだ。


「俺一人じゃないだろ」


「ああ」


「みんなでやった」


「そうだな」


「だったら……」


 友人は首を横に振った。


「俺たちは知らない」


「……何?」


「何も知らない」


 一人が続ける。


「直人が勝手に荷物を運んだ」


「違う!」


「俺たちは頼んでない」


「嘘だ!」


 別の男も口を開く。


「直人が金に困ってたから、自分からやったんだ」


「違う!」


 直人は立ち上がった。


「お前らが俺を脅しただろ!」


 誰も答えない。


 ただ、全員が目を逸らす。


 そして直人は気づいた。


 彼らの首元にいる黒い虫が、


 以前より大きくなっている。


     ◆


「じゃあ、証拠は?」


 友人が聞いた。


「……」


「脅した証拠ある?」


 直人はスマートフォンを出す。


 しかし――


 昨夜、地面に叩きつけたせいで壊れている。


「……」


「ないだろ?」


「……メッセージが」


「どこに?」


「……」


 直人は言葉を失った。


 バックアップもない。


 電話の録音もない。


 証明できない。


 友人は静かに言った。


「だから、俺たちは関係ない」


「……」


「全部、お前がやったことになる」


 直人の耳鳴りが始まる。


 カサ。


 カサカサ。


 周囲の人間の身体から、黒い虫が次々と這い出してくる。


 テーブル。


 椅子。


 床。


 壁。


 虫たちは直人を取り囲む。


 そして全員が同じ言葉を口にした。


「男気を見せろ」


「責任取れよ」


「仲間だろ?」


 直人は震えながら後ずさった。


「……俺だけ?」


 誰も答えない。


「俺だけが悪いのか?」


 友人が笑う。


「そういうことになるな」


     ◆


 直人は、その場から逃げ出した。


 夜の街を走る。


 息が苦しい。


 涙が止まらない。


「ふざけるな……」


 何度も呟く。


「俺だけじゃない……」


 誰かに助けてほしい。


 そう思った。


 そして、一人の名前を思い出した。


 以前、自分を心配してくれた友人。


 唯一、自分に「逃げろ」と言ってくれた人。


 直人は公衆電話から電話をかけた。


「もしもし……」


『直人?』


「助けてくれ」


『どうした?』


「俺……全部話す」


『分かった』


「警察にも行く」


『それがいい』


「でも……怖い」


『大丈夫だ』


 その言葉に、直人は涙を流した。


「ありがとう」


『今どこにいる?』


「駅の近く」


『分かった。迎えに行く』


 電話が切れた。


 直人はベンチに座った。


 しばらく待つ。


 十分。


 二十分。


 三十分。


 友人は来ない。


 電話をかける。


 出ない。


 もう一度。


 出ない。


 嫌な予感がした。


     ◆


 一時間後。


 スマートフォンではなく、公衆電話の着信音が鳴った。


「……もしもし?」


 相手は――


 先ほどの友人だった。


『直人』


「どこにいる?」


『……ごめん』


「何が?」


『俺、行けない』


 直人の顔から血の気が引く。


「どうして?」


『あいつらに言われた』


「……」


『お前と関わるなって』


「……」


『俺も巻き込まれたくない』


 直人は黙った。


『ごめんな』


 電話が切れた。


 直人は受話器を握ったまま動けなかった。


「……そっか」


 しばらくして、笑った。


「そっか……」


 涙が流れる。


「みんな……離れていくんだ」


     ◆


 その夜。


 直人が一人で歩いていると、道路脇に黒い虫がいた。


 いつもなら一匹。


 しかし今日は違う。


 数十匹。


 直人の前に道を作っている。


 虫たちは、ある建物へ向かっていた。


 警察署。


 直人は立ち止まった。


「……」


 行くべきだ。


 全部話すべきだ。


 そう思った。


 一歩進む。


 二歩。


 しかし、スマートフォンが鳴った。


 画面には一枚の写真。


 自分の家。


 そして――


 自分の大切な人たちの写真。


 知らないうちに撮られていた。


 メッセージ。


『話したら、次はお前だけじゃない』


 直人は立ち尽くした。


 黒い虫たちが、足元から這い上がってくる。


「……卑怯だ」


 直人は呟く。


「俺一人なら……」


 しかし、他人を巻き込むことだけはできなかった。


 直人は警察署の前で踵を返した。


 そして――


 その瞬間、後ろから声がした。


「男気を見せろ」


 直人は振り返らなかった。


 ただ、暗い道を一人で歩き始めた。


     ◆


 翌朝。


 ニュース速報が流れた。


『昨夜発生した窃盗事件について、警察は容疑者を特定したと発表しました』


 画面に映った顔写真。


 直人だった。


『単独犯の可能性が高いとみて――』


「……」


 直人はテレビの前で固まった。


 仲間は何もしていない。


 自分一人が犯人。


 それが、世間にとっての事実になった。


 そして――


 スマートフォンに一通のメッセージ。


『これで俺たちは助かる』


 送り主は、かつて「仲間」と呼んだ男。


 直人は返信しなかった。


 続いて、もう一通。


『ありがとう、直人』


 その瞬間。


 部屋中から、


 カサカサカサカサ――


 という音が響いた。


 壁一面。


 天井。


 床。


 家具の隙間。


 黒い虫が溢れ出してくる。


 そして全ての虫が、


 直人だけを見ていた。


「男気を見せたな」


 直人は床に座り込んだ。


 もう、誰もいない。


 仲間も。


 友人も。


 助けてくれる人も。


 残ったのは――


 増え続ける借金と、


 自分だけに押しつけられた罪。


 そして、


「男気」という名の呪いだけだった。

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