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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝


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第九話 泥濘街道と銀貨十四枚


 積み替え作業が終わる頃には、霧雨はさらに細かくなっていた


 空そのものが湿気を含んで溶け出しているみたいな天気だったせいで、遠くの景色は白く滲み、崩れた街道も輪郭を失ったまま灰色の霧へ飲まれている


 レインたちの荷車には、赤印の木箱が三つ積み直されていた


 本来なら別契約だった荷が混載されていることになるが、追加契約式は既に刻み終わっているため、封印記録の上では問題ないということなのだろう


 ただ、その分だけ荷台の重心は少し後ろへ偏っており、鉱石箱と工房荷が同時に揺れるたび、木製の荷車全体が軋んだ音を鳴らしていた


 ミナはその音を聞くたび嫌そうな顔になる


「これ絶対重いって……」


「重いですね」


「もっと否定しろよ」


 レインは荷台へ括り直した縄を確認しながら、小さく視線を動かした


 縄の食い込み具合と荷車の沈み方を見る限り、限界まではまだ余裕があると判断しているのだろうが、その“余裕”が一般人の感覚とズレていることをミナは既に理解し始めていた


 倒れていた女は、街道脇の岩へ腰を下ろしたまま二人の様子を見ていた


 脚の腫れはかなり酷い


 歩けなくはないだろうが、この泥道を長距離移動するのは無理だろうということが、外套越しでも分かる


「おい」


 ミナがレインへ小声で聞く


「まさか置いてくつもりじゃないよな」


「連れていきます」


「だよな……」


 ミナは少し安心した顔になる


 だが次の瞬間、レインは続けた


「依頼主がいないと契約確認が面倒なので」


「アンタほんと全部利益基準だな!?」


 女が思わず吹き出した


 さっきまで絶望した顔をしていたとは思えないくらい、不意打ちみたいな笑い方だった


「……変な運び屋」


「よく言われます」


「それ褒められてないぞ」


 ミナが即座に返す


 その間にも、レインは壊れた荷車から使えそうな部品を外していた


 車輪の鉄枠  固定金具  予備縄


 完全に壊れた荷車でも、金になる部分だけは残るという判断なのだろう


 濡れた木材へ工具を差し込む音が、雨音の中で鈍く響く


 女はその様子を見ながらぽつりと呟いた


「……そこまでやるんだな」


「壊れた荷車でも鉄は売れます」


「いや、そうじゃなくて」


 女は少し視線を落とす


「普通、通りすがりの運び屋なんて、荷だけ見て終わりだと思ってた」


 それは多分、この街道では正しい感覚だった


 崩れた道では、自分が生き残るだけで精一杯になる


 他人の荷車を助ける余裕なんてないし、まして追加契約まで背負う運び屋など珍しいのだろう


 けれどレインは違う


 利益があると判断すれば拾うし、切り捨てた方が損だと思えば残す


 その基準が徹底しているせいで、結果的に“見捨てない”形になっているだけだった


「名前」


 レインが突然聞いた


 女が瞬きをする


「……え?」


「契約相手の名前をまだ聞いてません」


「あー、そこかよ」


 ミナが苦笑する


 女は少し呆れたように息を吐いたあと、小さく答えた


「リュカ」


「商会所属ですか」


「工房直属の運搬担当」


 つまり商会運びではなく、工房専属に近い立場なのだろう


 だから荷も精密部品中心だった


 レインは小さく頷いた


「なるほど」


「何が?」


「だから荷を積みすぎたんですね」


 リュカの眉がぴくりと動く


「……どういう意味だ」


「工房系の人間は荷の価値を優先しすぎます  街道状態より、“全部届けること”を優先する」


 静かな口調だった


 責めているわけではない


 ただ分析している


「運ぶ側の感覚じゃないんです」


 リュカは少し黙った


 図星だったのだろう


 実際、赤印以外を切り捨てるという発想すら、彼女には最初なかった


「……全部必要だと思ったんだよ」


「そういう契約もあります」


 レインは外した鉄枠を荷台へ放り込みながら続ける


「でも、全部守ろうとして全部失うより、残せる方を通した方が利益は残ります」


 ミナはその横顔を見ながら、少しだけ不思議そうな顔をしていた


 レインは冷たい


 数字で動く


 損得を先に考える


 なのに時々、妙に人を助ける方向へ計算が向く


 それがまだ、ミナには上手く理解出来なかった


 雨脚が少し強くなる


 霧みたいだった空気へ、水の匂いがさらに濃く混ざり始めていた


 レインは空を見上げる


「……早めに動きます」


「また崩れるか?」


「この雨量だと、水路側が危ないですね」


 崩れた斜面ではなく、水路を見る辺りがレインらしかった


 ミナは肩を竦めながら荷車の後ろへ回る


 岩馬が重たい鼻息を漏らし、再び泥道を踏み始めた


 その車輪跡の後ろには、壊れた荷車だけが静かに取り残されていた

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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