表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/31

第十話 増水路と銀貨十四枚


 雨は止まなかった


 空を覆っている雲は朝よりさらに低く垂れ込めており、遠くの森も崩れた斜面も、今は灰色の靄へ半分沈み込んでいるせいで輪郭が曖昧になっていた


 泥濘んだ街道を進む荷車は、車輪が回るたび重たく地面を抉り、その跡へ濁った雨水がゆっくり流れ込んでいく


 岩馬は鼻息を荒くしながら前へ進んでいたが、昨日までと違って荷車へ掛かる負荷が大きいせいか、その歩幅は少しずつ狭くなっていた


 それでも歩みを止めないのは、街道用に育てられた岩馬が、“止まると沈む”ことを本能で理解しているからなのだろう


 荷台の後ろでは、ミナが木箱を押さえながら嫌そうな顔をしていた


「揺れる揺れる揺れるっ……!」


 鉱石箱と工房荷が同時に軋むたび、荷車全体が左右へ揺れる


 その重さを無理やり支えているのは縄と車輪だけなのだから、見ている側としては不安しかない


 だがレインは、荷崩れより周囲の地形ばかり気にしていた


 街道脇の斜面  水路の深さ  泥の流れ方


 その視線の動きは、まるで荷車ではなく“街道そのもの”を観察しているみたいだった


「なぁ」


 ミナが眉を寄せる


「さっきから何見てんだ?」


「水です」


「水?」


 レインは街道脇を流れる濁流へ視線を向けたまま答えた


「この辺り、雨水が逃げ切れてません」


 言われてみれば、水路の流れが妙だった


 本来なら斜面側へ落ちていくはずの雨水が、途中で溢れ、街道側へ逆流し始めている


 泥へ混ざった水は茶色く濁り、車輪跡を埋めるようにじわじわ広がっていた


 ミナは嫌な顔になる


「……それ、ヤバいやつ?」


「崩れる前ですね」


「もっと早く言えよ!?」


 だがレインの表情は変わらない


 既に予想していたのだろう


 むしろ問題なのは、“どこで崩れるか”だった


 後ろを歩いていたリュカが、不安そうに周囲を見回す


「街道って、こんな危ないのか……?」


「今は特別ですね」


 レインは静かに続けた


「元々この街道は、商会が通行量優先で拡張し続けた結果、水抜き構造が弱いんです」


 ミナが振り返る


「分かるのか?」


「雨の流れ方が不自然なので」


 街道脇の斜面には、所々へ人工的な石積みが組まれていた


 本来ならそれで雨水を逃がす設計だったのだろうが、長年の重量輸送で地盤が沈み、今は水路そのものが歪み始めている


 つまり。


 今この街道は、雨で崩れているというより、“積み重ねた負荷に耐え切れなくなっている”ということなのだろう


「……止まります」


 レインが突然手綱を引く


 岩馬が低く唸りながら足を止めた


 その瞬間。


 少し前方の地面が、ずるりと音を立てて沈んだ


「うわっ!?」


 ミナが反射的に荷台へしがみつく


 街道脇の泥が崩れ、水と一緒に斜面下へ流れ落ちていく


 濁流の音が一気に大きくなる


 もしそのまま進んでいたら、荷車ごと巻き込まれていただろう


 リュカの顔が青ざめた


「……なんで分かったの」


 レインは崩れた地面を見つめたまま答える


「水の流れが変わったので」


「それだけで……?」


「街道は先に音が変わります」


 ミナが横で呆れた顔をする


「アンタほんと、運び屋向けに進化しすぎだろ……」


 崩れた場所は完全に抉れていた


 幅は荷車一台分ほどだが、水路側が大きく崩れたせいで、このまま真っ直ぐ進むのは危険だった


 レインは周囲を見回す


 斜面  岩場  泥の深さ


 そして少し離れた森側へ視線を止めた


「……迂回します」


 ミナが顔をしかめる


「森側か?」


「街道より地盤が硬いので」


「いや普通逆だろ」


「この辺は岩地質です  水を吸った街道よりマシですね」


 レインは既に荷車の向きを変え始めていた


 ミナはため息を吐きながら後ろへ回る


「毎回思うけど、アンタほんと“死なない道”探すの上手いよな……」


 レインは小さく首を傾げた


「運ぶ仕事なので」


 森へ入った瞬間、空気が変わった


 街道側では雨水が流れ続けていたせいで常に地面が揺れているような感覚があったのだが、こちらは違う


 踏み込んだ地面が硬い


 泥へ足を取られるというより、濡れた岩肌を踏んでいる感触が靴裏へ返ってくることから、この辺り一帯は地中浅くへ岩盤が通っているのだろう


 レインが街道ではなく森側を選んだ理由を、ミナは歩きながら少し理解し始めていた


 雨で崩れた地面というのは、水量だけで決まるわけじゃない


 どこへ水が逃げるか  何が重みを支えているか


 そこを読み違えると、一見安全そうな街道の方が先に崩れる


 実際、さっきまでいた街道側では、水路から溢れた濁流が車輪跡へ入り込み始めていた


 あれは多分、もう長く持たない


「……ほんと変なとこ見てんな」


 ミナがぼそっと呟く


 レインは前を見たまま答えた


「街道だけ見てると死ぬので」


 その返答が妙に自然だったせいで、ミナは少し黙った


 この男にとっては、多分それが普通なのだろう


 どこが崩れるか  どこなら通れるか


 そういうものを見続けながら生きてきた


 荷車は濡れた木々の間をゆっくり進んでいく


 枝葉が雨を受け止めているせいで、森の中へ落ちてくる雫は少し遅い


 だから頭上では静かなのに、少し時間を置いて水滴が肩へ落ちてくるという妙な感覚が続いていた


 その不規則な雨音の中で、ミナだけが小さく眉を寄せる


「……レイン」


「なんです」


「なんかいる」


 荷車が止まる


 岩馬が低く鼻を鳴らした


 ミナは視線を細めながら森の奥を見る


 雨と木々のせいで見通しは悪い


 けれど、だからこそ分かる違和感がある


 鳥の声がしない


 さっきまで聞こえていた羽音も消えている


 代わりに、少し遠くで枝が軋む音だけがした


 重い


 人間より重い何かが、濡れた地面を踏んだ音だった


 リュカの顔が強張る


「……魔獣?」


「かもしれません」


 レインは静かに荷台を見る


 鉱石箱  工房荷  追加契約品


 その視線の動きだけで、ミナにはレインがもう“どれを捨てれば荷車が軽くなるか”を考え始めていることが分かった


「おい」


「最悪の場合の確認です」


「分かるけど顔に出すな」


 ミナが呆れながら短剣へ手を掛ける


 森の奥で、また枝が鳴った


 今度は近い


 しかも一つじゃない


 木々の隙間で、何か黒い影が動く


 その瞬間。


 岩馬が突然低く唸り、前脚で地面を掻いた


 湿った森の匂いへ混ざるように、獣臭い熱のある空気が流れてくる


 ミナの表情が一気に鋭くなる


「来るぞ」


 次の瞬間だった


 茂みが弾け飛び、黒い影が一直線に飛び出してくる


 狼に似ている


 だが普通の狼より一回り大きく、濡れた毛並みの下では異様な筋肉が盛り上がっていた


 口元から覗く牙も長い


 ミナが反射的に前へ出る


 だがその瞬間、レインが低く呟いた


「右へ」


「っ!」


 ミナが即座に飛ぶ


 次の瞬間、魔獣の爪が荷車の側面を抉った


 木片が飛び散る


 もし正面で受けていたら、まともにぶつかっていた


 ミナは着地しながら舌打ちする


ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ