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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
最終章

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第五十七話 繋がる道と小金貨一枚銀貨九枚


 翌朝、レインは王都運送組合の倉庫ではなく、川沿いの古い石積みの前に立っていた。


 昨日、地図の上でバルドが使えると言った場所だった。


 王都の中心から少し外れているため、通りを行き交う人は多くない。川沿いには古い倉庫がいくつか残っているものの、その半分以上は扉を閉ざし、壁には長い間使われていないことが分かるほど蔦が伸びていた。


 それでも川へ向かって造られた石段は残っている。


 ところどころ欠け、隙間には草が生えていたが、荷を抱えた人間が上り下りするだけの幅はあった。


 バルドは石段の下まで降りると、川面へ竿を差し込んだ。


「ここならいけるな」


 少し上流へ歩き、もう一度深さを測る。


「昨日の船着場より流れも緩い。三艘くらいなら順番に入れられる」


 レインは石段から通りまでの距離を見る。


 問題は川だけではない。


 荷を陸へ上げたあと、次の運び手へ渡せなければ意味がなかった。


「荷車は?」


 ミナが尋ねる。


「一台ならここへ入れます」


 レインが石段の上にある空き地を指すと、後ろからギドが首を横へ振った。


「一台じゃ足りねぇ。積み替えてる間に次が来たら、昨日と同じだ」


「じゃあ二台?」


「置くだけなら二台いける。ただ、向きを変えられねぇ」


 ギドは空き地へ入り、実際に荷車が通る幅を歩いて確かめていく。


「こっちから入れて、そのまま向こうへ抜けられればいいんだが……」


 視線の先には古い木柵があった。


 その向こうは細い路地へ繋がっている。


 ミナが柵へ近付き、手で押してみる。


 古い木が軋んだ。


「これ、外せないのか?」


「勝手に壊すなよ」


 ギドがすぐに止める。


「まだ何もしてないだろ」


「お前の場合、何もしてないって言いながら蹴るから信用出来ねぇ」


「失礼だな」


 言い返しながらも、ミナは柵から手を離した。


 レインはそのやり取りを聞きながら、柵の向こうへ目を向けていた。


 路地へ抜けられるなら、荷車を一方向に流せる。


 川から荷を上げ、ここで積み替え、荷車は反対側から街へ戻る。荷を降ろした舟も長く岸へ留まる必要がなくなる。


 地図の上では分からなかったことが、実際に立つと見えてくる。


「この土地は誰のものですか」


 レインが尋ねると、バルドが古い倉庫を顎で示した。


「昔は川運組合の共同荷場だった。川が廃れてから管理局へ返したはずだ」


「管理局?」


 ミナが嫌そうな顔をする。


「面倒そうだな」


「勝手に使う方がもっと面倒です」


「お前、契約になると急に真面目だよな」


 ギドが鼻で笑った。


「契約するまではな」


 レインは何も言わなかった。


「否定しろよ」


 その日のうちに管理局へ使用申請を出すことに決め、四人は次の候補地へ向かった。


 二箇所目は使えなかった。


 川から岸までの高さがありすぎて、木箱を一つ上げるだけでも人手が掛かる。


 三箇所目は岸そのものは広かったが、そこから続く通りが狭く、荷車が入れなかった。


 四箇所目まで歩いたところで、ミナが露骨に顔をしかめた。


「地図だと全部近く見えたのに」


「地図は荷を持って歩きませんから」


「何だそれ」


「実際に運ぶと違うという意味です」


「最初からそう言え」


 文句を言いながらも、ミナは先ほどから周囲をよく見ていた。


 人通りが多すぎる場所では荷を降ろせない。道が細ければ荷車が詰まる。川が近くても階段が急なら、重い金具を上げるのは難しい。


 戦う時に地形を見る癖が、こういう時にも役立っているらしい。


 しばらく歩いたところで、ミナが急に立ち止まった。


「ここは?」


 指した先には小さな広場があった。


 川へ続く道は緩やかに下り、岸には壊れかけた木の桟橋が残っている。


 レインは川へ近付いた。


 バルドも続く。


「……悪くねぇな」


「使えますか」


「桟橋は直さなきゃ駄目だ。今のまま荷を載せたら抜ける」


 バルドは板を踏み、腐り具合を確かめる。


「だが杭は生きてる。板を替えれば使えるぞ」


 ギドは広場の反対側へ歩いていた。


「荷車も二台入る。向こうから抜けられるな」


 ミナが得意そうにレインを見る。


「私が見つけた」


「はい」


「もっと褒めてもいいぞ」


「助かりました」


「……なんか軽い」


「本当に助かっています」


「ならいいけど」


 少しだけ機嫌を直したミナを見て、ギドが笑う。


 レインは広場の中央へ立った。


 川から舟が来る。


 荷を降ろす。


 待っている荷車へ渡す。


 荷車は目的地まで短い距離だけ走り、戻ってくる。


 舟は次の荷を取りに戻る。


 昨日まで別々だった川と街道が、ここで一度繋がる。


「ここを使いましょう」


 レインが言った。


 バルドは桟橋を見たまま答える。


「直す金がいるぞ」


「分かっています」


 ミナがすぐに振り返った。


「待て」


「まだ何も言ってません」


「その顔は払う顔だろ」


「払う以外に直す方法があるなら聞きます」


「ほら!」


 ミナがギドを見る。


「こいつ全然反省してない!」


「今度は必要経費だろ」


「ギドまで!」


 レインは笑いそうになるのを堪えながら、桟橋へ目を戻した。


 ただ、すぐに金を出すつもりはなかった。


 ここを直せば、本当に荷が動くのか。


 それを確かめる必要がある。


「先に人を集めます」


 ミナが目を丸くした。


「金じゃなく?」


「はい」


「珍しいな」


「どういう意味ですか」


「そのままの意味」


 倉庫へ戻ると、レインは川便を利用している修繕所と独立運び屋へ声を掛けた。


 全員を集めたわけではない。


 今まで実際に荷を預けたり、受け取ったりした者だけだった。


 夕方になる頃には、倉庫の中央へ十数人が集まっていた。


 修繕所の親方もいる。


 昨日荷を運んだ若い船頭もいる。


 王都運送組合へ所属していない運び屋も数人来ていた。


 レインは机の上へ地図を広げた。


「川便を増やしたいと思っています」


「舟を増やすのか?」


 誰かが尋ねる。


「それだけではありません」


 レインは昼間確認した場所を指した。


「ここで舟から荷車へ積み替えます」


 何人かが地図へ近付いた。


「途中で?」


「はい。今は舟が目的地の近くまで行っています。でも、それだと一件に時間が掛かりすぎます。川を長く使う荷と、短く使う荷を分けます」


 修繕所の親方が腕を組んだ。


「俺らのところへ来てる金具はどうする」


「この中継所で荷車へ載せ替えれば、今より早く届くと思います」


「誰が荷車を出す」


 その問いに、レインは集まった運び屋たちを見た。


「お願いしたいと思っています」


 空気が少し変わった。


 王都運送組合へ入れと言われると思った者もいたのだろう。


 だがレインは続けた。


「組合へ入る必要はありません」


「……は?」


 年配の運び屋が眉を寄せた。


「仕事だけ受けろってことか」


「はい」


「お前らの看板で?」


「それも必要ありません」


 今度こそ、何人かが顔を見合わせた。


「荷を届けてもらえれば、それでいいです。川から上がった荷を誰が運んだかは帳簿へ残します。料金も、その区間を運んだ人へ払います」


「それじゃ、お前らの取り分が減るだろ」


「減ります」


「いいのか?」


 レインは少し考えた。


「全部を自分たちで運ぼうとした結果が、今の混雑です」


 倉庫の奥には、明日を待つ白い荷札の荷がまだ残っている。


「仕事を取ることが目的なら、自分たちで全部運んだ方がいい。でも、荷を止めないことが目的なら、運べる人に渡した方が早いです」


 静かになった倉庫の中で、バルドが小さく笑った。


「ようやく分かってきたじゃねぇか」


「最初からそのつもりです」


「どうだかな」


 その時、修繕所の親方が地図へ手を置いた。


「桟橋、壊れてるんだろ」


「はい」


「板はこっちで出せる」


 レインが顔を上げた。


「いいんですか」


「ただじゃねぇぞ」


 親方は笑った。


「今まで材料を運んでもらった分がある。修繕代から引け」


「それだと――」


「全部金で払おうとすんな」


 親方はレインの言葉を遮った。


「お前らが川を使えるようになりゃ、俺らも材料が入る。こっちにも得があるんだよ」


 すると別の男が手を上げた。


「桟橋まで荷車を一台出すくらいなら、俺がやる」


「なら俺は午後だな。朝は市場の仕事がある」


「積み下ろしなら若いのを二人出せるぞ」


 レインが何かを頼む前に、声が重なっていった。


 誰かが善意だけで手伝うのではない。


 川が動けば自分の仕事も動く。


 荷車が戻れば次の依頼を受けられる。


 荷が増えれば船頭にも仕事が生まれる。


 それぞれが自分の利益を考えた結果、同じ場所へ集まり始めていた。


 レインはその光景をしばらく見ていた。


 銀貨を払って人を集めたわけではない。


 契約で縛ったわけでもない。


 必要だから繋がっている。


 それは、レインが今まで作ってきたどの仕組みより強いのかもしれなかった。


 翌朝、桟橋の修繕が始まった。


 腐った板を剥がすと、予想していたより下の梁が傷んでいたため、修繕所の親方が盛大に舌打ちした。


「板だけじゃ済まねぇぞ」


 ミナがレインを見る。


「ほら、金」


「まだ何も言ってません」


「絶対掛かるだろ」


「掛かりますね」


「何でそんな落ち着いてるんだよ」


 親方は二人の会話を聞いて笑った。


「梁は残ってる木材で何とかする。金具だけ買え」


「いくらですか」


「銀貨二枚で足りる」


 レインはそこで初めて財布を開いた。


 ミナが横から覗き込む。


「ちゃんと相談したから、今回はいい」


「許可制になったんですか」


「お前の財布はな」


 銀貨二枚を使い、必要な金具を買った。


 修繕は昼過ぎまで掛かった。


 完成した桟橋は新しいとは言えない。


 古い杭の上へ補強した梁を渡し、その上へ板を並べただけだ。


 それでもバルドが舟を寄せ、若い船頭が荷を抱えて上がってみると、板は軋みながらもしっかりと重さを受け止めた。


「いけるぞ」


 その一言で、待っていた人々が動き始めた。


 最初の舟から上がったのは修繕所へ送る金具だった。


 以前なら舟がそのまま下流まで運んでいた荷を桟橋で降ろし、待機していた独立運び屋の荷車へ載せ替える。


「これだけか?」


 運び屋が尋ねる。


「それだけです」


「荷台が余るぞ」


「帰りに市場から荷を拾ってください」


「なるほどな」


 男は笑い、手綱を握った。


 荷車が走り出す。


 舟はそれを見送ることなく、次の荷を取りに上流へ戻っていった。


 レインは懐中時計を確認した。


 今までなら舟が修繕所まで行き、荷を降ろし、戻ってくるまで次の便は待つしかなかった。


 今日は違う。


 舟は途中で役目を終え、もう戻り始めている。


 次の舟が桟橋へ入る。


 今度は薬師街へ向かう荷だった。


 割れやすい薬瓶は直接運ぶが、乾燥薬草の袋だけをここで降ろす。


 別の荷車が受け取る。


 その後ろでは、修繕所から戻ってきた荷車が空いた荷台へ別の荷を積み始めていた。


 川から街道へ。


 街道からまた別の道へ。


 昨日まで一本ずつ運んでいた荷が、途中で枝分かれしながら王都の中へ広がっていく。


「レイン」


 隣にいたミナが呼んだ。


「はい」


「これ……思ったより凄くないか」


 レインも同じものを見ていた。


 一艘の舟が一つの荷を最後まで届けるのではない。


 一台の荷車が倉庫から目的地まで走り続けるのでもない。


 自分の得意な区間だけを運び、次へ渡す。


 それだけで、一日に動かせる荷の量が変わっていた。


「最初からこれやればよかったな」


 ミナが言う。


「最初からは無理です」


「何で?」


「船頭を知りませんでした。使える桟橋も、協力してくれる修繕所も、荷を受け取る運び屋もいませんでした」


 レインは動き続ける人々を見る。


「昨日までに会った人がいたから、今日出来ています」


 ミナは少し黙った。


「……そっか」


 やがて小さく笑う。


「じゃあ、無駄じゃなかったんだな」


「何がですか」


「お前があちこち首突っ込んできたこと」


「言い方が悪くないですか」


「褒めてるんだよ」


 そう言ってミナは、次に来た舟の縄を受け取るため桟橋へ走っていった。


 夕方までに、川と街道を繋いだ中継は七度行われた。


 途中で荷札を取り違えそうになり、一度だけ荷車を呼び戻す騒ぎになったものの、荷そのものが失われることはなかった。


 何より、昨日は倉庫へ残った白い荷札の半分近くが消えていた。


 夕方、王都運送組合へ戻ったギドは帳簿を開いたまま、しばらく何も言わなかった。


 ミナが横から覗き込む。


「どうした?」


「計算してる」


「赤字?」


「だったらもっと嫌な顔してる」


 ギドはもう一度数字を確認した。


「今日だけで、昨日の倍近い荷が動いてる」


 レインも帳簿を見る。


 川便そのものの売上だけではない。


 中継した独立運び屋へ支払う区間運賃を差し引いても、扱った荷が増えたことで組合に残る手数料は増えていた。


 さらに、朝に運んだ修繕部品によって荷車が二台戻り、その二台が午後から別の仕事を受けた。その仕事の一部も王都運送組合を通している。


「売上は小金貨一枚と銀貨四枚」


 ギドが言った。


 ミナの目が丸くなる。


「そんなに?」


「入ってきた額だ。全部残るわけじゃねぇ」


 ギドは一つずつ支払いを確認した。


 船頭の日当を払い、独立運び屋へ区間ごとの運賃を渡し、積み下ろしを担当した人間にも賃金を支払う。朝に買った桟橋用の金具代もここへ含まれる。


 それでも、全てを払い終えたあとに残った利益は銀貨六枚だった。


 昨日までの銀貨十三枚と合わせ、手元には銀貨十九枚。


「……増えたな」


 ミナが呟く。


「はい」


「でもタイトルは小金貨一枚銀貨九枚なんだろ?」


 ギドが怪訝な顔をする。


 レインは首を傾げた。


 ミナも一瞬黙ったあと、机の銀貨を見る。


「……あれ?」


 ギドが額へ手を当てた。


「十九枚は十九枚だ」


 ミナが吹き出す。


「危ねぇ。何となく金持ちになった気がしてた」


「小金貨一枚は銀貨百枚です」


 レインが淡々と言う。


「分かってるよ!」


 笑い声が倉庫へ広がった。


 レインも銀貨十九枚を袋へ戻そうとした時、入口から声が掛かった。


「王都運送組合のレイン殿はいるか」


 笑いが止まった。


 入口には、管理局の紋章を付けた男が二人立っていた。


 セリオではない。


 一人は書類を抱え、もう一人は封をされた細長い筒を持っている。


「私です」


 レインが前へ出る。


 男は軽く頭を下げた。


「王都管理局からです」


 差し出された筒には、正式な封蝋が押されていた。


 ミナがレインの横から覗き込む。


「何かやった?」


「どうして最初に私を疑うんですか」


「心当たりが多いから」


「ありません」


「本当に?」


 管理局の男が咳払いをした。


 二人は慌てて口を閉じる。


「明朝、管理局へ出頭……ではなく、来局していただきたい」


「今、出頭って言いかけたぞ」


 ミナが小声で囁く。


「聞こえています」


「王都内の物流に関して、確認したい事項があります」


 男はそれ以上説明しなかった。


 ただ、帰り際に倉庫の奥へ積まれた荷と、壁へ貼られた地図を一度だけ見た。


 レインは受け取った筒を手の中で転がした。


 昨日までなら、管理局が自分たちを呼ぶ理由など思い当たらなかった。


 だが今は違う。


 川を使い始めた。


 独立運び屋へ仕事を渡した。


 修繕所を繋ぎ、止まっていた荷車まで動かし始めた。


 自分たちが運んでいる荷は、もう王都運送組合の倉庫だけで完結する量ではなくなっている。


「行くのか?」


 ギドが尋ねた。


「行きます」


「怒られたら?」


 ミナが聞く。


「その時考えます」


「お前、それ一番駄目なやつだろ」


 再び小さな笑いが起きた。


 それでも、レインは筒を握ったまま、倉庫の外へ目を向けた。


 日が沈み始めた王都の通りを、一台の荷車が走っていく。


 その荷台には、昼間あの桟橋で舟から渡された木箱が載っていた。


 さらに遠く、建物の隙間から見える川では、バルドたちの舟が上流へ戻っている。


 荷車だけでは届かなかった場所を舟が繋ぎ、舟だけでは運び切れなかった場所を荷車が引き継いでいる。


 レインが何かを命じなくても、荷はもう動いていた。


 その流れを見つめてから、手の中の管理局の封へ視線を落とす。


 明日、何を言われるのかは分からない。


 ただ一つだけ、昨日までとは違うことがあった。


 王都を流れ始めた荷を止めずに済む方法を、自分たちはもう持っている。


 倉庫の前を通り過ぎた荷車の車輪の音が遠ざかり、その向こうから川を進む舟の掛け声が重なって聞こえていた。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

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