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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
最終章

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第五十六話 増える依頼と銀貨十三枚


 翌朝、レインが王都運送組合の倉庫へ向かうと、いつもなら荷車が出入りしている入口の前に、見慣れない人だかりが出来ていた


 最初は荷の受け渡しでも重なったのかと思ったが、近付くにつれて様子がおかしいことに気付く。先頭にいる商人は腕に布包みを抱え、その後ろでは作業着姿の男が小さな木箱を足元へ置いている。さらに籠を抱えた年老いた女性や革袋を背負った職人までいて、誰も倉庫から出てくるのではなく、順番を待つように入口へ並んでいた


 レインが足を止めていると、倉庫の中から若い運び屋が飛び出してきた


「組合長! やっと来た!」


「何かあったんですか」


「何かどころじゃないですよ。これ、全部うちに荷を頼みに来た人たちです!」


 若者は嬉しいというより、どうしていいのか分からない顔で列を指差した


 レインはもう一度、並んでいる人々を見る


 少し前まで、この倉庫へ朝から集まるのは仕事を求める運び屋ばかりだった。荷を持った商人が自分から足を運び、それも倉庫の外まで順番を作って待っているなど、一度もなかった


「昨日の川便が市場で広まったみたいです。修繕所に金具が届いて荷車が動いたとか、薬師街まで荷が届いたとか、朝からずっとその話ばっかりで……俺も最初は二、三件だと思ったんですけど、気付いたらこうなってて」


「受付は?」


「してますよ! してますけど、急ぎだって言う人ばっかりなんです。俺にどれを先にしろっていうんですか!」


「落ち着いてください」


「組合長がもう少し焦ってください!」


 若者の悲鳴に近い声が倉庫へ響くと、奥からギドがゆっくりと歩いてきた


「朝から騒ぐな。荷を預けに来た連中が逃げるぞ」


「ギドさん、見てたなら助けてくださいよ!」


「俺は荷車の方を見てたんだよ」


「こっちは俺一人ですよ!」


「だからレインが来ただろ」


「最初から呼んでください!」


 倉庫の中から笑いが起きた


 レインも少しだけ口元を緩めたが、すぐに列へ目を戻した


 昨日の成功を聞いて人が来てくれたことは嬉しい。だが、その期待へ応えようとして何でも引き受ければ、昨日より簡単に失敗する


 昨日使ったのは三艘だった


 その三艘でさえ、浅瀬へ差し掛かった時には一艘を軽くするため、別の舟へ荷を移さなければならなかった。荷を満載していれば、あの場面で動けなくなっていた可能性もある


 今日は昨日より依頼が多いからといって、川の深さまで変わるわけではない


「順番に話を聞きましょう」


 レインが入口へ向かうと、先頭で待っていた商人がすぐに布包みを差し出してきた


「薬師街まで頼みたい。出来れば昼までだ」


 受け取った布包みは見た目より軽かった


「中身を聞いても?」


「染料だ。向こうの工房で切らしてる」


「今日届かなければ仕事は止まりますか」


「いや、まあ……今日の分くらいは残ってるはずだ。だが早い方がいい」


「では明日の朝便で届けます」


 あっさり返すと、商人の顔が曇った


「待て。川便なら今日行けるんだろ?」


「行けます。ただ、今日でなければ困る荷を先にします」


「だったら銀貨を上乗せする。それならどうだ」


 後ろに並んでいた者たちが少しざわついた


 レインは布包みを見たあと、商人へ返そうとした


「金の問題ではありません」


「商売だろ? 金を多く払う客を優先するのは普通じゃないのか」


「普通だと思います」


「なら――」


「でも、それを始めると、もっと払える人が来るたびに順番が変わります」


 商人の伸ばしかけた手が止まった


「昨日、修繕所へ金具を届けました。小さな箱でしたが、それが届いたことで止まっていた荷車が動きました。今日も同じような荷があります。それを後へ回して染料を先に運べば、染料は一日早く届きますが、別の場所では荷車が一日止まります」


「俺の仕事だって大事だ」


「はい。だから断るつもりはありません。明日の朝一番で必ず載せます」


 商人は納得しきれない顔をしていた


 後ろに人が並んでいることもあり、声を荒らげるのを我慢しているようにも見える


「……本当に朝一番なんだろうな」


「今日のうちに荷札を作ります」


「追加料金は?」


「必要ありません」


「商売が上手いんだか下手なんだか分からんな、お前」


 商人は呆れたように息を吐いたものの、最後にはもう一度布包みを差し出した


「分かった。明日だ。頼むぞ」


「預けていただいてありがとうございます」


「そこで礼を言うのも変だろ」


 商人が苦笑すると、後ろで待っていた男も少しだけ表情を緩めた


 次に出された木箱には、削り直した軸受けが入っていた


「南の修繕所までだ。向こうで荷車が三台止まってる。これが一本入れば、少なくとも一台は今日中に出せる」


「午前中に必要ですか」


「出来るならな。午後の便を待ってる商人がいるんだ」


「分かりました。これは今日の便へ載せます」


 レインが赤い紐の付いた荷札を木箱へ結ぶと、男は露骨に安堵した


 その次に来た女性が持っていたのは、乾燥させた薬草だった。量は多くないが、薬師が調合へ使うもので、夕方までには届けたいという。その後ろの鍛冶職人は小さな鋲を詰めた革袋を持っており、急ぎではあるものの明日の午前中でも仕事には間に合うと分かった


 レインは荷そのものではなく、それが届かなかった時に何が止まるのかを一人ずつ聞いていった


 最初は苛立っていた依頼人も、自分より先に運ばれる荷の理由を聞けば、渋々ながら引き下がってくれる


 全員の話を聞き終える頃には、机の上へ赤い紐と白い紐の荷札が分かれて積まれていた。今日中に必要な荷には赤を、明日でも間に合うものには白を付け、その理由まで帳簿へ書き残しておく


「何これ」


 背後から聞こえた声に振り返ると、ミナが倉庫の入口に立っていた


 寝癖の残った髪を手で押さえながら、机の上の札と外の列を交互に見ている


「……私、来る場所間違えた?」


「合っています」


「昨日までこんなんじゃなかっただろ」


「川便の噂が広がったようです」


 ミナはしばらく呆然としていたが、やがて赤い札を一枚摘み上げた


「こっちは今日?」


「はい」


「白は待ってもらうやつか。ずいぶん多いな」


「全部運ぶのは無理ですから」


 ミナは札を戻しながらレインを見る


「金多く出すから先にしろって奴、絶対いたろ」


「いました」


「で、断った?」


「はい」


「やっぱりな」


 ミナは苦笑したものの、すぐに少し真面目な顔になった


「でも、それでいいと思う。金持ってる奴から順番にしたら、結局でかい商会しか使えなくなるしな」


 レインが少し意外そうに見ると、ミナは眉を寄せた


「何だよ」


「同じことを考えていたので」


「私だってそれくらい考えるわ!」


 その声に近くの運び屋が笑い、ミナがそちらを睨む


「お前ら、笑ってる暇があるなら荷運べ!」


「ミナさんが一番遅く来たんですけど」


「うるさい!」


 朝の倉庫に笑い声が広がった


 その空気を壊すように、少し遅れてバルドが入ってくる


「朝っぱらから騒がしいな」


 昨日より多く積まれた荷を見た瞬間、バルドの目つきが変わった


 だが何も言わずに一つ目の箱を持ち上げ、次に縄の束を確かめ、それから赤い荷札の数を数えていく


「昨日より増えたな」


「依頼が増えました」


「それは見りゃ分かる」


 バルドは倉庫の奥に積まれた白い札の荷まで見てから、顎を撫でた


「今日運ばねぇ分も、あれだけあるのか」


「はい」


「だったら舟を増やす手もある」


 その言葉に、ミナがすぐ食いついた


「増やせるのか?」


「舟だけならな。川下に使ってねぇのが何艘かある。船底を直せばまだ使える」


「じゃあ直せばいいじゃん」


 バルドはミナを見て、呆れたように鼻を鳴らした


「誰が乗る」


 ミナの口が止まる


「昨日の二人だけじゃ足りねぇ。昔この川で働いてた奴なら何人か残ってるが、今は倉庫番や荷車の積み下ろしで食ってる。川の仕事が戻ったから来いって言ったところで、明日仕事がなくなりゃ食えなくなるのはそいつらだ」


「日当を高くしても?」


「今日だけなら来るさ」


 バルドは白い荷札の山へ目を向けた


「だが人間は舟みたいに、使う時だけ引っ張り出して岸へ繋いどきゃいいってもんじゃねぇ。家族がいる奴もいる。今の仕事を辞めさせて呼び戻すなら、明日も来月も川で食えると思わせなきゃ駄目だ」


 その言葉を聞きながら、レインは倉庫の壁に貼られた王都の地図へ視線を向けていた


 依頼そのものはある


 昨日より増え、今日受け切れなかった分まで残っているのだから、少なくともすぐに仕事が消える様子はない


 だが舟と船頭だけを増やしていけば、その分だけ必要な金も膨らむ


 今の組合に、何人もの生活をまとめて抱え込めるほどの余裕はなかった


 レインは地図の前へ歩いていった


「バルドさん」


「なんだ」


「舟を増やす前に、一つ試したいことがあります」


「言ってみろ」


 レインは川筋を指でなぞった


 昨日はこの川を使って、修繕所の近くまで直接荷を届けた


 確実だった


 だが、その間ずっと一艘の舟と一人の船頭が拘束される


 帰りまで考えれば、一件の荷を運ぶために使う時間は長い


「ここまで舟で運んだらどうなりますか」


 レインが指したのは、川と南市場へ向かう通りが最も近付く場所だった


 バルドが地図へ顔を近付ける


「古い石積みの岸がある。荷を降ろすくらいなら使えると思うが……そこからどうする」


「荷車へ戻します」


 ミナが首を傾げる


「わざわざ?」


「はい」


「せっかく川へ載せたのに、途中でまた荷車に載せるのか?」


「一台の荷車で王都を端から端まで走る必要がなくなります」


 ミナはまだ分からないという顔をしていたが、ギドが横から地図を覗き込むと、すぐに表情を変えた


「そういうことか」


 ギドは川沿いの一点から修繕所まで指を動かした


「倉庫からここまでは舟。ここから修繕所までは荷車。だったら荷車が使う距離はかなり短くなる」


「はい」


 レインは今度は薬師街側を指した


「薬師街へ向かう荷も、近い船着場で降ろせばいい。舟が目的地まで行く必要はありません」


 そこでミナも理解したらしく、地図へ顔を近付けた


「待てよ。だったら舟も最後まで行かなくていいから、早く戻ってこられるのか」


「そうなります」


「でも積み替えは増えるぞ」


「はい」


「荷を触る回数が増えれば、壊す可能性も増える」


 バルドが指摘する


「そこは荷の種類を選びます。薬瓶のような物は今まで通り直接運ぶ。縄や金具のように積み替えても問題の少ない物は途中で渡します」


 バルドはすぐには答えなかった


 川だけを知る者の目で地図を追い、使える岸と使えない岸を頭の中で確かめているようだった


「ここは駄目だ」


 やがて一箇所を指で叩く


「見た目は岸が近いが、流れが速い。荷を降ろしてる間に舟が振られる」


「では、こちらは?」


「そこなら使える。ただし雨が降った翌日は駄目だな」


 ギドも別の場所へ指を置く


「ここなら荷車を一台置ける。昔、運び屋が休憩に使ってた空き地が残ってるはずだ」


「それなら中継出来ます」


 レインが答えると、ギドが笑った


「お前、結局最初にやってたことへ戻ってきたな」


「最初?」


「一人で全部運ばないってことだよ」


 レインは地図を見た


 まだ荷車一台しか持っていなかった頃、自分一人で走れる距離には限界があった


 だから荷を繋いだ


 人を増やし、馬を増やし、誰かが持ってきた荷を別の誰かへ渡せる形を作った


 川が加わっても、それは変わらない


 舟だけで最後まで運ぼうと考えていたことの方が、むしろ今までの自分たちのやり方から外れていた


「三日ください」


 レインが言うと、バルドが顔を上げた


「三日で何をする」


「中継出来る場所を実際に見ます。荷車を置けるか、荷を一時的に置けるか、川から上げるのに何人必要か。それを確認してから決めます」


 ミナが疑うような目を向けてくる


「先に契約とかしないよな?」


「しません」


「勝手に金払わない?」


「払いません」


「本当に?」


「……必要になったら相談します」


「今ちょっと考えただろ!」


 ミナが声を上げ、バルドが堪えきれずに笑った


「こいつの財布、お前が持っといた方がいいんじゃねぇか」


「本当にそうしようかな」


「困ります」


「ほら、困るって言った!」


 朝から続いていた張り詰めた空気が、そこで少しだけ緩んだ


 だが仕事が減ったわけではない


 今日の便へ回す荷を船着場まで運び、バルドたちが積み方を確認する頃には太陽がかなり高くなっていた


 昨日の失敗を繰り返さないよう、浅瀬を避ける川筋を選んだことで舟そのものは順調に進んだ


 ところが、修繕所側の船着場へ近付いたところで先頭の舟が止まった


「なんで止まった?」


 後ろの舟からミナが声を飛ばす


「岸が空いてねぇ!」


 船頭が怒鳴り返した


 昨日は一艘ずつ荷を降ろしていた場所へ、今日は先に着いた舟がまだ繋がれている。職人たちが荷を受け取っているものの、昨日より箱が多いため運び出すのに時間が掛かり、次の舟が岸へ寄せられない


 流れの中で待っている舟は、竿で位置を保たなければ少しずつ下流へ流される


「これ、ずっと待つのか?」


 ミナが顔をしかめる


 バルドも不機嫌そうに岸を見た


「舟を増やせば解決すると思ったが、こっちが詰まるな」


 レインは岸で荷を運んでいる職人たちを見た


 一人が木箱を受け取り、板場を渡って倉庫へ運び、それから戻って次を受け取っている


 舟が遅いのではない


 荷を陸へ上げてからが遅い


「人を二人、岸へ置きましょう」


「また人を増やすのか?」


「船頭ではありません。荷を岸まで上げる人と、そこから倉庫へ運ぶ人を分けます。今は一人が往復しているから舟が待っています」


 バルドは岸を見たあと頷いた


「それだけでも違うだろうな」


 ミナが横からレインを見る


「で、また金掛かるな」


「……掛かりますね」


「嬉しそうに言うなよ」


「嬉しくはありません」


「でも頭の中で計算してるだろ」


 図星だったため、レインは返事をしなかった


「ほら!」


 その日の便は、昨日より多くの荷を運んだ


 浅瀬では止まらなかったものの、船着場で待たされ、荷を降ろすだけで想定以上の時間を使った


 昨日の問題を直せば、今度は別の問題が見えてくる


 それでも夕方までには、受けた荷を全て届けることが出来た


 修繕所では新たに届いた軸受けを使って一台の荷車が動き始め、その荷車が別の場所へ積まれていた荷を引き取りに向かった。レインたちが直接運んだのは小さな木箱一つだったが、その箱が一台の荷車を動かし、さらに別の荷を運ばせる


 その光景を見た時、レインは朝から考えていた中継の形が間違っていないと感じた


 自分たちが全ての荷を運ぶ必要はない


 止まっている場所へ必要な物だけを届ければ、その先はまた別の人間が動かしてくれる


 夕方、王都運送組合へ戻ると、朝に白い札を付けた荷が倉庫の一角へきちんと並べられていた


 今日運べなかったからといって、仕事を失ったわけではない


 明日の便がすでに待っている


 ギドは全員が戻ったのを確認してから帳簿を開いた


「今日は入ったぞ」


 ミナがすぐ机へ寄る


「いくら?」


「売上だけなら銀貨九枚と銅貨が少しだ」


「昨日より全然多いじゃん!」


「だから最後まで聞け」


 ギドは笑いながら帳簿を指で叩いた


「船頭二人は昨日より長く働いてる。日当を同じにしたら次から来なくなるぞ。それに舟の使用料、船着場まで荷を運んだ人足、荷札と縄の補充、それから昨日擦った舟底の補修代も今日払ってる」


 ミナは机の銀貨を見ながら顔をしかめた


「入ってきても結構出ていくな」


「当たり前だ」


 バルドが横から口を挟む


「川が勝手に荷を運んでくれるわけじゃねぇ。人間が動けば腹も減るし、舟を使えば板も傷む。そこをケチったら、来週には誰もいなくなるぞ」


 ギドが最後の支払いを帳簿へ書き込み、残った銀貨を数え直した


「今日残った利益は銀貨五枚だ」


 昨日の銀貨八枚と合わせ、手元に残ったのは銀貨十三枚


 レインは机に並んだ銀貨を見た


 銀貨一枚を手に入れることすら遠かった頃から考えれば、十三枚という数字は大きい


 けれど、今のレインにはその銀貨が十三枚の金としてだけ見えなかった


 船着場で荷を降ろす人を増やせる


 使われなくなった舟を一艘直せるかもしれない


 中継地点を借りるための資金にも出来る


 出来ることが増えた分だけ、どこへ使うかを間違えた時に失うものも大きくなる


「何考えてる」


 ギドに声を掛けられ、レインは顔を上げた


「使い道です」


「やっぱりか」


 ミナがすぐに割り込んでくる


「今朝、相談するって言ったよな?」


「まだ使っていません」


「そうじゃなくて!」


「今回は相談します」


「今回はって何だよ!」


 ミナが机を叩き、ギドが笑う


 バルドまで肩を揺らしているのを見て、ミナはさらに不満そうな顔になった


「何で私が悪いみたいになってるんだよ」


「誰も言ってません」


「お前の顔が言ってる!」


「そんな器用な顔は出来ません」


「出来てる!」


 騒がしくなった倉庫の中で、朝から働いていた運び屋たちも笑っていた


 疲れているはずだった


 それでも明日の荷はすでにあり、今日よりどう動かせば早くなるかを話す声があちこちから聞こえてくる


 少し前まで、仕事が無くなることを恐れていた人々だった


 今は仕事をどう捌くかで頭を悩ませている


 同じ日の夕刻、王都管理局ではセリオが二日分の記録を机へ広げていた


 向かいに座る白髪交じりの上司は、昨日より増えた数字を追いながら何度か指を止めている


「二日目でもうこれだけ依頼が増えたのか」


「確認出来たものだけです。明日へ回された荷もあります」


「黒蛇商会の取扱量とは比べ物にならんな」


「量だけなら、そうです」


 セリオはそこで一枚の紙を前へ出した


「ただ、こちらを見てください」


 上司が目を落とす


「昨日、王都運送組合が修繕所へ運んだ金具によって荷車が二台復帰しました。今日も軸受けが届いたことで一台戻っています。川で直接運んだ量だけを見れば小さいですが、届けた部品によって別の荷車が動き始めています」


 上司はしばらく数字を追っていた


「一箱運ぶことで、その何倍もの荷が動くわけか」


「はい。彼ら自身が全てを運んでいるわけではありません」


「それは面白いな」


 上司は椅子へ深く腰掛けた


「いや、我々にとっては面白いでは済まんか」


 机の端には、黒蛇商会について集めた書類が置かれていた


 乾燥場との契約


 木材の買い付け


 修繕所への融資


 運び屋との専属契約


 どの書類にも正式な署名があり、それぞれを一件だけ取り上げれば、不自然なところは少ない


 上司はその束へ手を伸ばしたものの、今度は一枚ずつ読むのではなく、日付を確かめながら机へ並べ始めた


 セリオがその手元を見る


「何を?」


「今まで我々は、契約一つ一つを見ていた」


 上司は最も古い木材の契約書を左へ置き、その後に結ばれた乾燥場との契約を隣へ並べる


「だが黒蛇商会が最初から物流全体を見ていたとしたら、一件ずつ調べても何も出ない」


「順番を見るんですか」


「ああ」


 上司は修繕所への融資が始まった日付を確認する


「いつ木材を押さえた。その後、いつ乾燥場へ入った。修繕所へ金を出したのはいつだ。そして運び屋へ専属契約を持ち掛け始めたのはいつなのか」


 セリオの表情から、先ほどまで残っていた僅かな疲れが消えた


「最初から繋がっていたなら……」


「意図まで証明出来るとは限らん」


 上司はそこで言葉を止めた


「だが、偶然だと言うには出来すぎた並びが見つかる可能性はある」


「黒蛇商会へ照会しますか」


「まだ早い」


 返事はすぐだった


「こちらが何を調べているか知られる必要はない。王都運送組合にも話すな」


「レインにも?」


「特にあの若者にはな」


 セリオは思わず笑った


「何かしそうですか」


「何かするから困っているんだ」


 上司は呆れたように言いながら、再び契約書の日付へ目を落とした


「我々には我々の仕事がある。彼らには荷を動かしてもらう。今はそれでいい」


 管理局の窓の外では、日が落ちた王都の屋根の間に、川面だけが細く残った夕暮れの光を映していた


 その川沿いでは、仕事を終えた船頭たちが舟を岸へ繋ぎ、明日の水位を確かめながらバルドと何かを話している


 少し離れた王都運送組合の倉庫では、白い荷札を付けられた木箱が明日の便を待ち、机の上ではレインとギドが中継場所の候補を地図へ書き込んでいた


 今朝まで一本だった流れを、明日はどこで分け、どこで繋ぎ直すのか


 レインの指が地図の上を動くたび、ミナが横から口を挟み、ギドが別の道を示す


 誰も、もう銀貨十三枚だけを見てはいなかった


 その金を使った先で、明日いくつの荷を動かせるのか


 倉庫の灯りは夜が深くなっても消えず、使い込まれた王都の地図の上には、街道と川を結ぶ新しい線が少しずつ増えていった

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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