第四十七話 止まった定期便と小金貨一枚銀貨九枚
翌朝、王都運送組合はいつもと変わらない忙しい朝を迎えていた
東門が開くと同時に朝便の荷車が街道へ走り出し、修繕所では前日のうちに整備を終えた荷車へ新しい車輪が取り付けられていく。倉庫の中では運び屋たちが荷札を確かめながら手際よく積み込みを進め、街道から戻った岩原馬には世話役が新しい飼葉を与えていた
誰もが自分の役目をこなし、途切れることなく流れ続ける物流が、今日も変わらず王都を支えている
そんな空気を切り裂くように、倉庫の扉が勢いよく開いた
「レインさん!」
飛び込んできた若い運び屋は肩で大きく息をしながら机へ手をつく
街道を全力で走って戻ってきたのだろう
額から流れ落ちた汗が床へぽたりと落ちる
その様子を見ただけで、ただ事ではないと誰もが察した
荷を積んでいた運び屋も、荷車を整備していた職人も自然と手を止め、倉庫の視線が一斉に男へ集まる
レインは慌てることなく男へ近付いた
「落ち着いてください。何がありました」
男は何度か深呼吸を繰り返し、ようやく言葉を絞り出した
「西街道の定期便です」
その一言だけで、倉庫の空気が変わる
ギドも腕を組んだまま一歩前へ出た
「事故か」
男は首を横へ振る
「違います」
悔しそうに唇を噛み締めてから続けた
「車輪が割れました」
倉庫のあちこちで小さなどよめきが起こる
新品へ交換したばかりの車輪が壊れるなど、そう簡単に起きる話ではない
しかも男の報告は、それだけでは終わらなかった
「一台じゃありません。二台続けてです」
ギドの表情が険しくなる
「修繕所で直した荷車か」
「はい。どちらも昨日修理を終えた荷車でした」
レインは静かに頷く
「現場まで案内してください」
それだけ言うと倉庫の奥で馬具を整えていたミナへ視線を向ける
「行きましょう」
「分かった」
二人はすぐに岩原馬へ跨り、西街道を目指して駆け出した
王都を離れるにつれ、人通りは少しずつ減り、街道には定期便の荷車だけが一定の間隔を保ちながら走っている
本来なら昼前まで止まることなく荷が流れ続ける道だった
だが中継所が近付くにつれて、前方には異様な光景が広がっていた
何台もの荷車が街道の脇へ寄せられ、その周りでは運び屋や商人たちが困り果てた様子で集まっている
積荷は途中まで降ろされ、荷物を抱えた商人たちは何とか別の荷車を探そうと走り回っていた
普段なら荷車が次々と行き交う街道は静まり返り、定期便の流れだけがそこで途切れている
レインは馬から降りると、人だかりの中心へ歩み寄った
割れた車輪が二本、地面へ転がっている
しゃがみ込み、木肌へそっと指を添える
無理な荷重が掛かった跡ではない
石へ乗り上げた傷でもない
木目に沿って大きく裂けた割れ方だった
ミナも隣へしゃがみ込む
「どうだ」
レインはしばらく木目を眺めていたが、小さく息を吐いた
「木材です」
「やっぱりか」
修繕所で聞いた主人の話が頭をよぎる
良質な木材は市場から姿を消え、仕方なく質の落ちる木を使わざるを得なくなっている
あの時は修繕所だけの問題だと思っていた
だが今、その影響は組合の定期便そのものへ及び始めていた
「レインさん」
荷車の持ち主が力なく声を掛ける
「俺だけじゃありません」
男は少し離れた場所を指差した
そこでも別の荷車が車輪を外され、運び屋たちが頭を抱えている
「朝から二台止まりました」
さらに視線を街道の先へ向ける
「途中で会った商人も言ってました。西商業区の商会でも同じように車輪が割れて、荷車が何台も止まってるそうです」
その話を聞きながら、レインは静かに立ち上がった
修繕所だけではない
王都運送組合だけでもない
質の悪い木材は、すでに王都全体の物流へ影響を与え始めている
もしこの状況が続けば、荷車は次々と止まり、修理代はさらに高騰する
個人運び屋から姿を消し、小さな商会も資金が尽きていくだろう
そして最後に残るのは、十分な資金と物資を抱えた黒蛇商会だけになる
レインは街道をゆっくりと見渡した
荷を届けられず困り果てる商人
壊れた荷車を前に立ち尽くす運び屋
積荷を守ろうと慌ただしく動き回る人々
昨日まで当たり前だった物流は、静かに、しかし確実に崩れ始めていた
「……向こうが動きましたね」
その小さな呟きは街道を吹き抜ける風へ溶けていった
レインは割れた車輪をもう一度見下ろし、静かに拳を握る
ここで流れを止めれば、王都運送組合だけでは終わらない
王都そのものの物流が、黒蛇商会の思い通りになってしまう
その未来だけは、何としてでも止めなければならなかった
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