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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
四章

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第四十五話 黒蛇商会と小金貨一枚銀貨九枚


 王都運送組合へ戻った頃には、西へ傾き始めた日差しが倉庫の壁を赤く染めていた


 入口の前には荷を積み終えた荷車が何台も並び、朝から街道を走り続けた岩原馬がようやく水桶へ顔を沈めている。その横では修繕を終えた車輪を職人たちが一本ずつ締め直し、次の定期便へ間に合わせようと慌ただしく手を動かしていた


 普段なら聞き慣れた作業音が倉庫いっぱいへ響いている時間だった


 だが今日は違う


 倉庫の中央だけは、不自然なほど静かだった


 そこには乾燥場で出会った黒蛇商会のヴォルクが立っていた


 ギドは腕を組んだまま壁へ寄り掛かり、レインの姿を見つけると静かに顎をしゃくる


「待ってたぞ」


 ヴォルクもゆっくり振り返った


「お戻りでしたか」


 穏やかな笑みだった


 だがその笑顔を歓迎する者は一人もいない


 ヴォルクは言葉を切ると、倉庫の奥までゆっくりと視線を巡らせた


 修繕を終えた荷車は次の定期便へ備えて整然と並べられ、その横では職人が車輪の締め具合を確かめながら最後の調整を続けている。少し離れた場所では若い運び屋が今日運び終えた荷を帳簿へ書き込み、街道から戻った岩原馬は世話役に首筋の汗を拭かれながら、ようやく落ち着いた様子で飼葉を口にしていた


 誰も仕事の手を止めようとはしない


 それでも倉庫へ流れる空気は、さっきまでとは明らかに違っていた。荷を運ぶ者も、荷車を整備する者も、帳簿へ数字を書き込む者も、それぞれの仕事を続けながら耳だけは自然とこちらへ向いている


 この組合が一つの流れとして動いていることを確かめるように倉庫の隅々まで見渡したヴォルクは、小さく息を吐いてレインへ向き直った


「正直に申し上げますと、予想以上でした」


 ギドが鼻を鳴らす


「褒められても嬉しくねぇな」


 ヴォルクは首を横へ振った


「褒めているわけではありません。ここまで短期間で運び屋をまとめ、修繕まで抱え込み、定期便を途切れさせず回している組織は王都でもそう多くありません」


 そう言って懐から一通の封筒を取り出し、静かに机へ置く


「だから提案に参りました」


 レインは封筒へ目を向ける


「提案ですか」


「ええ」


 ヴォルクは微笑んだ


「王都運送組合には、今後五年間、黒蛇商会の荷を優先して運んでいただきたい」


 倉庫の空気が一瞬だけ止まる


 運び屋たちも思わず手を止め、互いに顔を見合わせた


 ヴォルクは周囲の反応を気にすることなく続ける


「契約金として小金貨五枚をお支払いします。さらに運賃は現在の一・五倍、搬送量も最低限保証しましょう」


 その金額を聞いた瞬間、倉庫の奥で小さなどよめきが起こった


 小金貨五枚


 今の組合なら荷車を増やし、岩原馬を買い足し、倉庫を拡張しても余るほどの金額だった


 ギドでさえ僅かに目を細める


 魅力が無いと言えば嘘になる


 ヴォルクはレインだけを見ていた


「悪い話ではないと思います」


 レインは何も言わず封筒を開く


 契約書は思ったより厚かった


 搬送区間


 運賃


 搬送量


 支払日


 違約金


 一枚ずつ静かに目を通していく


 倉庫には紙をめくる音だけが響いていた


 誰も口を開かない


 レインは最後のページまで読み終えると、最初へ戻ってもう一度読み始めた


 ヴォルクは急かさない


 その様子を静かに眺めている


 やがてレインの指が一つの項目で止まった


 契約期間


 五年


 その下には自動更新の文字


 さらに小さな文字が続いている


 レインはそこを最後まで読み終えると、契約書を静かに閉じた


「条件は悪くありません」


 ヴォルクが微笑む


「ありがとうございます」


「ですが、一つだけ気になることがあります」


「何でしょう」


 レインは契約書を軽く持ち上げた


「この契約では、黒蛇商会が搬送量を決めることになっています」


「ええ」


「つまり仕事を増やすことも減らすことも、そちらの判断一つです」


「その通りです」


 ヴォルクは迷わず頷いた


 レインは静かに笑う


「でしたら質問です」


 倉庫の空気が張り詰める


「五年後、この契約が終わった時……王都運送組合は何を運べばいいんですか」


 その一言で、ヴォルクの笑みが初めて止まった


 レインは続ける


「五年間、他の商会との繋がりを失えば、契約が終わった時には仕事を紹介してくれる相手はいません」


 契約書へ指を置く


「その頃には運賃も、搬送量も、全部あなた方が握っている」


 倉庫の中が静まり返る


 運び屋たちもようやく気付いた


 これは契約ではない


 首輪だった


 ヴォルクはしばらく黙っていたが、不意に小さく笑う


「……なるほど」


 その笑みは乾燥場で見せた営業用の笑顔とは違っていた


 初めて、目の前の相手を警戒した人間の笑みだった


「思っていた以上に、厄介な方ですね」


 レインは契約書を封筒へ戻し、静かに机の上へ置いた


「申し訳ありません」


 ヴォルクを真っ直ぐ見つめる


「その契約は、お受け出来ません」


 倉庫へ流れていた重苦しい空気が、少しだけ動いた

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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