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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
四章

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第四十三話 契約書と小金貨一枚銀貨九枚


 翌朝、まだ朝露が石畳へ残る頃、レインとミナは王都の西外れにある乾燥場へ向かっていた


 王都運送組合では朝便の荷車が次々と出発していく時間だったが、今日はギドへ現場を任せている


 昨日見た帳簿の数字が頭から離れなかった


 組合は利益を出している


 それでも岩原馬の飼葉代や修繕費は確実に増え始めており、このまま資材価格まで上がり続ければ、いずれ利益では支えきれなくなる


 だからこそ、木材が消えた理由を知らなければならなかった


「昨日より顔が怖いぞ」


 隣を歩くミナが苦笑する


「また何か考えてるだろ」


「少しだけです」


「少しだけって顔じゃない」


 そんなやり取りをしているうちに、大きな木柵で囲まれた乾燥場が見えてきた


 門の内側には山のような木材が積まれ、朝早くから職人たちが忙しく運び回っている


 昨日と同じ景色だった


 だが今日は様子が違う


 門の前には十人近い商人や修繕屋が集まり、皆が険しい表情で何かを訴えていた


「昨日までは売るって言ったじゃねぇか!」


「約束が違う!」


「うちは荷車が三台止まってるんだぞ!」


 怒鳴り声が朝の空気へ響く


 門番らしい男は何度も頭を下げていた


「申し訳ありません。契約済みの木材ですので、お売り出来ません」


「だからその契約って何だって聞いてるんだ!」


 商人の一人が声を荒げる


 だが返事は変わらない


「契約ですので」


 その言葉だけだった


 レインは少し離れた場所から様子を眺めていた


 昨日修繕所の主人が話していた通りだった


 木はある


 それなのに誰も買えない


 理由は契約


 そこへ街道の向こうから数台の大型荷車がゆっくりと近付いてきた


 揃いの黒い幌


 荷車の側面へ描かれた黒い蛇の紋章


 乾燥場の前にいた人々が、一斉に振り返る


「来やがった……」


 誰かが小さく呟いた


 荷車が門の前で止まると、一人の男が静かに降りてくる


 三十代半ばほどの細身の男だった


 派手な服ではない


 それでも仕立ての良い外套と落ち着いた立ち振る舞いから、商会の責任者だと分かる


 男は門番へ一枚の書類を差し出した


 門番は中身を確認すると、すぐに門を開ける


「積み込みを始めて下さい」


 その一言だけで職人たちが動き出した


 太い材木が次々と荷車へ運ばれていく


 ついさっきまで『売れない』と言われていた木材だった


「ふざけるな!」


 修繕屋の一人が怒鳴る


「俺たちには売れねぇって言ってた木じゃねぇか!」


 男は怒鳴り声へ振り返りもせず答えた


「契約ですので」


 それだけだった


 修繕屋は拳を握り締める


「その契約を見せろ!」


 男はようやく足を止めた


 穏やかな笑みを浮かべながら振り返る


「申し訳ありません。商会同士の契約ですので、お見せ出来ません」


 そう言うと再び歩き出した


 その時だった


 風で書類の端が一瞬だけめくれた


 ほんの数秒だった


 だがレインは見逃さなかった


 契約期間


 更新条件


 違約金


 全てを読むことは出来ない


 それでも一つだけ、はっきり見えた項目があった


 契約期間――十年


 レインの目がわずかに細くなる


 長過ぎる


 木材の供給契約としては異常だった


 しかも乾燥場ほど相場が動く品目で十年契約など、普通の商人ならまず結ばない


 何か理由がある


 男は荷車へ乗り込もうとしていたが、不意にレインの視線へ気付き、小さく笑みを浮かべた


「あなたが王都運送組合の方ですか」


 初めて目が合う


 レインは静かに頷いた


「そうですが」


 男は帽子へ軽く手を添える


「初めまして。黒蛇商会で契約管理を任されております、ヴォルクと申します」


 礼儀正しい口調だった


 だがその目には感情が無い


 相手を見定めるような冷たさだけがあった


「あなた方のお話は耳にしております」


 そう言って微笑む


「東部大橋を動かしたそうですね」


 ミナが一歩前へ出る


「何の用だ」


 ヴォルクは肩を竦めた


「いえ、ご挨拶だけです」


 そう言って荷車へ乗り込む


 黒蛇商会の一団は積み込みを終えると、そのまま乾燥場を後にした


 大量の良質な木材を積んだ荷車だけが、西商業区へ向かってゆっくりと遠ざかっていく


 その姿を見送りながら、ミナは小さく舌打ちした


「嫌な奴だったな」


 レインは返事をしなかった


 視線は遠ざかる荷車ではなく、さっき一瞬だけ見えた契約書へ向いている


 十年という契約期間


 あの一項目だけが、どうしても頭から離れなかった


 やがて小さく息を吐く


「なるほど……」


 ミナが振り向く


「何か分かったのか」


 レインは静かに頷いた


「黒蛇商会は木材を買っているんじゃありません」


 その声には確信が混じっていた


「乾燥場そのものを縛っています」


 その一言で、ミナの表情が変わった

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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