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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
四章

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第四十一話 車輪の先と小金貨二枚銀貨九枚


 職人が漏らした一言を聞いた瞬間、修繕所の空気がわずかに変わった


 誰かが騒いだわけではない


 それでも、さっきまで忙しなく響いていた工具の音の向こうに妙な緊張が混じる


 職人たちは手を動かし続けているのに、意識だけはこちらへ向いているようだった


 レインは何も言わず、その視線の先を追う


 床には新品に近い車輪が転がっていた


 木肌は明るく、使い込まれた跡もほとんど無い


 それなのに周囲の職人たちは嫌そうな顔をしている


「また割れてる」


 若い職人が漏らした声に、近くにいた年配の職人が露骨に眉をひそめた


「余計なこと言うな」


 吐き捨てるような言葉だった


 若い職人も自分の失言に気付いたらしく、慌てて口を閉じる


 だがもう遅かった


 レインは転がった車輪の近くまで歩いていく


 その途中、小さな木片が床へ落ちた


 誰も気に留めないほどの小さな欠片だったが、レインだけは足を止める


 しゃがみ込んで拾い上げ、何気なく指先へ力を込めた


 本来なら簡単には折れない厚みだった


 だが乾いた音と共に木片はあっさり二つに割れる


 その瞬間、若い職人の顔色が変わった


「それ……」


 慌てて手を伸ばしかける


 だが途中で止まる


 レインは割れた断面を見つめていた


 木目が荒い


 乾燥も甘い


 荷車の車輪に使うには不安が残る木だった


 ミナが隣から覗き込む


「そんなに悪いのか」


 職人たちは誰も答えない


 だが沈黙が答えだった


 視線だけが交差する


 その重たい空気を破ったのは、カウンターの男だった


「どこの運び屋だ」


 先ほどまで客へ向けていた愛想の良い笑顔は消えている


 職人ではなく、何かを守ろうとしている人間の顔だった


「王都運送組合です」


 レインが答えると、男の目がわずかに細くなる


 その反応だけで十分だった


 名前は知っている


 それも最近聞いた程度ではない


 店内にいた職人たちまで顔を上げていた


 車輪を削る音は続いている


 それでも空気は静かだった


 誰も仕事へ集中出来ていない


 男はそんな店内を見回し、諦めたように頭を掻く


「表で話す内容じゃねぇな」


 ぼそりと漏らしたその言葉に、若い職人たちが顔を見合わせる


 ミナも腕を組んだまま目を細めた


 男は奥を顎で示す


「来い」


 二人は後を追う


 木材置き場を抜けると、小さな作業部屋があった


 外の騒がしさが少し遠くなり、代わりに古い木材の匂いが鼻につく


 男は椅子へ腰を下ろしたが、すぐには話し始めなかった


 机の上へ拳を置いたまま黙り込み、まるで言葉を選んでいるように視線を落としている


 やがて深く息を吐いた


「先に言っとく」


 男はレインを見る


 その目には疲れが滲んでいた


「俺は荷車を壊したことはねぇ」


 弁解だった


 だが責任逃れの声ではない


 それだけは否定したいという重さがあった


 ミナが腕を組む


「じゃあ何が起きてる」


 男はすぐに答えなかった


 机の端を指でなぞりながらしばらく黙り込み、それから諦めたように口を開く


「半年前までは問題無かったんだ」


 その言葉と共に視線が部屋の隅へ向く


 積まれた木材だった


「車輪用の木は乾燥が命だ


 急いで使えば割れるし、重い荷を支えきれねぇ」


 職人らしい説明だった


 長年積み上げてきた経験が滲んでいる


「だから皆、同じ場所から仕入れてた」


 そこで男は言葉を切った


 苦い顔になる


「だがある日から良い木が入らなくなった」


 レインは黙って聞いていた


 男の声が少し低くなる


「最初は偶然だと思ったんだ


 不作か何かだろうってな」


 だが違った


 そう言いたげな顔だった


「気付けば西側の修繕所はどこも同じだ


 良い木は消えて、残るのは質の落ちた木ばかりになった」


 部屋の空気が重くなる


 事故現場の車輪


 帳簿に並んでいた西側第二倉庫


 大量に動いていた木材


 頭の中で少しずつ線が繋がり始めていた


 レインは男を見た


「その木は、誰が押さえたんですか」


 男はすぐには答えなかった


 苦い顔のまま天井を見上げる


 言いたくないのではない


 言えば面倒が始まると分かっている顔だった


 その沈黙だけで、レインには十分だった。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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