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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
一章

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第四話 雨跡街道と銀貨三十七枚


 運搬街区を出た頃には、空は完全に鉛色へ変わっていた


 昨夜の雨が残した泥が街道を重くし、荷車の車輪が進むたびにぬるりと嫌な音を立てる


 王都南門を抜けた先には、長く伸びる灰色の道


 その先にあるのが雨跡街道だった


 今回の依頼主である薬商人は、街区入口で荷を引き渡した時点で帰っている


 荷車一台  薬草袋六  保存食箱二


 そして成功報酬、銀貨十二枚


 それが契約だった


「普通依頼主って一緒に来ないのか?」


 ミナが荷車を押しながら聞く


「来ませんよ」


 レインは地面を見ながら答える


「危険だから運び屋へ依頼するんです」


「……なるほど」


「死ぬかもしれない場所へ、自分では行きたくないでも荷は届けたいだから金を払う」


「言い方」


「事実です」


 ミナは少し苦笑した


 風が吹く


 湿った森の匂いが街道へ流れてくる


 レインは足元を見る


 泥の沈み方  水の流れ  車輪跡


 視線が絶えず動いていた


「アンタほんと地面ばっか見てんな」


「見ないと死にます」


「そんな変わるもんなのか?」


 レインは前を指差す


「そこ、踏むと崩れます」


「え?」


 ミナが慌てて止まった瞬間


 近くを通った別の荷車の車輪が泥を踏み抜いた


「うおっ!?」


 車輪が半分沈み、御者が怒鳴る


 ミナが青ざめた


「……マジで分かるのか」


「水が集まってる場所は地盤が弱いので」


「怖……」


 しばらく歩いたあと、ミナがふと思い出したように聞く


「そういや、依頼主に裏切られたりしないのか?」


「ありますよ」


「あるの!?」


「運搬街区ですから」


 レインは当然のように答えた


「荷を減らされたことにされたり、“受け取ってない”と言われたりは普通です」


「めちゃくちゃだな!?」


「だから記録魔法を使います」


 レインが荷車の木枠を軽く叩く


 そこには薄い青色の魔法陣が刻まれていた


 ミナが目を細める


「あー、封印記録式か」


「知ってるんですか」


「冒険者でも依頼品運ぶ時たまに使うし」


 荷の封印  重量記録  開封痕跡


 全部、運搬では基本だった


 街道では盗難もすり替えも多い


 だから最低限の契約魔法は常識だった


「逆に使ってない運び屋は食い物にされます」


「怖い街だな運搬街区……」


「平和ですよ」


「どこが!?」


 レインは淡々と続ける


「本当に危ないのは、記録式を壊せる魔術師が絡んだ時です」


「うわ、絶対高い依頼だそれ」


「大体死人が出ます」


「聞きたくなかった!!」


 ミナが顔をしかめる


 だがそのやり取りの間にも、雨跡街道はどんどん酷くなっていた


 崩れた道  ぬかるんだ斜面  流れ落ちる濁流


 普通の運び屋なら引き返す場所だ


 だからこそ、今は金になる


 その時


 ミナの足が止まった


「……レイン」


「なんです」


「静かに」


 声色が変わっていた


 さっきまでの軽さが消えている


 ミナは森の奥を睨んでいた


 レインも視線を向ける


 だが木々しか見えない


「誰かいますか?」


「いる」


 ミナが短く答える


「三人くらい多分こっち見てる」


 レインは少しだけ目を細めた


 自分では気付けなかった


 気配や視線を読むのは、完全にミナの領分だった


「盗賊ですか」


「多分」


 ミナは腰の短剣へ手をかける


「どうする」


 レインは周囲を見る


 崩落地点  泥  斜面  足場


 数秒だけ考え込み、静かに口を開いた


「……なるほど」


「なんか思いついた顔してんな」


「ミナ」


「ん?」


「左側へ誘導できますか」


「は?」


「崖際です地盤がかなり緩い」


 ミナがそっちを見る


 確かに危ない


 足を滑らせれば、そのまま落ちてもおかしくない場所だった


「いや、出来なくはないけど」


「ではお願いします」


「軽く言うなぁ……」


 次の瞬間


 林の奥から男たちが現れた


 剣  棍棒  弓


 泥だらけの盗賊だった


「へぇ」


 剣を持った男が笑う


「本当に来る奴いるんだな」


 ミナが一歩前へ出る


 その動きに、盗賊たちの視線が集まった


 レインはその後ろで静かに地面を見ている


「荷だけ置いてけ」


「命までは取らねぇよ」


 ミナが小さく舌打ちする


「どうする?」


「少し下がってください」


「ん?」


「棍棒持ち、足場を見てません」


 レインは崖側を指差す


「多分、二歩くらいで沈みます」


「……マジ?」


「雨で地盤が浮いてるので」


 ミナが少し笑った


「アンタほんとそういうの得意だな」


 そして


 地面を蹴る


「うおっ!?」


 ミナが一気に間合いを潰した


 棍棒男が慌てて後ろへ下がる


 一歩


 二歩


 その瞬間


 ぬかるんだ地面が崩れた


「は――」


 男の顔から血の気が消える


 崖際が音を立てて崩れ、そのまま斜面へ滑り落ちていった


「ぎゃああああ!!」


 盗賊たちが固まる


 ミナが半分笑いながら振り返った


「マジで二歩だったぞ!?」


「予想通りです」


「怖ぇよ!!」

 残った二人の盗賊が顔を引きつらせる


「て、てめぇら……!」


 弓持ちが慌てて矢を番える


 ミナは即座に叫んだ


「レイン下がれ!」


「え?」


 次の瞬間、矢が飛ぶ


 レインの肩を掠め、後ろの荷袋へ突き刺さった


「うおっ……!?」


 ミナが目を見開く


「アンタ戦闘になると反応遅っ!?」


「今の避けるんですか普通!?」


「避けるんだよ!!」


 弓持ちが再び矢を構える


 だがミナはもう動いていた


 泥を蹴り、一気に距離を詰める


「近付くな!」


 矢が放たれる


 ミナが身体を捻る


 矢が外套を裂き、そのまま後ろへ飛んでいく


 レインは少しだけ青ざめた


「……よく避けましたね」


「冒険者だからな!!」


 ミナが弓持ちへ飛び込む


 男が慌てて後退する


 その瞬間


 レインが静かに口を開いた


「右です」


「は?」


「右側、泥が深い」


 ミナが反射的に身体を捻る


 次の瞬間、弓持ちの足が泥へ沈んだ


「なっ――」


 膝まで埋まる


「今だ!」


「分かってる!」


 ミナの蹴りが男の胸へ入る


 弓持ちが吹き飛び、そのまま泥へ転がった


 残った剣持ちが舌打ちする


「クソがッ!」


 剣を抜き、一直線にレインへ走る


 ミナが顔色を変えた


「レイン!!」


「え」


 レインは反応が遅れた


 真正面から来られると駄目だった


 戦闘経験がない


 だが


 視界の端で地面が見えた


 崩れかけた石  斜面  水流


 頭の中で一瞬だけ線が繋がる


「ミナ! 左!」


 叫ぶ


 ミナが迷わず飛び込んだ


 剣持ちが反射的にそちらを見る


 その瞬間、足元の石が滑った


「しまっ――」


 体勢が崩れる


 ミナの体当たりが直撃した


「おらぁ!!」


 男が泥へ倒れ込む


 剣が転がる


 ミナはそのまま短剣を首元へ突きつけた


「動くな」


 静かになった


 雨音だけが残る


 泥へ倒れた盗賊が悔しそうに歯を食いしばる


 ミナが息を切らしながらレインを見る


「アンタさ」


「なんです」


「戦えないくせに指示だけ妙に的確だな」


 レインは少し考える


「地形を見るのは得意なので」


「いやそれだけじゃないだろ……」


 ミナは盗賊を押さえたまま苦笑した


「普通、戦ってる最中に“どこが崩れるか”とか見ないって」


「見た方が有利です」


「だから怖ぇんだよその思考」


 レインは倒れた盗賊を見る


 生きている


 なら十分だった


「縛りますか?」


「いや、その辺の木に転がしとけば勝手に逃げるだろ」


 ミナが立ち上がる


 右腕が痛む


 息も荒い


 それでも顔には少し笑みがあった


「……でもまぁ」


「?」


「アンタと組むと、意外と何とかなるな」


 レインは少しだけ目を瞬かせる


 そんなことを言われたのは初めてだった


 運搬街区では、  利用するか利用されるかばかりだったからだ


 湿った風が吹く


 灰色の空の下、崩れた街道が続いている


 まだ荷は半分も運び終わっていない


 銀貨三十七枚も、まだ増えていない


 だが


 レインは荷車へ視線を向け、小さく呟いた


「……予定よりは悪くないですね」


「その“予定”って絶対ロクでもないだろ」

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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