第三話 怪我人冒険者と銀貨三十七枚
翌朝
運搬街区には昨夜の雨がまだ残っていた
荷車が通るたび泥水が跳ね、石畳の隙間には濁った水が溜まっている 朝早いというのに、通りには既に怒鳴り声と車輪の軋む音が響いていた
「押せ押せ! そこで止まるな!」 「そっち沈んでるぞ!」
濡れた空気の中を、乾ききっていない藁と泥の匂いが流れていく
その喧騒から少し離れた倉庫の中で、レインは机へ地図を広げていた
南側旧街道
赤い印がいくつも書き込まれている
「……やっぱり通れるか」
指先で崩落地点をなぞる
昨夜の時点で予想はしていた
大雨の翌日 完全封鎖されていた旧街道が、“半端にだけ”復旧する可能性が高いと
完全復旧前
だから商人たちは動けない だが、動ければ大きく稼げる
危険だからこそ報酬が跳ね上がる
レインは最初からその算段を立てていた
ただし――
「一人だと利益が薄いんですよね……」
帳簿へ数字を書き込む
護衛代 荷崩れリスク 馬車修理費
利益は出る
だが今の銀貨三十七枚を賭けるには、まだ不安定だった
本来なら今回は見送るつもりだった
「いっっった……」
倉庫の隅から情けない声が上がる
ミナが包帯を押さえながら顔をしかめていた
昨日、荷車へ突っ込んだ拍子に傷が開いたらしい 巻き直した布には薄く赤が滲んでいる
「だから無理をするなと言ったんです」
「だって荷車重かったんだよ……」
「押し方です」
「アンタちょいちょい辛辣だな!?」
ギドが酒瓶を揺らしながら笑う
「まぁでも嬢ちゃん、根性だけはあるぞ」
「根性だけで銀貨十五枚稼げたら苦労しないんだよ……」
その言葉で、少し空気が静かになる
三日で銀貨十五枚
普通の運び屋なら半月以上かかる額だ
まして怪我した冒険者では厳しい
ミナは包帯を見つめながら、小さく呟く
「冒険者続けられたら良かったんだけどな」
レインは少し考える
冒険者としては半端 怪我人
だが身体能力だけは高い
足場が悪くても動ける 荷物も持てる
そして何より、本人に“絶対に稼がなきゃいけない理由”がある
逃げない
そこが大きかった
その時だった
倉庫の外から怒鳴り声が響く
「誰か運び屋いねぇか!!」
泥だらけの男が倉庫へ駆け込んでくる
商人らしい服装だったが、裾は泥水で変色し、息も切れていた
「今日中に北側宿場へ薬草を届けてぇ!!」
倉庫の空気が変わる
「薬草?」 「雨跡街道通る気か?」 「今から?」
運び屋たちがざわつく
男は焦った顔で叫ぶ
「銀貨十二枚出す!!」
その瞬間、倉庫の奥で誰かが口笛を吹いた
高い
普通の依頼の倍以上だ
だが誰も動かない
街道崩落 ぬかるみ 盗賊
今の雨跡街道は、金になる代わりに危険も大きい
レインは黙って依頼内容を聞いていた
本来なら断る依頼だった
利益は出る
だが一人で受けるには事故率が高い
けれど。
レインは小さく口元を歪めた
ちらりとミナを見る
ミナは依頼金額を聞いて固まっていた
「じゅ、十二……」
指を折って数え始める
「今の手持ち合わせたら……いや足りねぇ……あと三枚……」
かなり切羽詰まっていた
レインはそこで計算を組み直す
荷を分散 危険地帯は人力搬送 軽量化
そして荷運び役
一人では成立しなかった仕事が、 ミナがいるなら成立する
利益も残る
そしてミナ側も、この依頼でかなり返済へ近づける
「受けます」
ギドが目を見開いた
「おい、本気か!?」
商人が身を乗り出す
「行ってくれるのか!?」
「条件があります」
レインは淡々と続ける
「荷を一部軽量化、馬車は最小構成でいきます。崩落地点は人力で抜ける」
「そ、それで間に合うのか?」
「間に合わせます」
ミナが慌てて立ち上がった
「え、待て、私も行く流れ!?」
「三日で銀貨十五枚必要なんでしょう」
「そりゃそうだけど!」
「この依頼なら分配後でも銀貨六〜七枚は残ります」
ミナの顔が変わる
「……半分近く稼げるのか」
「成功すればですが」
少し黙ったあと、ミナは拳を握る
「やる」
「怪我は」
「死ぬよりマシ」
その返答に、倉庫の運び屋たちが少し静かになる
レインは小さく息を吐いた
感情で動く人間は嫌いだ
だが。
追い詰められても前へ出る人間は、嫌いじゃなかった
「では準備します」
そう言って立ち上がる
同時にミナも勢いよく立ち上がり――
椅子へ足を引っ掛けて盛大に転んだ
「いっっった!!」
鈍い音が倉庫へ響く
一瞬静まり返ったあと、運び屋たちが爆笑した
「おいおい大丈夫か!?」 「嬢ちゃん死ぬ前に転びすぎだろ!」
ミナは床へ突っ伏したまま叫ぶ
「笑ってないで助けろぉ!!」
朝の薄い陽光が、開け放たれた倉庫の入口から差し込む
泥だらけの街区 怒鳴り声 笑い声
その騒がしさの中で、レインは額を押さえながら小さく呟いた
「……本当にこの人で大丈夫なんでしょうか」
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