第三十五話 笑顔の裏と小金貨一枚銀貨九枚
クラウスはすぐに笑顔を作り直した
さすがと言うべきなのだろう
普通の人間なら動揺が顔へ出る
だが男は違った
まるで最初から予想していた質問だったみたいに肩を竦める
「商売というのは利益だけで動くものではありませんよ」
穏やかな声だった
だが倉庫の空気は変わらない
レインも黙ったまま見ている
クラウスは続けた
「新しい流れを作るために赤字を受け入れることもあります
王都西側の販路拡大と考えれば不思議ではないでしょう」
もっともらしい説明だった
実際、商会が先行投資を行うこと自体は珍しくない
ミナでさえ一瞬だけ納得しかける
だがレインは首を振った
「それなら保証金が必要ありません」
クラウスの笑顔が少しだけ固くなる
「信用確認ですよ」
「信用確認ならなおさらです」
レインは帳簿を開く
昨夜から見続けていた数字だった
「香料商会が欲しいのは長期契約です
それなのに最初の契約で小金貨一枚を要求している」
ギドが腕を組む
ミナも黙って聞いていた
「利益が目的なら大型商会へ依頼した方が安い
信用確認が目的なら少額契約から始めた方が安全です」
レインはクラウスから目を離さない
「ですが、この契約はそのどちらにもなっていない」
倉庫の空気が重くなる
クラウスはまだ笑っていた
だが最初の余裕は消え始めている
「何が言いたいんですか」
レインは静かに答えた
「この契約は運送契約に見せ掛けた調査契約です」
その瞬間、倉庫中が固まった
ミナが最初に反応する
「は?」
ギドも眉をひそめる
だがレインは続けた
「契約内容を見る限り、この仕事を受ければ組合の荷車台数、人員数、運行速度、積載限界、利益率まで全部分かる」
クラウスの目が細くなる
初めてだった
男が笑わなくなったのは
「つまり保証金が目的じゃない」
レインは契約書を持ち上げる
「あなた達が欲しいのは組合の情報です」
倉庫が静まり返る
ミナもようやく理解し始める
もし本当に大型物流商会が背後にいるなら、急成長している王都運送組合は邪魔になる
潰せるなら潰したい
無理なら取り込みたい
そのためには情報が欲しい
どこまで運べるのか
どれだけ儲かっているのか
どこが弱点なのか
それを調べるには、大型契約ほど都合の良いものはない
クラウスはしばらく黙っていた
そして小さく息を吐く
「面白いですね」
その声から笑みが消えていた
「ですが証拠はありますか」
倉庫の空気が張り詰める
だがレインは待っていた
この言葉を
だから静かに笑う
「ありますよ」
その瞬間、初めてクラウスの顔色が変わった
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