第三十四話 契約成立と小金貨一枚銀貨九枚
倉庫の外が明るくなり始める
朝便の準備をする運び屋たちの声が少しずつ聞こえ始めても、レインは机から動かなかった
契約書は何度も読み返した
帳簿も見た
過去の搬送記録まで遡った
それでも決定的な証拠は出てこない
怪しい
だが怪しいだけだった
ギドの話も分かる
自分の計算も分かる
それでも契約書そのものは成立している
だからこそ厄介だった
やがて倉庫の扉が開く
朝の空気と共に入ってきたのはクラウスだった
昨日と変わらない笑顔を浮かべている
その後ろには護衛が二人
そして手には小さな金庫箱
「おはようございます」
穏やかな声だった
「返事を頂きに来ました」
その声を聞いた運び屋たちが自然と作業の手を止める
修繕所側で工具を握っていた男もいる
朝便準備をしていた者もいる
だが今は誰もが気になっていた
銀貨百二十枚
小金貨1枚と銀貨二十枚だ
組合始まって以来の大型契約だからだ
ミナがレインを見る
ギドも黙ったまま様子を窺っている
そんな中でレインは契約書を閉じた
「受けます」
倉庫中が静まり返る
ミナの目が見開かれる
ギドは立ち上がった
「おい」
だがレインは表情を変えない
クラウスだけが満足そうに笑った
「ありがとうございます」
護衛の男が金庫箱を机へ置く
重い音が響く
その音を聞きながら、クラウスは契約書を広げた
「では契約を進めましょう」
羊皮紙が机へ広がる
ペンが置かれる
保証金も用意されている
あとは署名だけだった
ギドは険しい顔のまま動かない
ミナも納得していなかった
だがレインは静かだった
焦りも無い
迷いも無い
まるで最初から決めていたことを進めているみたいだった
そしてクラウスが契約書へ手を伸ばした瞬間、レインは初めて口を開く
「その前に一つだけ」
クラウスの動きが止まる
「何でしょう」
笑顔は崩れない
だがレインは帳簿を机へ置いた
昨夜まで見続けていた帳簿だった
「確認したいことがあります」
「どうぞ」
レインは静かにクラウスを見る
「この契約ですが」
倉庫の全員が息を呑む
クラウスも黙って続きを待つ
そしてレインは言った
「成功しても香料商会は儲かりませんよね」
その瞬間だった
クラウスの笑顔が僅かに止まる
ほんの一瞬
だがレインは見逃さなかった
昨夜から探し続けていた違和感は、契約書の中には無かった
数字の中にも無かった
おかしかったのはもっと単純な部分だった
商人が利益にならない契約を持ってくる理由
そこだけが最後まで説明出来なかったのだ
倉庫の空気が静かに張り詰める
そしてクラウスは、ゆっくりと笑みを作り直した
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