第二十二話 大型契約と小金貨一枚銀貨七十六枚
鉄骨運搬車を購入してから最初に変わったのは、周囲の視線だった
今までなら、個人運び屋が並ぶ区画へ荷車を停めても誰も気にしない
だが今は違う
巨大な鉄骨運搬車が市場区画へ入ってきた瞬間、周囲の運び屋たちが思わず振り返る
木製荷車とは存在感そのものが違った
鉄骨で補強された車体は横幅も大きく、岩原馬が歩くだけで石畳へ重い振動が響く
しかも橋契約で有名になった直後だ
嫌でも目立つ
「……なんか見られてんな」
ミナが小さく呟く
だがレインは気にした様子もなく、岩原馬の歩幅へ合わせて搬送速度を調整していた
普通の馬より力は強い
その代わり加速が重い
だから曲がり角へ入る前に速度を落とさなければ、積載した重量が横へ流れて車軸へ負担が偏る
レインはもう、その辺りまで確認しているのだろう
市場中央へ近付くにつれて、周囲の搬送車も変わっていく
小型荷車は減り、代わりに大型商会の搬送車が増えていた
つまりここから先は、大量物流を扱う場所だ
個人運び屋が本来いる場所じゃない
だが今、レインたちはそこへ入ってきている
その時だった
「おい」
声が飛ぶ
振り返ると、大型商会の商会員がこちらを見ていた
男は鉄骨運搬車を見る
それから、岩原馬の足回りや積載部まで視線を動かしたあと、小さく口角を上げた
「東部大橋の運び屋か」
もう隠れる段階じゃない
橋を動かした件は、完全に市場全体へ広がっているのだろう
男はそのまま続ける
「長距離いけるか?」
ミナが少し眉を寄せる
「……どのくらいだ?」
「王都西側外周から鉱山区までだ」
空気が少し変わる
鉱山区
王都外の山岳地帯だ
しかも道が悪い
雨で削れた坂道や、車輪が半分沈む岩混じりの悪路も多く、普通の荷車なら途中で車軸が壊れて終わる可能性まである
だからこそ大型商会が握っている物流だった
男は鉄骨運搬車を軽く叩く
「それなら行けるだろ」
レインは少しだけ黙る
鉱山区までの距離だけじゃない
途中街道の傾斜や、岩原馬がどこで疲れ始めるか、それに戻り荷まで積んだ時の重量変化まで頭の中で組み立てているのだろう
やがて静かに聞き返した
「戻り荷はありますか」
男の目が少し変わる
ミナはそこで理解した
普通の運び屋は、運べるかを聞く
だがレインは違う
戻り便まで含めて利益を見ている
男は小さく笑った
「……ある
精錬前鉱石だ」
「重量は」
「大型箱六」
「積めます」
即答だった
男は数秒黙ったあと、小さく息を吐く
「マジで計算してんだな、お前」
レインは答えない
ただ鉄骨運搬車を見る
今までの荷車なら無理だった
だが今は違う
大型物流へ届くだけの積載量と耐久力がある
つまり今まで大型商会しか触れられなかった契約へ、本当に割り込める
男は契約板を取り出した
「成功報酬込みで銀貨四十五枚」
ミナが止まる
高い
普通の個人運び屋なら、それだけで大仕事だ
だが今のレインは違う
橋契約を通したことで、大型物流を回せる運び屋として見られ始めている
だから依頼規模そのものが変わってきていた
レインは契約板を見る
銀貨四十五枚
さらに戻り荷あり
つまり往復で利益が切れない
そこまで確認したあと、小さく頷く
「受けます」
契約板が光る
その瞬間、周囲の商会員たちの空気がまた変わった
個人運び屋だったはずの二人が、今、大型商会の物流へ本格的に入り始めている
ミナはその空気を感じながら、小さく笑う
「……ほんと、止まんねぇな」
レインは巨大な鉄骨運搬車へ視線を向ける
王都の外周物流
山岳地帯へ続く鉱石搬送路
そして大型商会しか触れられなかった契約群
前までなら遠すぎて見えなかった場所へ、今はちゃんと手が届き始めていた
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