第二十一話 鉄骨運搬車と小金貨二枚銀貨二十六枚
東部大橋の空中搬送路が完成してから五日後には、橋の景色そのものが変わっていた
最初は半信半疑だった商会員たちも、今では当然みたいな顔で搬送索へ荷箱を並べている
十本の搬送索は昼夜止まらず動き続け、橋の外側では小型荷箱が一定間隔で空中を滑っていた
その流れを止めないため、橋の周囲には新しい仕事まで生まれ始めている
搬送順を調整する管理役が橋の入口で怒鳴り、索の摩耗を確認する工房職人たちは昼夜交代で滑車を整備し続け、商会員相手の簡易飯屋まで橋の近くへ並び始めていた
止まっていた物流が動き出したことで、東部大橋そのものが小さな物流街みたいになり始めている
ミナは宿の机へ置かれた硬貨を見ながら、小さく息を呑んだ
銀貨二十六枚
そして、その横へ並ぶ小金貨二枚
最初に銀貨十五枚を稼ぐため死にそうになっていた頃とは、もう比較にならない
小金貨なんて、本来なら個人運び屋が簡単に触れる金じゃなかった
「……なんか実感ねぇ」
ミナが小金貨を指で弾く
乾いた高い音が、狭い宿部屋へ響いた
「これ二枚で銀貨二百枚だろ……?
頭おかしくなるって」
だがレインは帳簿を閉じながら、小さく頷くだけだった
「予定より伸びました」
「アンタの予定ほんと怖ぇよ」
ミナは深く椅子へ座る
窓の外では、今も東部大橋の搬送索が動き続けていた
橋を渡れなくなった物流が、今は空中を流れることで再び王都の向こう側へ動き始めている
その流れの一部が、今この小金貨になっているのだ
その時だった
レインが立ち上がる
「行きます」
「どこへ?」
「確認です」
ミナが嫌な予感を覚える
「……何を」
「次の運搬車です」
王都中央市場の運搬区画は、朝から騒がしかった
大型商会向けの搬送車や、工房区製の滑車、それに長距離用の魔導具まで並んでいる
その中でも一番奥に置かれていたのが、鉄骨運搬車だった
木製荷車とは違う
骨組みそのものへ鉄材が使われており、重量物を積んでも車体が歪みにくい
さらに大型車輪には衝撃分散用の補助術式まで刻まれているらしい
つまり長距離大型輸送向けだ
しかも前へ繋がれていたのは普通の馬じゃない
灰色の体毛を持つ大型獣だった
肩の高さだけで人より大きい
筋肉量も普通の馬とは比較にならず、鼻息だけで荷車が僅かに揺れる
ミナは思わず足を止めた
「……デカ」
店主の男が笑う
「岩原馬だ
普通の馬じゃ鉄骨運搬車は引けねぇ」
レインは無言で運搬車を見ていた
車輪へ掛かる重量がどこへ集中しているかを確認し、鉄骨部分がどの程度まで荷重へ耐えられるかを見て、それから岩原馬の脚運びまで観察している
今の荷車で不足している部分と、この運搬車なら入れる街道や契約規模を頭の中で比べているのだろう
ミナはその横顔を見ながら苦笑する
普通こういうのは、すげぇとか欲しいで見るものだ
だがレインは違う
この運搬車なら今まで届かなかった長距離契約へ入れる
重量物も扱えるようになる
そして大型商会しか触れられなかった物流へ、個人運び屋のまま割り込める
そこまで計算している
「いくらだ?」
ミナが聞く
店主は指を立てる
「小金貨一枚と銀貨五十枚
岩原馬込みだ」
つまり銀貨百五十枚
ミナが止まる
高い
だが届かない額じゃない
今の手持ちは、小金貨二枚銀貨二十六枚
さらに橋契約の継続収入まで入ってきている
つまり今なら、大型商会しか持てなかった規模の運搬車へ本当に手が届く
レインは静かに帳簿を開く
「……買えますね」
「待て待て待て」
ミナが慌てて止める
「いやいや大金だぞ!?」
「購入後も小金貨一枚と銀貨七十六枚残ります」
ミナが止まる
言われてみればそうだった
全部消えるわけじゃない
むしろ買ったあとでも、普通の運び屋から見れば十分異常な額が残る
店主はそんな二人を見ながらニヤリと笑う
「東部大橋の運び屋だろ、お前ら」
周囲の運び屋たちまで、ちらちらこちらを見ていた
橋を動かした運び屋
大型商会でも止められなかった物流を再開させた連中
そんな噂が、もう市場全体へ広がっているのだろう
レインは巨大な運搬車を見上げながら、小さく呟いた
「……必要ですね」
その声を聞きながら、ミナは小さく息を吐く
多分もう。
自分たちは、元の小さな運び屋には戻らないのだろう
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