第二十話 仮設搬送路と銀貨八十七枚
東部大橋が騒がしくなり始めたのは、その日の昼過ぎからだった
今まで止まっていた搬送車の列へ、管理局の人間たちが慌ただしく走り始め、橋の入口では工房区から呼ばれた職人たちが大量の木材を降ろしている
最初は何が始まるのか理解していない者も多かったのだろう
だが橋の外側へ太い搬送索が一本ずつ通され始めた瞬間、周囲の空気が変わった
数百メートル先まで続く巨大橋の横へ、まるで蜘蛛の巣みたいに索が張られていく
しかも一本じゃない
十本だ
橋を渡れないなら、その横を流してしまう
そんな発想を、本気で形にし始めているのだとようやく皆理解したのだろう
「……マジかよ」
止まっていた搬送車の横で、商会員の一人が呆然と呟く
他の運び屋たちも橋を見上げていた
今まで大型搬送車しか通れなかった巨大橋の横へ、新しい物流路そのものが作られ始めている
ミナは橋の下を覗き込み、思わず顔を引きつらせた
真下では濁流が唸るように流れており、もし落ちれば助からないだろうと思える高さがある
けれどレインはそんな景色を気にした様子もなく、木組み支柱の組み方を見続けていた
「北側第三索、張力が強すぎます
このままだと中央負荷が寄る」
職人たちが慌てて索を緩め始める
さらに別方向を見る
「滑車間隔を詰めてください
荷重が一点へ落ちます」
「お、おう!」
管理局の男は、その様子を見ながら小さく息を吐いた
「……なんでそこまで分かる」
レインは橋を見る
風が吹き抜けるたび、長い搬送索が僅かに揺れていた
「橋が長いからです。
短距離なら誤差で済むでも、数百メートルあると、小さなズレでも荷重が偏る」
だから調整する
橋へ重さが残らないように
ミナはその横顔を見る
レインは戦っているわけじゃない
橋を壊そうとしているわけでもない
ただ、止まった流れをどう動かすかだけを考えている
その時だった
橋の向こう側から声が飛ぶ
「搬送箱固定!!」
一気に空気が張り詰めた
一本目の搬送索へ、小型荷箱が固定されたのだ
食料箱だった
本来なら大型搬送車でまとめて運ばれていた荷を、細かく分割している
橋の入口側で滑車を固定していた職人が叫ぶ
「索固定完了!!」
「中央監視入れ!!」
「南側索、空けろ!!」
橋の上では監視役たちが走り始める
だが荷を担ぐ者はいない
必要なのは、索の歪みを見る者と、滑車を調整する者、それに橋板の沈み込みを確認する者だけだった
つまり人は運搬役ではない
流れを維持する側へ回されている
だから橋が耐える
レインが静かに頷いた
「流してください」
その瞬間だった
ギギギ、と索が軋む音が橋全体へ響き、小型荷箱が空中を滑るように動き始める
荷車じゃない
人力でもない
荷そのものが、橋の横を流れていく
ミナは思わず橋を見る
橋板は沈まない
大型搬送車みたいに重さが乗り続けていないからだ
しかも一本じゃ終わらない
二本目の搬送索へ荷箱が固定され、さらに別の列でも準備が始まる
止めない
流し続ける
そのための空中搬送路だった
「第四索、間隔を伸ばしてください
中央負荷が重なる」
レインが即座に指示を飛ばす
橋の中央にいた監視役がすぐ旗を振り、搬送速度が落とされる
「第二索停止
滑車熱が上がってます」
今度は別列が止まり、その間も他の搬送索は動き続ける
十本全部を無理に動かさない
橋へ負荷を残さないためだ
管理局の男は橋を見上げていた
今まで止まったままだった物流が、少しずつ、本当に流れ始めている
腐り始めていた食料も、工房区で止まっていた資材も、ようやく王都の向こう側へ動き始めたのだ
その光景を見ながら、男は小さく呟いた
「……本当に動かしやがった」
その声には驚きより実感が混ざっていた
東部大橋はまだ壊れていない
そして今、止まっていた王都物流は、レインの作った空中搬送路によって再び流れ始めていた
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