第十六話 運搬車と銀貨十四枚
南側旧街道の復旧は、レインが考えていたより早かった
いや、正確には“完全復旧していないのに商会側が動き始めた”という方が近いのだろう
崩れた場所はまだ残っている
大型商隊が通れるほど安全でもない
それでも荷は止められない
工房区も、商会区も、王都そのものが物流で回っている以上、“危険だから待つ”という選択を長く続ければ、その分だけ損失が膨らむ
だから今は、小回りの利く運び屋へ依頼が集中していた
レインとミナも、その流れへ乗っていた
王都へ戻ってから三日
二人は朝から晩まで旧街道を走り続けていた
崩落箇所の迂回
復旧途中の橋
泥へ車輪を取られた荷車の引き上げ
危険は多い
だがその分、報酬も高い
そして何より、レインは“今なら稼げる”と理解していた
だから止まらない
結果として、銀貨は増えていた
宿の机へ並べられた銀貨を見ながら、ミナが呆れたように息を吐く
「……増えたなぁ」
銀貨四十二枚
最初に出会った時とは比べ物にならない額だった
しかもこれは、借金分を計算へ入れた上で残っている金だ
レインは帳簿を確認しながら、小さく頷く
「想定より早いですね」
「アンタの場合、その言い方すると怖ぇんだよ」
ミナは机へ突っ伏した
この三日、本当に働き詰めだった
レインは休憩中ですら街道情報を集め、どこの崩落が先に復旧するか、どの商会が急ぎの荷を抱えているかを調べ続けている
その結果、短期依頼をほぼ外していない
多分、今の王都で一番“復旧直後の街道”を使いこなしている運び屋だった
レインは窓の外を見る
王都の朝は今日も騒がしい
荷を積んだ搬送車が通りを進み、工房区ではもう煙が上がっている
その光景を見ながら、レインは静かに言った
「そろそろ必要ですね」
「なにが?」
「運搬車です」
ミナが顔を上げる
レインは窓の外を走っていく大型搬送車を見ていた
「今の荷車だと限界があります
積載量も速度も足りない」
「まぁ……それはそうか」
今までは“運べる仕事”を選んでいた
だが大型運搬車があれば違う
長距離
高額契約
商会専属級の仕事まで視野へ入る
つまり稼ぎそのものが変わる
ミナはそこでようやく気付いた
「……アンタ最初からこれ狙ってたのか?」
「狙ってないです」
「嘘つけ」
「予定より早いだけです」
その返答が否定になっていなかった
ミナが呆れていると、その時だった
宿の入口近くで、小さく騒ぎが起きる
「おい、見ろよ」
「また来てるぞ」
声につられて視線を向ける
入口へ立っていたのは、濃紺の外套を羽織った男たちだった
三人
装備は綺麗だ
普通の運び屋ではない
腰へ下げた契約板も高級品だった
そして何より、周囲の空気が少し変わっている
宿にいた運び屋たちが、自然と視線を逸らしていた
ミナが小さく舌打ちする
「……灰狼商会か」
「知ってるんですか」
「運び屋潰しで有名」
レインは少しだけ視線を細めた
灰狼商会
名前だけは聞いたことがある
王都でも中規模クラスの物流商会で、街道護衛と運搬管理を同時に握っているところだ
だが、評判は良くない
個人運び屋を囲い込み、使えなくなれば切る
あるいは仕事を潰す
そういう噂が多かった
灰狼商会の男たちは宿の中を見回していたが、不意にその視線が止まる
レインだった
「……お前か」
先頭の男が低く言う
ミナが眉を寄せる
「知り合いか?」
「いえ」
だが男の方は知っていた
「旧街道を通してる運び屋
最近名前が上がってる」
宿の空気が静かになる
男はレインの机へ並んだ銀貨を見る
その視線は、金額を確認する目だった
「個人でそこまで稼ぐとはな」
褒めているようで、声は冷たい
レインは静かに答える
「仕事なので」
「……そうか」
男は薄く笑った
だが、その笑みは妙に冷たかった
ミナはそこで理解する
こいつらは“同業”を見に来たんじゃない
利益を奪う側の目だ
灰狼商会の男は、宿を出る直前、最後に小さく言った
「王都の街道は広いようで狭い
……気を付けろよ、運び屋」
扉が閉まる
宿の空気が、ようやく動き始めた
ミナは嫌そうに顔をしかめる
「最悪なのに目ぇ付けられたな……」
レインは閉じた扉を見ていた
灰狼商会
大型運搬車
王都物流
今までとは違う規模の話が、少しずつこちらへ近付いてきている
そして多分
運び屋として本当に稼ぐなら、いつか必ずぶつかる相手なのだろう
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