第十五話 朝焼けと銀貨十四枚
翌朝
王都の空は久しぶりに晴れていた
数日降り続いていた雨がようやく抜けたせいだろう
朝日を受けた石畳にはまだ薄く水気が残っているものの、昨日までみたいに灰色の泥水が流れているわけではない
工房区の煙も真っ直ぐ空へ伸びていた
ミナは宿の窓を開けた瞬間、大きく息を吐く
「晴れてる……」
それだけで少し安心する
街道を走っていた間は、空が明るいか暗いかより、“次にどこが崩れるか”の方が重要だった
だからこうして天気を見て落ち着けること自体、かなり久しぶりだったのだろう
部屋の奥では、リルがまだ眠っている
熱は完全には下がっていない
だが昨日より呼吸は落ち着いていた
机へ並んでいる薬瓶も、もう残りを数えながら怯えなくていい
ミナはその光景を見てから、小さく部屋を出る
一階へ降りると、宿の食堂では既に何人かが朝飯を食べていた
パンと薄いスープだけの簡素な飯だ
それでも温かいだけマシなのだろう
レインはその隅で、朝から帳簿を開いていた
「また数字見てんのかよ……」
「朝の確認です」
「仕事前みたいに言うな」
ミナは向かいへ座る
するとレインは、帳簿を見たまま小さく言った
「街道状況が戻り始めています」
「ん?」
「昨日の雨量なら、今日から通常運搬を再開する商会が増えるはずです
なので護衛付き依頼も増えます」
ミナは少し呆れた顔になる
「アンタほんと、起きた瞬間から仕事のことしか考えてねぇな」
「生活なので」
レインは平然と返す
だがミナは知っている
この男は別に仕事好きなわけじゃない
金が尽きれば終わるから動き続けているだけだ
そこは多分、自分と少し似ている
その時だった
宿の入口が勢いよく開いた
「運び屋いるか!?」
朝の静かな空気が一瞬で崩れる
入ってきたのは商会所属らしい若い男だった
息を切らしている
かなり急いで走ってきたのだろう
「南側旧街道の復旧が始まった!
今なら通常隊列より先に入れる!」
食堂の空気が変わる
昨日まで誰も近付きたがらなかった旧街道だ
だが、復旧直後は違う
まだ大型商隊が動けない分、小回りの利く運び屋へ高額依頼が集中する
つまり今が一番稼げる
レインの視線が変わった
ミナはそれを見て即座に顔をしかめる
「うわ出た」
「好条件ですね」
「顔に書いてあるぞ」
若い商人は食堂を見回す
「護衛込みで動ける運び屋を探してる!
急ぎだ、報酬は銀貨八枚!」
宿の空気がざわつく
高い
だが同時に、それだけ危険だということでもある
昨日崩れたばかりの街道なのだから当然だった
ミナは無意識に腕を見る
傷は塞がり始めている
だが、まだ万全じゃない
レインはそこへ視線を向けた
「動けますか」
「……動ける」
「本当に?」
「そこ確認するんだな」
ミナは少し笑う
前のレインなら、多分もっと先に利益計算をしていた
けれど今は違う
まず“動けるか”を確認した
それだけで少し変わったのだと分かる
ミナは椅子へ背中を預けながら天井を見る
昨日までなら、もう無理だと思っていた
妹の薬代を稼ぐためだけに走っていたからだ
けれど今は違う
借金は残っている
生活も楽じゃない
それでも、一人じゃない
その感覚が、思っていたより大きかった
若い商人は、返事を待ちながら焦ったように周囲を見回していたが、不意にレインの帳簿へ視線を止めた
「……お前、もしかして昨日第三工房区へ荷を通した運び屋か?」
食堂の空気が少し変わる
何人かの視線がこちらへ向いた
レインは静かに頷く
「そうですが」
若い商人の顔色が変わった
「やっぱりか……
商会側でも話になってたんだよ」
「話?」
「崩落後の街道を通した運び屋がいるって」
ミナが少し眉を上げる
昨日までは無名だった
それが一晩で、“危険な街道を通した運び屋”として名前が広がり始めている
運び屋の世界では、それはそのまま信用になる
だが同時に。
金の匂いでもあった
食堂の奥では、別の運び屋たちがこちらを見ながら小さく何か話している
その視線の中に、興味だけじゃないものが混ざっていることへ、ミナは先に気付いた
値踏みだ
どれだけ稼ぐのか
どれだけ使えるのか
あるいは、どこから奪えるのか
王都では、金を持った瞬間から狙われる
それは冒険者も、運び屋も変わらない
若い商人はそこまで気付いていないのか、急ぐように続ける
「依頼受けるなら早い方がいい!
復旧直後の街道は今しか通れない!」
レインは少しだけ考える
復旧直後。
つまり荷が集中する
なら短期間で大きく稼げる可能性が高い
そして王都で稼ぐなら、今後ずっと徒歩運搬では限界が来る
荷車も岩馬も、今の状態では不安定だった
もっと速く、もっと積めるものが必要になる
レインの視線が、窓の外へ止まる
通りの向こうでは、商会用の大型搬送車が朝日を反射していた
鉄骨補強式。
長距離運搬用。
高額だ
だが、あれがあれば運べる荷の量が変わる
稼ぎそのものが変わる
ミナはその横顔を見て、小さく笑った
「また顔に出てるぞ」
「必要経費です」
その返答はいつも通りだった
けれど今度は、少し違う
ただ生き延びるためじゃない
レインの中で、“もっと稼ぐ理由”が初めて形になり始めていた
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