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銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝
二章

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第十四話 契約と銀貨二十六枚

 

 雲の切れ間から月明かりが薄く落ち始めているせいで、濡れた石畳が夜の灯りを鈍く反射している


 街道の泥とは違う


 王都の道は、雨が降っても形を崩さない


 それだけ人が金を掛けて整えてきたということなのだろう


 ミナは宿の入口で大きく伸びをした


「……終わったぁ」


 その声には、数日分の疲れが全部混ざっていた


 街道へ出てからは、足を止めればそのまま置いていかれるような感覚ばかりだった


 崩れ始めた道では荷車ごと流されかけ、森へ逃げ込めば今度は灰牙が追ってきた


 気を抜ける場所なんて一度もなかったせいで、こうして王都の石畳へ立っている今ですら、身体のどこかがまだ“次の危険”を探し続けている


 だからこそ、ようやく終わったのだと頭より先に身体が理解し始めた瞬間、一気に力が抜けたのだろう


 レインはその横で帳簿を開いていた


「まだ終わってません」


「なんでだよ!?」


「借金があります」


 ミナが固まる


「……今それ言う?」


「重要です」


「それはそうなんだけども……」


 だがレインは真面目だった


 革袋から銀貨を取り出し、宿の灯りの下で静かに並べ始める


 銀貨二十六枚


 そこから荷車維持費を引き、岩馬の飼料代を書き込み、工房区で使った縄や補修金具の値段まで計算していく


 さらに途中で購入した治癒薬の金額まで加わるせいで、並べられていた銀貨は少しずつ数を減らしていった


 ミナは途中から見ていられなくなる


「うわ減る減る減る!」


「利益計算です」


「見せんなそんな現実!」


 だがレインの手は止まらない


 むしろ、こうして数字を整理している時の方が落ち着いているようにすら見える


 ミナは少し黙ったあと、小さく聞いた


「……結局、いくら残るんだ」


「現時点で純利益は銀貨十四枚前後ですね」


「前後ってなんだよ」


「岩馬の状態次第で変わります」


 ミナは頭を抱えた


「アンタほんと全部金に変換するな……」


「運び屋なので」


 その返答は相変わらずだった


 けれどミナは、少しだけ気付いていた


 前より冷たく聞こえない


 宿の窓から漏れている灯りを、レインは一瞬だけ見ていた


 リルが眠っている部屋だ


 銀貨十五枚


 レインにとっては計算出来る数字だった


 けれどミナたちにとっては、“明日を越えるための金”だった


 その違いを、レインは少しずつ理解し始めている


「……なぁ」


 ミナが壁へ背中を預けながら聞く


「普通さ、借金って嫌じゃねぇの?」


「嫌です」


「即答だな」


「なので返してもらいます」


 ミナは吹き出した


 それから少しだけ真面目な顔になる


「でもさ」


 夜風が、濡れた髪を少し揺らす


「一人だったら、多分無理だった」


 その言葉は軽くなかった


 街道では、ほんの少し判断が遅れていたら終わっていた場面が何度もあった


 レインが水の流れから崩れる道を読まなければ、荷車ごと斜面へ落ちていたかもしれないし、森へ迂回したあとも、灰牙へ正面から突っ込んでいたら今こうして王都へ戻って来れていなかっただろう


 ミナは戦える


 けれど、“どこで戦わないか”を決めていたのはレインだった


 だから分かる


 今回ここまで来れたのは、運が良かったからじゃない


 二人だったからだ


 レインは少しだけ考える


 それから静かに帳簿を閉じた


「なら再契約ですね」


「……は?」



 「今後、妹の薬代と宿代を支払いましょう」


 ミナが数秒止まる


 多分、もっと別の言い方を予想していたのだろう


 けれどレインは真面目だった


「ミナは戦闘と危険察知が出来ます

 私は街道判断と契約計算が出来る」


「いや、うん」


「一人より二人の方が利益率が高い」


 ミナは呆れたみたいに笑う


「そこまで言っといて、最後まで商売なんだな」


「重要です」


「まぁ、アンタらしいけど」


 その時だった


 遠くで鐘が鳴る


 夜半を知らせる鐘だろう


 王都の夜はまだ完全には眠っていない


 工房区の灯りも、商会区の魔導灯も、遠くでまだ揺れている


 レインはその光景を静かに見ていた


 王都には仕事がある


 荷も流れる


 契約も金も動き続ける


 なら運び屋として稼ぐ場所は、まだいくらでもあるということなのだろう


 ミナはそんなレインを見ながら、小さく息を吐いた


「……じゃあよろしくな、相棒」


 レインは少しだけ間を空ける


 そして小さく頷いた


「利益は折半で」


「そこはブレねぇなほんと!」

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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