表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀貨一枚から始まる物流革命 ~剣を持たない運び屋、世界の流れを支配する~  作者: 紅茶伝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/30

第十二話 第三工房区と銀貨十四枚


 王都へ入った瞬間、空気が変わった


 森の中ではずっと湿った土と雨の匂いばかりだったのに、石壁の内側へ入った途端、今度は煤と油、それに人が暮らしている場所特有の熱が混ざり始める


 雨そのものはまだ降っている


 だが王都の道は街道と違い、石畳がきちんと排水を逃がしているせいで、泥へ足を取られる感覚がほとんどない


 それだけでミナは妙な感動を覚えていた


「地面硬ぇ……」


「そこ?」


 リュカが思わず笑う


「いやだって街道ずっと地獄だったろ!」


 実際そうだった


 ここへ来るまで、ずっと“沈む地面”の上を進んでいた


 だから今みたいに、踏み込んだ足がそのまま返ってくる感覚の方が逆に違和感がある


 岩馬も同じなのか、王都へ入ってから少しだけ歩幅が安定していた


 ただ、レインだけは周囲を見回していた


 通りでは露店が片付けを始めているが、工房帰りの職人はまだ多い


 つまり王都側の仕事時間は完全には終わっておらず、第三工房区もまだ稼働している可能性が高いということなのだろう


「まだ間に合いますね」


「どんだけ時間気にしてんだよ……」


「契約なので」


 その返答に、ミナは苦笑するしかない


 第三工房区は王都南側にあった


 商会区ほど華やかではない


 だがその代わり、夜でも炉の火が消えない


 雨の中を進んでいるだけなのに、近付くにつれて空気へ鉄と焦げた油の匂いが濃く混ざり始めるせいで、工房区そのものが巨大な炉みたいだった


 リュカはその景色を見た瞬間、ようやく本当に戻ってきた実感が湧いたのだろう


 少しだけ肩の力を抜く


「……助かった」


 その声は小さかった


 街道は途中で崩れ、荷車も一度は横転した


 森へ迂回した先では灰牙の群れにまで遭遇したのだから、普通ならどこかで契約を捨てていてもおかしくない


 それでも荷は残っている


 だから契約もまだ生きていた


 工房区の奥では、赤い煙突を持つ建物が蒸気を吐き続けていた


 リュカが指を向ける


「あそこだ」


 荷車が止まる


 次の瞬間、工房の扉が勢いよく開いた


「リュカ!?」


 中から飛び出してきたのは、煤だらけの作業服を着た男だった


 年齢は四十前後だろうか


 片眼鏡を掛けているせいで職人というより研究者にも見える


 だが、荷車を見た瞬間、その表情が変わった


「おい……赤印は!?」


「ある」


 リュカが即答する


「全部じゃない  でも優先契約分は持ってきた」


 男が荷台を見る


 赤印箱が三つ


 その瞬間、顔から一気に力が抜けた


「……間に合ったのか」


 それは驚き半分、信じられないという感情半分の声だった


「街道が崩れたって連絡入ってたぞ」


「崩れてた」


 リュカが疲れた顔で答える


「だから半分くらい死にかけた」


「半分で済んだのか……?」


 男の視線がレインたちへ向く


 その瞬間、荷車の状態も、泥だらけの外套も、疲弊した岩馬も全部視界へ入ったのだろう


 何があったか、大体察した顔になる


「……運び屋か」


「追加契約です」


 レインが静かに答える


「優先納品分の移送を請け負いました」


 男は少し目を細めた


 その言い方だけで理解したのだろう


 途中で契約を組み直している


 つまり、ただ荷を運ぶだけの人間じゃない


「なるほどな……」


 男は荷台へ近付き、赤印の封印式を確認する


 青白い記録線はまだ生きていた


 契約未破損


 つまり正式納品扱いになる


 男はそこでようやく深く息を吐いた


「助かった  これ止まってたら、うちだけじゃ済まなかった」


「納品先が別にあるんですか」


 レインが聞く


 男は少し迷うような顔をしたが、隠しても意味がないと思ったのだろう


「騎士団整備区だ」


 その瞬間、リュカが顔をしかめる


「あー……だから急いでたのか」


 工房の奥では、別の職人たちが慌ただしく木箱を運び始めていた


 封印式を壊さないよう慎重に扱っている辺り、中身はかなり精密なのだろう


 ミナはその様子を見ながらぼそっと呟く


「なんか思ったよりデカい仕事だったんだな……」


 すると片眼鏡の男が苦く笑った


「思ったより、じゃない  止まったら整備区の工程が全部ズレる」


 工房の奥では、別の職人が徹夜続きなのか目を擦りながら図面を抱えて走っている


 誰かが止まれば、その後ろも止まる


 だから皆、雨でも夜でも動き続けるしかないのだろう


 ミナはその光景を見ながら、少しだけ黙った


 街道の運び屋だけじゃない


 王都の中でも、結局みんな何かに追われながら働いている


 片眼鏡の男は懐から金属板を取り出した


 そこへ小さな魔法陣が浮かび上がる


 契約確認式だ


 納品時刻と封印状態、それに追加契約の履行確認まで一気に照合しているのだろう


 青白い光がレインたちを照らす


 少しして、魔法陣が静かに閉じた


「確認完了だ」


 男はそう言ってから、レインを見る


「……運び屋」


「はい」


「名前は?」


「レインです」


 男は小さく頷く


「覚えておく」


 短い言葉だった


 だが、それがただの礼じゃないことは分かる


 工房区では信用が残る


 契約を通した人間の名前は、次の仕事へ繋がる


 レインはそれを理解した上で、静かに頭を下げた


 その横でミナは、足が動き出すのを必死に我慢していた

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ