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転生したけど、ここガチで中世ヨーロッパだった件。  作者: みっちーザッキー


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10/22

第10話 灰の境界 ― 死者帳簿とエマの手

読んでくださってありがとうございます。


第10話は、

9話で描かれた“死の瞬間”のそのあと――

死体の処理・名簿・捕虜・国家の制度・エマの記憶

を描く回です。


宗教の章が完全に終わり、

ここから本格的に 国家と戦争の章 へ入ります。


それでは本編をどうぞ。


■ 灰色の朝 ― “死の後処理”


夜明けの霧の中、列がぎしぎしと軋むように動き始めた。


ルヴァンの城壁の内側、外郭の作業場は

すでに “戦争の後処理場” になっていた。


黒い麻布で包まれた死体が、瓦礫のように何十も積まれている。


鉄と血と、腐りはじめた肉の匂い。


悠真は足を止めた。


(昨日まで生きていた人たちが……)


兵士が無造作に足で蹴る。

中の骨が乾いた音を立てた。


ナタリーが顔をしかめる。


「……仮埋葬さえしていないの?」


「数が多すぎる。“記録”が先だ。」


怒声が飛ぶ。


「記録係! 識別できる死体から書け!」


悠真は無意識に左手を見る。

昨日、ミシェルの血が流れた手。


(これが……死んだあとの扱いか)


筆を握りしめた。


その横でナタリーが、

ほんの一瞬だけ悠真の横顔を見つめた。


(……強い。

 でも、あの時焼かれかけて震えていた顔と、同じ人とは思えない)


(まるで……誰かの声を継いでいるみたい)


エマの面影が、わずかに胸をかすめた。

だが彼女自身はまだ、その理由を知らない。



■ 死者帳簿 ― 名が残るか、消えるか


外郭のテント。

半壊した机、血の跡が生々しく残る帳簿。


悠真は筆をとる。


『身元不明

 男・推定三十

 右腕欠損

 服装:農夫

 死因:不明』


書き終えると、机の下の“無名の山”がわずかに崩れた。


リナが口元を押さえる。


「これ全部……書くの……?」


「……はい。誰かが書かないと。」


(昨日“消される側”にいた。

 今日俺は、“残す側”に立っている)


ナタリーは静かに布を整えたあと、

悠真の書く手をそっと見つめた。


(……あの筆の動き。

 昨日泣きながら火に向かった彼とは、違う顔)


(ほんの一瞬、エマの“手つき”に似ていた……

 なぜ私は、そんなことを思うの?)


疑問は胸に沈み、言葉にならなかった。



■ 捕虜 ― 別の形の死


外で金属音が鳴った。


鎖だった。


手首をつながれた痩せた男たちが列をなして歩かされている。

敵軍の捕虜。


顔には殴られた痕、肩には鞭の跡。

足元は血と泥で赤黒い。


リナが声を震わせる。


「……水も、食べ物も、もらえてない……?」


兵士が鼻で笑う。


「食わせる価値なんかねぇよ。

 働けなくなったら、そのまま捨てる。」


ナタリーは冷えた声で言った。


「……人として扱われていないのよ。」


悠真は喉を鳴らす。


(これが……戦争の現実か)


だがその横でナタリーは、

捕虜たちの顔を見ながら、

悠真の背中をもう一度見ていた。


(この青年は……誰よりも人間らしい目をしている。

 なぜこんな世界に投げ込まれてしまったの……)


その“憐れみ”が、エマの残像と重なり、

胸の奥に説明できない痛みが走った。



■ エマの手 ― 記憶が現実を裂く


死体の包みを前にした瞬間だった。


胸が締め付けられ、視界が白く霞む。


――白い病室。

――雪の街。

――あの小さな手。


「ねえ悠真。

 “人が死ぬ”って……そんな簡単じゃないんだよ。」


エマの声。


(エマ……俺は……どこにいる?

 なんで……こんな地獄で……)


紙に涙が落ちる。


ナタリーが肩に触れた。


「……無理なら、代わるわ。」


悠真は首を振った。


「書きます。

 これをしないと……“消えてしまう”から。」


ベルナールが焚き火越しに言う。


「昨日の言葉を忘れるな。

 “生かすために書く”。

 死を記す者だけが、灰の上で立てる。」


悠真は筆を握り直した。


ナタリーはその横顔を見て、心がわずかに震えた。


(……あなたのその“覚悟”、

 私の知る誰かにあまりにも似すぎている)


(エマ――?

 あなたの面影を、この人のどこで見たの……)


気づかぬまま、繋がり始める“血の記憶”。



■ 戦場の気配


夕暮れ。

ルヴァンの空が赤黒く染まる。


外郭の向こうから角笛の音。


兵士たちがざわつく。


「……敵軍が動いたか?」

「明日、来るぞ。」

「ここが前線になる……」


ナタリーは顔をこわばらせた。


「……祈る時間さえ、もう奪われる」


リナが祈りの形に手を組む。


「神様……立てるようにしてください……」


悠真は帳簿を閉じた。


(行軍、死者、捕虜、記録……

 すべてが、この“戦争”の一部なんだ)


もう一度、角笛が鳴った。


戦いが迫っていた。



第10話は、

9話の「死」が落とした影の中で、

悠真が “記録者”として立つ初めの一歩 を描いた回です。


ここから物語は完全に

戦争の章(国家の暴力と前線の現実) に入ります。


次回、第11話

「戦端 ― 血煙の前夜」


【史実補足】


① 死体処理と「仮埋葬されない死」


中世ヨーロッパの戦地・行軍地では、

死体がその場に積み上げられるだけのことが多かった。


理由:

•病気・疫病の蔓延を恐れた(特に黒死病以降)

•労働力不足で「埋葬の人手」がいない

•軍は“生きている兵の維持”を最優先した


13世紀の軍事記録には、

死体を「麻布で包み、路傍に積む」描写がそのまま残っている。


10話で描いた光景は実際にあったもの。



② 名簿(死者帳簿)と“書かれない死”


当時の軍隊は一部の兵のみが“名簿”に記録され、

徴発された農民・人足などは 「名前のない階層」 として扱われた。

•正規兵 → 記録される

•傭兵 → 生きている間だけ記録

•人足・労働徴発 → 記録されない(補充可能とみなす)


帳簿に残らない者は、

そのまま 歴史からも消える。


悠真が必死に「名を書く」行為は、史実ではほぼ行われなかった。



③ 捕虜の扱い ―「食わせる価値なし」


中世の捕虜は、現代の「人道的扱い」とは程遠く、

•捕虜は“所有物”として扱われる

•鎖でつないで労役

•病気や衰弱したら捨てる

•食料不足時は優先順位が最下位


特に13世紀フランス南部では、

食料不足が慢性化していたため “捕虜への配給ゼロ” も珍しくなかった。


10話の描写(鎖につながれ、痩せた捕虜)は完全に史実そのまま。



④ ゴミのように扱われる“人足階層”


王の直属兵はそれなりの待遇を受けたが、

徴発された農民・流民たちは最下層だった。


彼らは

「人ではなく、使い捨ての労働力」

として扱われた。


・運搬

・遺体処理

・掘削

・武具の修理

・死体の投棄


死んだ場合は、

「代わりを徴発すればよい」

と記録に残っている。


10話に出てきた“ミシェルの死後処理”はまさにこれ。



⑤ 執筆と記録 ― 当時は“特権階層”のみ可能


13世紀で「字が書ける人」は非常に少なく、

読み書きできるのは 神職 or 一部の貴族 のみだった。


つまり:

•悠真が記録係になる

•ベルナールが「書け」と言う


これは “読み書き”を戦場で扱う非常に珍しいケース であり、

悠真が“歴史を残す者”への変化を象徴している。



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