第六十六話
❀日照❀
日照は森羅万象をつかさどる存在のようなもので、あらゆる生命に必要な光源を放つ役割がある。能力を発動する条件として、幽闇の血筋に生まれた成人男性の肉体に精神を取り込む必要があり、そのタマシイを養分として……「うるさい! 黙れっ!」
だれもなにも云っていない。螢介は、ひとりで憤り、叫び声をあげた。さきほどまで座敷にいた地估は立ち去り、卓袱台に腰かける炎估も無反応を示す。……先生がいなくなるかも知れないってときに、十翼のやつらは見て見ぬふりをする気か!? くそっ、おい、炎估、おまえはどうなんだ!!
螢介ににらまれた炎估は、手にしていた巻紙を燃やして灰を散らすと、スッと腰を浮かせて立ちあがり、横たわる亭主を見おろした。無表情だが、緋色の眼は、深い眠りつく咲夜を責めているように見えた。
「炎估、おまえ、ほんとうは先生のこと……」
「憎んでいるさ。心底な。宿命に抗うことは罪ではないというのに、希んで周囲を巻きこむこいつは、最低の人間だ」
「なに云ってんだ? 先生は、最低なんかじゃねーよ。おれは、巻きこまれて感謝してるくらいだ。どうせ、いちどは死んでる身だ。おれのからだにタマシイが宿っているのは、先生のおかげだから、日照に取り込まれたら、たぶん、おれも消えるンだろうしさ。……やっと、さくや亭の生活に慣れてきたんだぞ。この家には、おまえと先生と、ネコとフッチがいる。それがおれの日常なんだよ。平和な暮らしぶりとは云えなくても、勝手に奪われてたまるか!」
「日照としては、奪ったのは、おまえのほうだろう。暗闇咲夜という男は、幽闇家の咲也と同一人物だ。生まれたとき、すでに命運は尽きている。ゆえに、人間としての営みから切り離された界面でしか身動きがとれない。ここでは、咲夜の力が有効だ。おまえのタマシイは、咲夜が消えても、日照しだいでつなぎとめることはできる」
「……日照の」
「云っておくが、咲夜は、日照とひとつになることを希んでいる。その意思の弊害となる存在は、攻撃対象と見なされるぜ」
「先生が、おれを攻撃するってのかよ」
「おおいに、あり得る」
ゾッとしない話である。亭主になんらかの力を発揮された場合、螢介は一方的に負傷することになるだろう。ウロコの使い道も知らないため、三枚のうち一枚を手に入れて活用したと思われるネコに、どうやったのか、おしえてもらいたいところだ。……ネコのやつ、どこに行っちまったンだ。
いつ、ふらっと帰るかもわからないネコは、当てにならない。螢介は亭主のそばを離れて屋敷の二階へ移動すると、咲夜の室を調べた。
「なにか、手がかりがあるはずだ。先生は、いつもどこかに出かけていった……。どこで、なにをしていたんだ……」
螢介の知らない亭主の足取りを調べることで、日照について、あらたな情報が得られるかもしれない。とにかく、時間が惜しい螢介は、抽斗のなかや、書棚の奥、ちょっとしたすきまなど、念入りに調べた。机のしたに隠れていたフッチが飛びだしてくると、パサッと、白い封筒が落ちた。
「なんだ?」
拾いあげて裏返すと、差出人は雨賀佐源と記されていた。
「雨賀佐源から、先生宛に手紙がきてたのか。……これ、どうやって届いたんだ?」
亭主とは、異なる時代に生きた男である。しかも、螢介(と地估)によってタマシイは消されている。
「なにもかも、おれは、先生の仕事を手伝っていただけなのか……」
もとより、螢介は住み込みのアルバイトとして、さくや亭にやってきた。あぶない裏稼業はともかく、いまはもう、すべての事柄が亭主の思いどおりだったとしても、以前のように腹は立たなかった。
「聞書なんて、どうしておれにやらせたんだよ。おれにそんな力をよこして、先生は、なにをしてほしいンだ」
悩ましいのは、こんなにも咲夜を大事に思う螢介の心だった。
……やはり、惜しいか。
増水した川にのみこまれたせいか、螢介のからだには、云い知れぬなにかが棲みついていた。それはときどき、螢介自身の声で語りかけてくる──。
〘つづく〙




