第四十八話
❀対決、螢介合流❀
亡人よりさきに座敷牢を見つけだしたネコは、『にゃにゃーっ!!』と気合いの一撃をくりだす。バキャッと、格子状の柵が割れ、そこから螢介は脱出した。
「よくやった、ネコ! ……でもよ、いくら木造だからって素手で破壊するか、ふつう。怪我してねぇか?」
『なにをいう! あたしは、かいりき(怪力)なのだ。これしきのことで、けがなどするものか!』
「オーケー、決着をつけるぞ」
ネコが持ってきた紙袋から浴衣をとりだして身なりをととのえた螢介は、文鎮を片手に廊下を見据えた。むせるような香料が漂ってくる。亡人となった雪里の母親は、燕子花の単衣を掻きむしると、包丁をふりまわしながら襲いかかってきた。キィンッと、文鎮で包丁を彈きかえす螢介は、どうすれば亡人を救えるのか考えた。
『むむっ、もしや、けいすけのうろこをさしだせば、じょうぶつするかもしれないぞ?』
「おれもそう思ったけどな、その方法は却下する。ほかにも、なにか手があるはずだ」
『ほかというと?』
螢介ができることは少ない。そのぶん、やるべきことは明白だ。聞書を試すしかない。毛筆を得意とする亭主は不在だが、紙とペンさえあれば文字は書ける。
「ネコ、鉛筆を探してきてくれ」
紙袋を破く螢介は、雪里の声に耳をかたむけたときのように、母親の思いを文章にまとめることにした。なんとか攻撃を避けてまわるうち、ネコは鉛筆をくわえてきた。……猫の姿にもどったのか。そのほうが動きやすそうだもんな。さっそく鉛筆をうけとり、聞書を開始する。
「おれが、あなたの心の声を書き記す。かならず雪里にとどけるから、話してくれ」
包丁をふりあげた女は、真剣な表情をして紙切れと鉛筆を手にする螢介をまえに、「ううっ、ぐうぅっ」と、苦しみだす。カランと、包丁が落下した。猫が走り寄り、前脚でパシッと遠ざけた。
『けいすけ、どうなのだ?』
「ああ、小さいが聞こえる。なにか、云っている」
うめき声とはべつに、すすり泣きが耳にひびいてくる。螢介は、聞こえたとおりに文字を起こした。書き終えたとき、畳のうえにガクッと片膝をついて、息を切らせた。聞書は体力の消耗だけでなく気力もすり減る。目のまえが霞んで、視界がぼやけた。
『けいすけ、しっかりするのだ!』
……悪い、ネコ。少し寝かせてもらう。……だめだ、なにも考えられない。
前のめりで倒れる螢介を、ネコが人型になって支えた。そこへ、地估がやってきて、「破廉恥がすぎる」と目を逸らした。力の抜けた螢介の手から、聞書したものをとりあげ、文章に視線を落とす。
『ちこ、なんとかいてあるのだ?』
「さもありなん」
『むむ? さも……?』
「用も済んだことだし帰ろうか」
『かえるだと? どうやって?』
「こうやってかな」
地估は帽子を脱いでお辞儀をすると、螢介の肩に手のひらを添えた。一瞬、辺りは暗くなり、明るくなったときには雑木林のなかにいた。
『にゃにゃっ! ここは!?』
「行こうか、石づきなめこ商會へ」
地估は、ネコの腕から螢介をひきうけて背負うと、ゆっくり歩きだした。黒猫の姿になってあとを追うネコは、鼻をヒクヒクさせて、現在地をたしかめた。
『ほんとうに、かえってきたのだな。……このにおいは、さくやだ!』
雑貨商の看板と建物が見えてくると、ふたりの男が立っていた。咲夜と風估である。さきに、亭主が気づいて「おかえりなさい」と笑みを浮かべた。地估に負ぶわれる螢介は、亭主の声に反応して目を覚ました。
「……先生」
『さくや、ふうこ、ただいまなのだ!』
亭主に飛びつき抱っこしてもらう黒猫は、『ちこが、あたしたちをもどしてくれたのだ』といって肉球のある指で示した。
「さても久しや、巽の風估よ。……となりにいるのは幽闇か」
「はい。咲夜と申します。いまは暗闇と名乗っていますが、天蔵くんを助けていただき、ありがとうこざいます」
地估の背中から亭主を見つめる螢介は、「褒美の件、忘れないでくれよ……」といって、ふたたび眠りについた。
〘つづく〙




