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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第四十七話

❀対決、地估登場❀




 螢介を探して走りまわるネコは、土間にさしかかったとき、反射的に身を跳ねた。梅花のにおいが濃い。雪里の母親が、まな板でなにかを切っていた。トントントンッ。だれのために作っているのか、それはすぐに判明した。女は、おなかを()かせた夫のために、じぶんのタマシイを切り刻んでいる。……やめて、お母さん、やめて! 必死にとめる雪里の声はとどかない。



『むむっ、これは、まぼろしか? あたしにじゅぐ(、、、)つうよう(、、、、)しないからな!』



 ネコは、なんの迷いもなく家族の幻影をすり抜けて、座敷牢を目ざす。螢介のにおいが近い。こう云っては本人に悪い気もするが、衣服を奪われたぶん、人間的なにおいがネコの鼻をつく。汗や体臭といった不快なものではなく、螢介そのもののにおいである。



『もうすぐだ、もうすぐだ。ちかいぞ! けいすけは、すぐそこにいる!!』



 突然、バリッと、床板が裂けるような音がした。とっさに黒猫の姿に変わったネコは、紙袋をくわえて飛び跳ねた。『にゃにゃ、ちちおやか!?』事故で空蟬(うつせみ)となった少年の父親は、家内のタマシイだけでは喰い足りず、だれともなく襲いかかってきた。



『あたしのたましいは、やすくないぞ! とれるものなら、とってみるのだ!』



 かりそめでも生身のからだを表現できるネコは、ふたたび人型となり、両腕をふりあげて攻撃をくりだす父親に、体当たりで突進すると、後頭部を石づきなめこ秘蔵の文鎮でカンッと叩いた。すると、ネコの目のまえに、人影がゆらめいた。


「やれやれ、見ていられない。この時代に呼びだされるのはきらいじゃないが、ちょっと、きみ、ネコくんとやら。さっきから黙って見ていれば、破廉恥(ハレンチ)きわまりない恰好(かっこう)をさらしてくれるね」


『むむっ、なんだ、おまえは!』


「油断しないで。はやく浴衣を着ておくれ」


 炎估と似たような黒紋つきの着物に黒い帽子をかぶる優男は、くすッと笑い、ネコの急所に光るウロコへ視線を落とし、眉をひそめた。「なるほど。ネコくんの裏庭(そこ)には力が宿っているね」


『おまえは、だれなのだ!? けいすけのてき(、、)か!?』


「ぼくは十翼の地估(ちこ)だよ。ネコくんとは、校庭の砂場で()っているじゃないか。信じるかどうかはべつとして、あの下着だけの高校生は、まだ座敷牢にいるよ。彼の浴衣も、はやく持っていくといい。きみたちは若くて、破廉恥がすぎる。ここは、ひきうけよう」


『じゅうよく? おまえ、あのとき、あたしを……、にゃにゃっ、そんなことより、けいすけがさきだ。おまえをしんじてやる! そこのうつせみ(、、、、)はたおしてよいが、ははおやとゆきさとは、だめなのだ!』


「いざ、()しとて、われ、うけたまわる」


 浴衣の衿をあわせて帯を結ぶネコは、紙袋に文鎮をつっこむと、螢介のもとへ急いだ。小柄(こがら)に見える地估だが、筋骨の強度は炎估や風估を(うわ)まわる。襲いくる父親を片腕で制すると、


(しず)まれ、永久(とわ)にな」


 といって、空蟬を石化させた。サラサラと砂のように消滅するさまを見た母親は、「ひぃぃぃーっ!」と奇声をあげ、ネコのあとを追いかける。その手には包丁を持っていた。……お願い、母さんをとめて! 夏服の雪里少年はうずくまり、ただ、なりゆきにふるえている。


 地估は足もとに散った砂をひとつかみすると、「きみは、ひと足さきにもどるがいい。この界面()は、じきに閉ざされるからね」そういって、少年に砂をふりかける。……さようなら、父さん、母さん。



 攻撃的な空蟬となった父親と、母親との関係に悩める少年を対処した地估は、帽子をかぶりなおして座敷牢のほうへ歩いてゆく。



「さてと、いよいよ大詰めだ。天蔵(あまくら)螢介くん、ぼくは、きみに期待しているよ。きみならば、暗闇(くらやみ)に太刀打ちできそうだ」




〘つづく〙

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