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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第四十六話

❀対決❀




 帳場に(すわ)る老人は、潤朱(うるみしゅ)色の傘を手に、ぼんやりとしていた。もとはといえばまじめで、愛想のよい商人である。螢介の意識を奪ったのは、老人が手をかけたわけではない。潤朱の傘をひらいた瞬間、呪力は効果を発揮するように仕込まれていた。屋根裏から抜けだしたネコは、近所の洗濯物を拝借して人型になると、さっそく(みせ)のなかへ踏みこんだ。


「いらっしゃいませ……」


『どぉも、すみません~、わすれものを、とりにきましたのだぁ』


「はて、忘れものとな?」


『これくらいのぉ、かみぶくろなんですけど~』


 独特な語尾とくねくねした指の動きと、豊満な肉づきに気をとられる老人は、あたふたと傘をたたんで奥の間へ姿を消した。がさごそと物音がして、ドスドスと大股でもどってくる。 


「こ、こちらで、よろしいですかな?」


『はぁい、たぶんそうですぅ。すこしまえ、うちのひとが、かいものにきましたでしょう? なんでもぉ、きれいないろのかさ(、、)にみとれて、うっかりわすれてしまったそうなの~。まったく、こまっちゃうわね~』


「きれいな傘? ああ、あちらのですかい? お若いのに、ご夫人のお目も高いですな。あいにく、お客さまから修理依頼の品でして、売りものではございません」


 老人は潤朱の傘を手にとり、ことさらに鼻のしたをのばして「ぐひひっ」と笑い声になる。あきらかにようすがおかしいのは、傘に魅了されて、持ち主にあやつられているからだ。


『あらぁ、まあ、それはざんねんですの~。ところでぇ、おくのほうから、うちのひとのにおい(、、、)がするんですけど、もしかして、おじゃましてませんかぁ?』


 傘の呪力にひけをとらないほど色香をふりまくネコは、浴衣の(えり)をひらいて、いまにもこぼれそうな胸もとをちらつかせた。


「に、においですかい? はて、そのような(おぼ)えはございませぬが……、ぐひひっ」


 老人は傘を手放すと、無遠慮に腕をのばしてくる。乳房をわしづかみにされそうになったネコは『いやだ、ごしゅじんったら、はれんち~』といって、思いきり鳩尾(みぞおち)を蹴りつけた。老人は「ぐほぉっ!!」と叫び、下手をすれば骨が折れそうな勢いで転倒したが、ネコは舗の奥へ駆けだした。



『けいすけ、いま、いくのだ! まだ、いきているな!? にゃにゃっ、いそぐのだ!』



 姿こそ確認できないが、雪里の母親も同じ空間を彷徨(さまよ)っている。どちらがさきに螢介のもとまでたどりつけるか、運にもよる状況だった。座敷牢は、現在から切り離された場所にある。いちど見つけても、ふたたび同じ道からはたどりつけない。屋根裏から空間のひずみ(、、、)へもぐりこんだネコは、次なる手段は正面突破しかない。紙袋のなかには、螢介の浴衣と呪具の文鎮がしまってある。座敷牢さえ見つかれば、亡人(もうけ)と闘うことができる。



『けいすけ、どこだ! どこにいるのだ! においはするのに、みつからないのだぁっ!!』



 梅花(ばいか)の香料がネコの鼻をつく。少年の母は、ろくでもない夫にタマシイが喰われたショックで、人間のふりをつづける亡人と化したが、雪里は見捨てなかった。



 夜になる──「きみ、日付を越えたね」

 ぼくがいって ぼくが願った

 質問をうける 頭を横にふる

 なにもかも 消してしまおうか

 あれは飢えているといわれた

 (中略)──「きみの母親だよ」

 ぼくは いま      

 おそろしいことにとりつかれている  

 頭を横にふらなくては

 ならないのに

 ──「許されては、いけない」

 でも、あれは待ってくれない

 ぼくの人生は決定されている

 「なぜ、そう思うの?」

 おなかを()かせた魔物が

 大きな口をあけて待っているから

 「父は、暴力をふるったのだね」 

 ぼくの(まが)ごころ 深くなる

 ぼくは 父にさからえない

 ぼくは 母を助けなかった

 ぼくこそ 醜い鬼だ

 

 「そうではない。きみは、生者にもどるんだ」



 螢介とネコが奮闘する最中(さなか)、さくや亭では、炎估(えんこ)が亭主の(へや)で眉をひそめていた。いちばん最初に少年の声をきいた亭主は、螢介よりさきに聞書(ききがき)をしている。螢介を雪里の母親と対決させる理由は、経験を重ねるためだろう。



小者(こもの)(やしな)ったところで、じゃまになれば、おれに灼かれるだけだぜ」



 炎估にとって中途半端な螢介は鬱陶(うっとう)しい存在だが、役にたつうちは見過ごすことにした。




〘つづく〙

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