第四十五話
❀対決❀
意識をとりもどした螢介は、昔ながらの座敷牢に閉じこめられていた。股がスースーする。衣服が脱がされていた。さいわい、下着は身につけている。……泣けるぜ。
適度な体格は、そこまで見苦しい肉づきではないが、情けない気分になった。窓がないため、どれくらい気を失っていたのか、時間経過の判断に悩むところだ。念のため下着のなかにあるウロコを確認すると、二枚とも裏庭についている。
「ウロコが目的じゃなきゃ、なんで裸身にする必要があるんだよ……」
石づきなめこ秘蔵の文鎮は、ネコの服といっしょに紙袋にしまってある。むろん、座敷牢にむだなものはなく、抽斗のない方卓と座布団が置いてあるだけだった。畳のうえに寝転がっていたせいで、腕や背中に、縫い目の痕がくっきり残っている。
「くそ……、ネコはどうしただろう。あいつは無事なのか? いま、どこにいる……」
『あたしは、ここにいるぞ』
「な、なに?」
声にだして正解だった。天井から、なにかが動く気配がする。カリカリと、爪で合図を送るネコは、小さくくしゃみをした。
『ほこりだらけでかなわん。しのびこめたはいいが、このてんじょうは、いたがはずせないな。けいすけ、きこえているのだろう? おんなには、きをつけるのだ』
「ネコか、無事でよかった……。女って、だれのことだ?」
『ゆきさとのははおやだ。あれは、もうけだ。けいすけを、しょくりょうとみなしている。しょうねんが、そうなるようにてびきしたのだ。そこからでなくては、いまに、くわれるぞ』
おそろしい事実を、サラッと云われた。……少年が手引きした? おれを、どうやって? いや、待て。座敷牢から脱出する方法を考えるほうがさきだ。
「なんでおれなンだよ。いい迷惑だぜ」
『かさが……げんいんではないか?』
「傘って、おれの?」
『みずいろのかさは、どうしたのだ』
「あれは、学校に置いてきて……」
『あめがふっていたのにか?』
「うん? あ、ああ。そういうことになっているみたいだな。正直、よく思いだせねぇけど……」
あの日、さくやの亭主と出逢わなければ、泥水をのんで溺れていた螢介は、学校に忘れてきた淡青の傘のせいで、雪里に目をつけられたような気がした。わざわざ自宅まで黒傘をとどけにやってきた理由は、品定めをするためだ。……おれが、そんなに旨そうに見えたのか?
『けいすけ』
ネコに名前を呼ばれ、顔をあげた。天井にいる黒猫は、物体をすり抜けるといった特技は、持ちあわせていないようだ。それでは都合がよすぎる。螢介は、ネコに紙袋をさがしてほしいとたのみ、ひとまず、相手の動きに警戒した。腹の虫が鳴り、空腹が時刻の目安となった。……夕飯には、まだはやい感じだな。……ここは、ネコにまかせるしかない。たのむぞ。
此度の件は、ネコを連れておゆき。わたしがそばにいるよりも、彼女のほうが力になるよ。
さくやの声が、耳にひびいてくる。ことばのとおりの展開となり、螢介は、無意識に笑みを浮かべた。「ったく、なにもかも、見透かされてるよな。さくや亭にもどったら、ぜったいに褒美をもらうからな」ほんとうに、雨がふってきた。舗の屋根を打つ雨音が、座敷牢にも聞こえてくる。知らないふりをして傘をいやがる少年は、雨乞いの呪具を、学校の砂場にほどこしている。自己矛盾をくり返すタマシイは、だれにも救えない。救いたくても、タマシイがつかめないのだ。さくやの亭主は、螢介を人質に、今回の件を解決しようとしている。すべてを承知した螢介は、それでもかまわないと思った。
「あのひとは、なにを望んでいる? 願いは、なんだ? おれは、先生のために、なにができる?」
螢介が対峙すべきは、この界に存在する空蟬や亡人ではない。向きあうべきものは、己の心に芽生えた特異な情念だ。それは、制止がたく、他者とのかかわりを欲してやまない。だれもが個別に秘める、おおいなる力の根源だ。
「いつか、認めさせてやるからな」
タマシイだけでなく、存在そのものを亭主にうけいれてもらうことが、螢介の最終目的となってゆく。そのための努力は今後も欠かせない。
〘つづく〙




