第四十四話
❀ネコ、活躍する❀
螢介が囚われの身となったころ、野良猫として校庭にしのびこみ、雪里少年の情報を集めるネコは、教員室の窓が開いていることに目をつけた。そろりそろりと音をたてず花壇にもぐり、ぴょこんッときき耳をたてる。
……また……のクラスの……が、傘を持ってきましたわ。ええ、そのようですね。……こ先生は、きょうの天気予報をご存じなくて? いいえ。……まあ、それでしたら、……の生徒に……を注意してくださらない? なぜですか。だって、こんな陽気に傘なんて持ってこられたら……が台無しだわ。それは、生徒には関係のないことです。……あら、そうは思いませんわ。わたくし、あの生徒が校庭の砂場で、なにをしていたのか、知っていますのよ。砂場とは? あれはいつの日だったかしら。放課後……くんが砂場にしゃがんで、木の枝で文字のような記号のようなものを書いていましたの。とても熱心な横顔でしたから、近づいて声をかけようなんて考えは、これっぽっちもありませんでしたわ。……それで。ええ、ですからね、あの子が去ったあと、もういちど見にいきましたの。なにが書いてあったと思います? ……さあ。わたくしの口からは、とてもじゃありませんが、お話できませんことよ。
女と男の声がいりまじる。ひとりの生徒について意見を交わしていたが、予鈴が鳴りひびくと、教師たちは廊下へと出ていった。
『にゃにゃ、かさをもってきたせいと、とは、ゆきさとしょうねんのことか? はれのひにかさをもちあるくのは、たしかにめだつからな。こうていのすなば? ふむ、しょうねんは、いったい、なにをかいていたのだ?』
花壇を抜けだすネコは、校庭の西側にある砂場へと向かった。硬いコンクリート製の枠に、排水性のよい山砂が敷いてある。じっと見つめていると、風が強く吹いてきた。枯葉がネコの足もとに舞い落ちたとき、ボコッと砂場の地面がもりあがり、火山のように噴火して、四辺に黒い石が飛び散った。ネコは、ひらりとかわして打撃を回避する。雷雲の気配はないが、一瞬、稲妻がひらめいた。明るい空に、銀の筋が浮かぶ。
『むむっ、これは、あまごい(雨乞い)のじゅぐではないか! にゃにゃーっ!』
全身が痺れるようなビリビリとした静電気に身をすくめるネコは、脱兎のごとく校舎を走り去った。
『いかんのだ、これはいかんのだ! はやく、けいすけにしらせねばならんのだ! あのしょうねんは……、ゆきさとのははおやは、さいしょから、けいすけをねらっていたのだ! そのかさをみつけてはならんのだ! けいすけーっ! けいすけーっ!!』
まだ雨はふっていない。ネコは螢介のにおいをたどり、傘をとりあつかう舗へ急ぎ足で到着した。
『むむっ、におうぞ。けいすけのにおいがする! ここに、いるのだな。……いる……のだな?』
なにかが、おかしい。ネコが嗅ぎつけたにおいは、たしかに螢介の生活反応だが、よけいなものがまじっている。
『けいすけ……ではない?』
ネコは看板の陰に隠れ、ようすをうかがった。坂道を、ひとりの女が歩いてくる。燕子花の単衣には、見おぼえがある。雪里の母親だ。蛇目傘をさして、舗のまえで立ちどまる。ペロリと細い舌をちらつかせる女の影は、頭に角がある。うなじが見えるほど高く結ってある髪形が、うまい具合に角をかたどった。
『なんと、あのおんな、けしょう(化生)だったのか? もうけ(亡人)とは、おどろいたな。むすこをつかって、えさとなるにんげんをおびきよせていたのか。……はやく、けいすけをたすけねば!』
雪里は、母親のために食糧をさがしていた。工場の荷物を輸送する仕事につく父は、雨の日に事故を起こし、ほぼ即死だった。残された母子は、ほそぼそとした暮らしを送っていたが、空蟬となってあらわれた父に母のタマシイを喰われた少年は、とりもどそうとして、日付変更線を突きぬけてきた。ときおり、息子の帰りが遅くなる理由は、界面の移動が原因で、亡人となった母が立ちいることはできない。
〘つづく〙




