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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第四十九話

❀帰宅、それから❀




 いまさら後悔しても遅い、なんてことばは多方面で見かけるが、おれは、後悔してからでは遅い、というひびきのほうが気に入っている。


 ……なあ、雪里、もう少しだけ、待っててくれよ。からだが動くようになったら、おまえに、両親のことばをきかせてやる。絶望にうちひしがれる年月(とき)は、終わりだ。せっかく生まれてきたんだ、もっとたくさん笑って、新しい記憶を(たの)しもうぜ。……悲しむのは、ときどきでいいんだ。



「……躰じゅう、(いて)ぇ」



 目を覚ました螢介は、見慣れた天井の木目をながめ、さくや亭にもどってきた現実にホッと安堵(あんど)した。長らくネコとふたりで過ごしたが、亭主への関心ばかり深くなった。ごそっと、布団から上体を起こすと、なぜか学ラン姿だった。……だれだよ、こんなの着せたやつは。ネコか? ……ったく、ご丁寧に下着まで変えてあるぜ。


 ウロコの確認はしない。裏庭の感覚で、二枚ともついている(、、、、、)ことがわかる。しだいに、じぶんの存在が人間離れしていく錯覚にとらわれた。


「……泣けるぜ」


 布団をたたんで廊下にでると、台所では亭主が夕食を用意していた。


「先生」


「やあ、よく眠れたかい? おなかが空いているだろう。ちょうど焼きあがったところだよ、お食べ」


 オーブントースターのグラタン皿から、焦げたチーズの香ばしいにおいがたつ。螢介は椅子に坐って、木製のフォークとマグカップをうけとった。後者の中身は、たまねぎのコンソメスープである。洋食はひさしぶりだった。「いただきます」「はい、どうぞ」腹の虫がうるさいので、食事に集中する。亭主は、調理器具を洗ってから、向かい側の椅子をひいて腰かけた。螢介は柱時計で時刻を確認した。夜半である。すっかり寝過ごしていた。


「あれから、どれくらい経ってるンだ?」


 少年の時代にさかのぼり、両親と決着をつけるあいだ、さくやのそばには炎估(えんこ)がいた。十翼とふたりきりの状況は、気になるところだ。螢介の正面に腰かける亭主は、きれいな顔で微笑した。



一日(いちじつ)だよ」


「たったのか? おれとネコは、ふた月くらい夫婦生活してたのに……」


「もしや、いっしょに寝たの? 子どもができたら、わたしがひきとるよ」


「そういう冗談はやめろ。ネコとは、なにもしてねぇよ。おれは犬派だ。先生こそ、どうなんだ。炎估のやつに、変なことされなかったか?」


「わたしと炎估は、きみが思うような関係ではないよ。……ネコは、役にたっただろう?」


「まあな。全裸で動きまわるのは勘弁してほしいけど」


 螢介は、わざとらしく溜め息を吐いた。グラタン皿とマグカップを(から)にすると、少年についてたずねた。


「あす、雑貨商へ行っておいで。きみの働きぶりは、地估(ちこ)から聞いたよ。ご苦労だったね」


「ちこって、だれだっけ?」


此度(こたび)の件に介入した十翼のひとりだ。天蔵くんは、地估に負ぶわれて帰ってきたんだよ。彼から、聞書もうけとっている」


「聞書……! そうだ、おれ、母親の声を書き記して、なんとか亡人(もうけ)を救いたかったンだ。でも、失敗か? だから、十翼が出てきたンだろう?」


「そうではないよ。地估は人間(ひと)が好きだし、天蔵くんは失敗なんかしていない。きみが救うべき相手は、雪里少年だからね。だれにも聞こえなかった母の声を、とどけることができたんだ」


 生者のタマシイをつかめる亭主でも、亡者のタマシイは在処(ありか)をさぐれない。罪の意識に問いかけ、自らのことばで赦しを乞わないかぎり、タマシイをつかめないのだ。聞書によって、少年の母親は正気をとりもどした。それから、わが子をたのみますと云って旅だつ。



「……あのよ、先生」



 働きぶりを評価する第三者(地估)の存在は、好都合である。螢介は相応の報酬を亭主に所望した。


「約束どおり、褒美をくれないか」

「お希みはなにかな?」

「先生を調べたくなった」

「わたしを? 裸身(はだか)になれってことかい?」

「それもいいけど、詳しく知りたいのは先生の素性だ。いろいろ話してほしい」

「いろいろですか……。そうですね……」


 亭主は、困惑の表情を浮かべた。




〘つづく〙

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