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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第三十三話

❀さくや亭にて❀




 螢介が書き記した文字が、料紙のうえを泳ぐように動きまわっている。漢字の部首もバラバラになり、一文字ずつを目で追うのはむずかしい。


「これ、どうやったらふつうに読めるんだ?(うじゃうじゃ集まるオタマジャクシみたいで、ぞわぞわするな……)」


「話し手のことばを、どう文章にまとめるかは、聞き手のセンスにゆだねられるね」


「そんなセンス、おれにあると思わないでくれ」


「でも、天蔵くんなりの良識というものがあるだろう。ぜひ、存分に活かしてもらいたいな」


「意味わかんねぇよ。おれの良識をたよられても、あの少年を成仏させる方法すら思い浮かばない」


「彼は死者ではないよ。いまはね。きみと同じだ。タマシイは、わたしがつかんでいる」


 亭主は笑みを浮かべ、螢介の胸もとを人さし指でトスッと突いた。その細い手首をつかんでひき倒してやろうかと血迷う螢介は、亭主の顔を見おろした。……いま気づいたけど、おれのほうが少し背が高いのか。……男のくせに、まつげ長いし、きれいな顔だ。


 亭主の骨格は、螢介より脆弱(ぜいじゃく)そうに見える。細身で色白につき、腕力では勝てそうな気がした螢介は、心の底で優越感にひたると、むにっと、頬を軽くつねられた。


「なにするんだよ」


「エッチなことを考えたでしょう」


「か、考えてない」


「わたしのほうが非力だとでも?」


「ちがうってば。……そっちこそ、おれのからだにウロコを封じるとき、どんな手段を使ったんだよ。きわどいところに封じやがって。断りもなく裸身にされるし、もしかして、さそってんの?」


「きみが欲求不満ならば、わたしは受け身に徹してあげるべきかな」


「冗談だろ」ムッとして眉を寄せる螢介に、「冗談だよ」といって笑う亭主は、料紙を丸めて紐を巻きつけた。


「きみの文字は、しばらく暴れているだろうから、つづきは午后にしようか。それまでに、心をおちつかせておくこと。……いいね?」


「あ、ああ。わかった」


 螢介をどぎまぎさせた張本人は、さきに室から出ていき、すれちがいざまに炎估(えんこ)が姿を見せた。いつ、どこでなにをしているのか、亭主より実体があやふやな十翼である。螢介の手もとへ視線を落とし、あからさまに眉をひそめた。


「な、なんだよ、その顔……」


「べつに。なにをさかって(、、、、)いるのかと思えば、聞書を仕上げていないようだな」


「これのこと?」螢介は、紐で丸めてある料紙を持ちあげ、「文字が動きまわって、読めねぇんだよ」と唇を(とが)らせた。すると、炎估に溜め息を吐かれた。


「それは、おまえの問題だ。筆を(おこ)すときは無心になれ。よけいなことに気をとられると、文字が制御できなくなる」


「よけいって、おれは、ちゃんと真剣に聞きとったつもりなんだけど……」


 科白(せりふ)のとちゅうで、トスッと、炎估から亭主と同じく胸もとを人さし指で突かれ、一瞬、ズキンッと痛みを感じた。躰に、小さな穴が()いたような気がした。


「炎估……?」


「ひとつ忠告するが、咲夜(さくや)はあきらめろ。いつか、おれが()き殺してやる」


「殺す? 先生を? なんで」


「ことばのとおりだ。おまえの存在がじゃまになれば、きさまも灼き殺す。せいぜい、家族ごっこを満喫しておくんだな」


「待て、炎估。いまのは聞き捨てならねぇぞ!」


 云うだけいって姿を消す十翼は、亭主に遺恨(いこん)があるような口ぶりで、螢介の頭を悩ませた。


 ……殺すって、なんでだよ。先生がなにをしたって云うんだ? ってか、おれも殺すとか、ありえねぇ発言しやがって! ……くそっ、あのやろうの思いどおりにさせてたまるか。こうなったら、おれが先生を守ってやる!




〘つづく〙

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