第25話
それから数日が経ち、ボクはで物置でクリスとお茶会をしていた。
「あれだけ捨て台詞吐いておいて婚約を申し込むってバカじゃないの?」
正直、ボクはヴィンセントがクリスに婚約を申し込んだことをまだ許せていない。
考えてもみなよ、ヴィンセントだよ? ボクは絶対に許さない。
「私もちょっと信じられないわ……」
クリスも困った様子でそう言う。
それはそうだよね? この世界線のクリスからしたら、大喧嘩した相手だし。
クリスの父が言うには、ヴィンセントはあのお茶会の日、正確にはクリスに盛大な啖呵を切った後、父親の仕事場へ突撃して「婚約したい相手がいる」と言ったらしい。
仕事でその場に居合わせていたクリスの父は婚約したい相手が自分の娘でさぞかし驚いたことだろう。
もちろん、クリスはその婚約を断った。それを聞いたクリスの父はちょっと安心した顔をしていた。
相手は友人の子で公爵家の嫡男。家格も血筋も問題ないが、まだ幼い可愛い娘に婚約者を付けるのは気が引けるのかも。クリスのこと溺愛してるもんね。
持つべきものは娘を溺愛する父親だよね! クリスの判断にも助かったよ。
ここでクリス達が婚約なんてしたら、ボクの未来に関わるからね。
ボクとクリスは結ばれる運命なんだ。絶対にこれだけは覆されてたまるか。
「まったく、クリスはもうボクが予約してるんだから」
「予約されてないわよ。それにヴィンセント様は私と婚約したところでいつか破棄されちゃうわよ」
やけに自信満々に言うクリスの態度に気になるけど、そうなるの未来があってもおかしくない。だって、ヴィンセントはどの未来でもあの女を好きになるんだし。
「無理矢理婚約を迫っておいて婚約破棄なんてしたら、ボクは末代先まで呪ってやる」
ボクはクッキーを口に放り込むと、クリスが書いた暗号ノートを見つめた。
(うーん、頭の体操にはすごくいいんだけど……ちょっと八歳が考えるには難しくない?)
クリスが考えた暗号はちゃんと規則性があり、そして同じ言葉でも字体を変えて意味を変えていた。
字体は大きく分かれて三つ。ひらがな、カタカナ、漢字だ。
そのうちのひらがなとカタカナはもう覚えた。たった百字だしね。問題は漢字。こればっかりは覚えようがない。
なんせ五十音と違って、数がかなり多い上に形状も複雑で一つの漢字に複数の意味を持つ。
(本当にこれ、自分で考えたの? 暗号なら複雑すぎるし……もはや他国の言語に近いよ?)
特に『生』という漢字の読み方が多すぎて、クリスに文句を言ったら『〝生〟き方はたくさんあるけど〝死〟は一つよ』と言われて、思わず『言葉遊びじゃないんだよ!』と言ってしまった。
(それにこのノートの内容……お伽話?)
暗号を解読しながら読んでいると、それはお伽話だった。
この国と世界観が似ているシンデレラ、親指姫、茨姫やちょっと東洋風のかぐや姫や一寸法師など短いお話が書かれている。
(これ、全部クリスが創作したの?)
今までの世界線では、クリスは創作話を作るなんてしたことはなかった。高熱を出してから確実に今までのクリスとはかけ離れていっている。
(それに……初めて見た時と文章の内容が違う気がする……)
初めてクリスのノートを見た時は、文章がもっと短くて矢印がたくさんついていた気がする。
「ねぇ、クリス。これって本当に前のノートと同じ?」
ボクがそう訊ねた時、クリスの肩が小さく飛び跳ねたのが分かった。
そして、彼女のお得意の淑女の顔をボクに向ける。
「当たり前でしょう……」
(怪しい……)
ボクは彼女を探るように彼女の胸元を見つめる。
「ほんとぉ~? 大体、君がボクの前でそんな顔をしている時って、隠し事してる時なんだよねぇ~?」
彼女がそんな顔をするのはもっと先の未来のはずだが、最近のクリスはポーカーフェイスのつもりか、淑女の笑みを作る時がある。そんな風に表情を変えるなんて、探ってくれって言っているようなものだ。ボクは彼女の心の色を確認する。
(焦り、自信、対立……これだけじゃ読み切れないな……)
ボクは人生周回の経験に基づいて心情を推測する。この世界線のクリスは今までのクリスと違って行動が読めない。だから二号を媒体に心の声を聞こえるようにしたのだ。
「そんなカマを掛けたって引っかからないわよ?」
「ちぇっ!」
ボクは自分の能力について、クリスに教えてしまっている。彼女の色に自信と対立が見えるのは、隠しきれると思っているからだ。
(今までのクリスと同じだと思って油断したな……ボクの能力を教えなければよかった)
ボクは再びノートに目を移すと、クリスは裁縫セットを取り出していた。
「今度は何作るの?」
「ジェット三号よ」
(ああ~)
クリスの初恋の人と出会うあのお茶会で、二号はジュースを被ってしまった。一応丁寧に洗ってもらったのだが、布が毛羽立ってしまったのだ。おまけにボクが口を改造してお菓子を食べていたから体の中は食べカスまみれ、綿を吐き散らしていたので、中身もスカスカだ。クリスは綿を入れ直していたけど、結局新しい人形を作る事にしたようだ。
(今度は可愛く作ってくれるよね? クリス)
ボクはそんな期待も込めて、彼女を見守る。
「できたわっ!」
元気よく声を上げて、クリスは出来上がった三号をボクに差し出した。
「可愛くない……」
「失礼ね! 今回もばっちり可愛いわよ!」
今度の三号もボクに全く似てなくて、凶悪な面構えだった。真っ赤な瞳や髪形はそっくりなんだけど、なんでこんな顔なんだろう。ボクはもっとキュートでしょ?
「さらに凶悪さと不気味さが増してるよ……それに何、その口」
「ふふーん! よく気づいたわね! この口、チャックなのよ! 笑ってるみたいでしょ?」
三号は洗っても大丈夫な素材を使い、口はチャックになっていた。取っ手の部分は舌らしく、口からはみ出ているせいで、余計に不気味さが強調されていた。
どうやら、口の中はポケット状になっているらしく、ボクがお菓子を食べても大丈夫な作りにしたようだ。
ボクはなんとなくこのチャックの用途が想像ついた。
「へぇ、それでボクの口を閉めようって? クリスのくせに」
「うふふふっ! あれだけの大惨事起こしてくれたんだもの。対策くらい練るわよ。私、次のお出かけも決まってるんだから」
次のお出かけ。それを聞いてボクはぽかんとする。確か、今までの世界線ではあのお茶会の後はしばらく屋敷で淑女教育に励んでいたはず。
「え? またお茶会に行くの?」
「ええ、でも今度は本物のパーティーでダンスも踊るんだから!」
それを聞いてボクは納得した。
(そっか。今回のクリスは挨拶もちゃんと言えたし、ボクが邪魔さえしなければ、所作も完璧だったもんね。クリス兄と一緒にでかけるのかな?)
しかし、ダンスも踊るのか。
「クリス、ダンス踊れるの?」
純粋な疑問を口にすると、彼女は胸を張って答える。
「当たり前でしょ。私は淑女なのよ?」
「へぇー……」
どうやら、今のクリスはそれだけ淑女教育が進んでいるらしい。それもそうか。初めてのお茶会の時は戦地に向かうような顔で励んでいたし。
ふとボクは思った。
(そういえば、このくらいの年齢の時のクリスとダンスは踊ったことがなかったな……)
ボクは立ち上がって、クリスの前で片膝をつき、彼女の手を取った。
「それでは、素敵なお嬢さん。一曲ボクと踊ってくれませんか?」
ボクがそう口にすると、クリスは深紫の瞳を瞬かせる。
「ジェット、踊れるの?」
「ふふーん。ボクはキミと違って経験豊富だし、女性をエスコートすることもリードすることも他の誰よりも上手だよ?」
伊達に人生を周回していない。それにボクはクリスとばかり踊っていたから、もはや君専属のパートナーだと思ってくれていい。
クリスが立ち上がり、部屋の中央に移動する。
(まだまだ小さいなぁ……クリスは)
今のボクは十二歳の姿だから、八歳のクリスと並ぶと身長差がある。おまけに今のボクはヒールのあるブーツも履いているしね。
彼女の腕と腰に手を回し、愛らしくボクを見上げるクリスに向かってにっこり微笑えんだ。
(なんか、新鮮だな……この距離感)
さて、彼女のお手並み拝見と行きますか。
「ジェット、音楽は?」
「ダンスは三拍子だよ? 音楽がなくても、淑女のクリスなら大丈夫さ。ほら、いち、に、さん」
ボクがリズムを口ずさみながら、さりげなくリードしながらステップを踏む。あからさまなリードは逆に恥をかかせちゃうからね。
年齢のわりにステップをしっかり覚えているようで、今の彼女の成長がよく分かる。ただ、本人はまだステップに自信がないのか、足元に集中しているようだ。
そのうちクリスが顔を上げ、ボクと目が合った。
(なんだか感慨深いな……)
今までの世界線でも彼女と踊る機会は何度もあった。彼女の洗練されたステップは誰のために培われたものかボクは知っている。
「クリス、本当に上手だね? さすが淑女だ」
「あ、当たり前でしょ?」
照れているのか、それとも恥ずかしがっているのか、クリスに顔を逸らされてしまい、ボクは思わず笑ってしまう。
「ちょっとクリス~っ! ボクの顔を見てよ? ただのダンスで恥ずかしがっちゃだめだよ?」
「は、恥ずかしくなんてないわよっ!」
クリスがそう反論した時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「お嬢様ーっ! お嬢様はどこですかー!」
慌ただしい足音ともに聞こえるクリスを探す声。ステップを止めたボク達は顔を見合わせた。
「何かしら?」
「さぁ?」
物置から出ると、ボク達に気付いたメイドが血相を変えて駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?」
「お、お嬢様っ! 大変ですお客様です!」
「友達がいないクリスにお客様? それも連絡なしで来るなんて失礼な人だな~」
一体誰だろうか。今のクリスには友達がいないし、突然訪ねてくるような人はいないはずだ。
(今までの世界線でも訊ねてくるような人はいなかったと思うけど……)
「そのお客様って……誰なの?」
クリスも心当たりがないようで、メイドに恐る恐る訊ねた。
「レッドスピネル公爵家のヴィンセント様です!」
(またアイツかーーーーーーーーーーーーーーっ!)
ボクはすぐさま客室へ向かおうとして、クリスに即掴まったのだった。
第25話 エチュード




