第24話
図書館を出た後、いつも通りに分身──ボクはセレスチアル家へ向かう。いつもの屋根部屋でクリスは待っていた。抱えていた二号は手直しされているが、洗濯された名残りで毛羽立ってしまっている。
「ごきげんよう、ジェット」
深紫の瞳を優しく細める彼女を見て、ボクはほっと息をついた。
「やあ、クリス。今日は何して遊ぼうか?」
元気が有り余っているウォルターとセピアとは違い、クリスは穏やかな遊びが好きだ。遊びたいものを考えているクリスを穏やかに見守っていると、下の階から声が聞こえてきた。
「お嬢様ー! どちらにいますかー?」
「あら、何かしら?」
「行ってみようか」
二人で下の階へ行くと、メイドは彼女の父親が呼んでいることを伝えた。
いつもは城で勤務をしているのに、この時間にいるなんて何かあったのだろうか。
彼女の父親の部屋に向かう彼女の背中を追い、ボクは首を傾げた。
「珍しいね、今日はクリスパパがいるんだ?」
「ええ、今日はお休みなの……」
「なんで呼ばれたんだろうねぇ?」
だいたい、予想は出来る。多分、ヴィンセントのことだろう。
あのお茶会の後、彼女はちゃんとクリスの父とクリスの兄に報告をしていた。そうしなくても、クリスの父とヴィンセントの父親は親友同士だから情報は共有しているだろう。
二人の仲の良さを知らない彼女は、自分の父と兄が城で肩身の狭い思いをしていないか不安のようだ。
彼女から小さなため息が聞こえた。
まあ、彼女がどんなにやらかしたところで、ヴィンセントの父親は「お前の子どもだからしょうがない」と許してくれるだろう。なんせクリスの父とクリスの兄は紳士の皮をかぶった変態だし、あの二人に手を焼いているヴィンセントの父親は見た目に寄らず心が広い男である。
クリスの父親の部屋につくと、彼女はノックをして中に入った。
「お父様、失礼します」
「ああ、クリス。そこに座りなさい」
私は父の向かい側に座ると、彼女の父は少し困った顔で私を見ていた。
「えーっと、クリス。この間のお茶会の件なんだけど……本当に、ヴィンセント・レッドスピネルって子と喧嘩をしたのかい?」
やはりお茶会の時の話か。隣にいるクリスを見やれば、彼女は緊張の面持ちで頷いた。
「悪口をたくさん言って、相手に恥をかかせてしまいました……お父様やお兄様にもご迷惑を……」
「あ、それは全然いいんだ。私やクォーツだって気にしてないさ。まあ、ローゼに私とクォーツがいう淑女のせいでストレスが溜まっていたんだって怒られたけどね。それ以外は何も問題ないさ」
(クリスママも心配になるよね。クリスはお人形さんが完璧な淑女だって思っていたし。でも、今の彼女はちょっと違うみたいだけどね)
それよりも、今はヴィンセントだ。あのチビ助はボクの淑女にとんでもない暴言を吐いていったのである。あのチビ助が本当は素直な感情を言えない子どもであることを差し引いても、ボクは許せない。
ソファの上で足をぶらぶらさせながら、ボクは頬を膨らませる。
「クリスパパ! 別にクリスは悪くないんだよ! アイツが悪いせいで」
(いや、八割は貴方のせいよ、ジェット)
「えぇ~っ!」
クリス、ボクは君のためを思って心を鬼にしたというのに。本当ならもっと言ってやりたいくらいだよ。
クリスの父に目をやると彼は困ったように声を唸らせていた。
え? もしかして、ヴィンセントと喧嘩したのがまずかった? そんなことないよね?
「ねぇ、クリス。本当に喧嘩したのかい?」
(ん? どういうこと?)
彼の言葉にボクは首を傾げる。それはクリスも同じらしく、きょとんとした顔でボクを見ている。
「喧嘩したよね? アイツ、捨て台詞吐いていったし」
確認ついでにそう言うと、クリスは父親の言葉に頷いた。
「はい、喧嘩をしました」
やっぱりボクの認識は間違ってない。でも、クリスの父は困った顔をしてさらに項垂れてしまった。自分の父親の困り顔にクリスは少し動揺しているようだ。
(いや、クリスパパ。なんでそんなに悩んでるの?)
彼の心の色を覗いてみると、動揺と困惑の色を浮かべている。
むしろ、困惑しているのはボクらの方なんだけど?
「えーっと……クリス。実はね……君に婚約の申し込みがあるんだよ。相手は古くからの友人の子でね」
(は?)
婚約。嫌な予感がボクの頭の中を過った。
(いや、まさか。嘘だよね?)
クリスの父が言いづらそうに口を開いた。
「ヴィンセント・レッドスピネルって子……なんだよね」
それを聞いた瞬間、ボクは何故か笑顔が止まらなくなってしまった。
「ボク、ヴィンセントの家に行ってくる~」
毎日三食おやつ付きでピーマンが食卓に並ぶ呪いをかけてやる。
そう思ってボクは立ち上がったけど、クリスに掴まってしまい、残念ながらヴィンセントへの嫌がらせはできなかった。
第24話 嫌な予感




