第36詩・アキレス皇帝と"774回目"
走り込み最終日に現れた男はあろうことか、アキレス・A・アエテルヌスであり、天草時人の父親だと名乗り出た。
それは仮面をつけており、全身を装甲した所謂板金鎧に限りなく近い姿である。
スマートな形をした黒い航空機はアキレスと名乗る男が操縦席に座らずとも低下し、地面から10cmほどの隙間をあけて止まった。男はそこから背中のマントを翻して飛び降りる。
(なんか……日曜日の朝に出てくるヒーローみたいでカ、カッコいい~!!)
時人がドキドキしている一方、レヴィは警戒心をとけずにいた。
「な、な……! アキレス皇帝がこんなところにいるわけないでしょう! そんな黒い仮面つけて、どう考えたって怪しいわよ!」
「おん? 俺がここに来ることは国王に伝えたが……お前らは知らないのか」
そう言って男が首元を二回トントン、と指で押すと仮面は外れ素顔を見せた。その顔は正真正銘、レヴィも知るアキレスの顔だ。
「ほ、ほほほほ本物ーー!?!?」
「おうとも、本物だ。嬢ちゃんは……あー、見覚えはあるのだが。こうして言葉を交わすのは初めてか?」
「は、は、は、ぃ……あの、その……」
レヴィは完全に腰が引けていた。
それもそのはずだ、本物の皇帝を疑い敵意を剥き出しにしていたのだから無礼だと捉えられてもおかしくはない。けれどアキレスはまるで全然気にしない態度でレヴィ達の前に立つ。
「女子どもであろうがドラゴンはドラゴンだな。我がイカロスを前にして尚立ち向かうとは」
「……怒ってませんか?」
「寧ろ、何故怒る? アマクサ・トキトを護ろうとしたのだろう? ならば寧ろ賞賛を期待するべきだ、胸を張っていいぞ」
「!! ……あ、ありがとうございます……あ、あの、ト、トキト! トラキア大帝国のアキレス皇帝よ、この前話したと思うんだけど、竜王にいつも花をプレゼントしてくださってる御方なのよっ」
「あ、あの。お初にお目にかかります、自分、あま……存じてらっしゃると思いますが、天草時人と……っ!?」
言葉の途中でアキレスから突然肩を叩かれる。
「ハハハ、堅い堅いッ! 親子なんだ、タメでも俺は一向に構わないからな!」
「えぇ!? ……その、親子、と申されますと……?」
「うん? お前は竜王の子だろう?」
「……はい」
「で、俺は竜王の夫だ」
「……はい?」
「嫁の子は夫の子。要するに竜王の子であるお前は俺の子であるということだ! わかるよな?」
「アキレス皇帝は母さんと結婚しているんですか?」
「ガハッ!?!?」
時人の言葉にアキレスは突然後ろに倒れこんだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐっ……流石は神の墜とし子、いや、竜王の子というべきか……我がアイギスを貫通して攻撃を食らわすとは、中々やるな……」
(な、なんだこの人……)
「今の言葉は、痛かった……二重の意味で胸が苦しい……か、かあ、さん、か……なるほど……なるほど……ふふ、そうか……ははは」
(本当になんなんだろうこの人……)
困惑する時人の横からこっそりと、あのね、とレヴィが声をかけてきた。
「アキレス皇帝は竜王に何度もプロポーズして何度もフラれてるの。だから結婚はしてないんだけど、本人は諦めてなくていずれ結婚するからって結婚してるように振る舞ってるそうよ?」
(そ、そうなのか……)
「──ふぅ、よし、落ち着いた。で、つい声をかけたが、アマクサ・トキトは随分と汗だくだな。ここから街までまだ距離があるだろう、送ってやろうか?」
「え!? ああいえ、ありがたいんですけど、その、体力作りのために走っているので……」
「体力作り? 随分と原始的な方法ではないか。わざわざ街から離れたところで走る必要性はなんだ? 家の周りでも出来るだろうに。森の近くにいると危ないぞ」
「森の近くに、というか、森の中を走ってきたんですよ。だいたい歩いて片道6時間半くらいの道をですね……」
「……んん?? なぜまたそんな距離をわざわざ……森の中まで??」
「いや、あのぉ……」
「──森の中の方が周りをよく注意して動く意識が身に付くと思いまして」
そう言ったのはレヴィでも時人でもなく、アキレスの乗ってきた航空機の背後から現れたザッハークだった。
「随分と、原始的な方法でしたか。私自身原初であるが故に当然ではありましょう、ええ、最先端を行く貴方様でしたらもっと効率の良い方法があったのでしょうね。素晴らしい事です、帰っていただいて宜しいですよ」
(……母さんが敬語だ……)
「あ、あぁ~竜王~! いやあ久々だなあ、夕陽に当たるお前も美しい。あ~…………もしかしなくても怒っているか?」
「いえ、別に。お帰り頂ければそれで」
「いや……すまないな。批難したつもりはないのだが。妃を不快にさせるとは俺もまだまだといったところか」
「妃ではありませんし、謝罪も結構です」
「ハハハ、照れ隠しか? そんなところも愛らしい。そうだ、俺は勿論今日も花を用意してきたぞ。珍しい花だ」
そういってアキレスは航空機にもう一度乗り、操縦席から頑丈な箱と適切な設備で保管していた1輪の美しい赤い花を取り出した。アキレスは航空機から降り、膝をついて堂々と花をザッハークに差し出す。
「竜王よ。我が告白はこれで774回目だ」
(774回目!?!?)
「今日こそ女として生き、トラキア大帝国にて我が妃になってくれ……!」
「お断りします」
(あああ、何も響いてない……! 774回目のプロポーズなのに母さんの何にも響いてない……! ……って、あれ?)
ザッハークは自然と手を前に出した。
「気持ちは受け取れませんが、花は受け取りましょう」
「……!! ああ! お前の為に見つけたんだ、是非受け取ってくれ」
アキレスは立ち上がり、ぎゅっとザッハークの手を握りながら花を渡した。
「これはまだ貰ったことのない花ですね。椿によく似ている」
「わかるか? これは椿の仲間であるミドルミスト・レッドという希少な花だ。咲いている場所は限られ今や世に数本しかないとも言われている。美しいだろう、ああ、お前の方が美しいよ」
「最後の言葉は意味不明ですが、そうですね、綺麗な花です。ありがとうございます。では、さようなら」
「いっ、いやいやいや待ってくれ。俺はまだ気になることがあってな。それと、アマクサ・トキトとも喋りたいのでもう暫く滞在する予定だ」
「……国王に許可は?」
「当然、取ってあるとも」
「…………そうでしたか。気になることというと、どんな?」
「……まあ、地下都市化計画の進み具合とか、色々な。暇さえあれば魔獣退治も手伝うぞ?」
「……いえ、貴方は他国の皇帝ですから、緊急事態でもない限りは闘わないでください。……気になることといえば、私からも」
そう言ってザッハークは航空機に目をやった。
「新しい魔法道具ですか、これは。高速接近する高濃度の魔力反応があると思ったらもうここまで来ていたので驚きましたよ」
「おう、これは俺のアイギスやゼウスを活用したイカロスという、俺専用の航空機……もとい戦闘機だ。動こうと思えば雷とほぼ同等の速さで動ける。その代わり、魔力消費は激しいがな」
アキレスの言葉にザッハークよりも先に時人とレヴィが大きく反応した。
「か、雷とほぼ同じ速さ!?」
「中にいたら死んじゃうんじゃないの!? 人間が耐えられるものじゃないんじゃ……!?」
「ああ、ま、普通にのったら軽く死ねるな」
「軽く死ねるって……皇帝はこれに乗ってきましたよね? どうして大丈夫なんですか?」
「見てわからないか。これだこれ、耐Gスーツ。普通の防具としても使える代物で、俺がアイギスと命名した魔法道具だ。これのお陰で重力や攻撃から身を護れているわけだ」
そう言ってアキレスは自身のスーツについた腰のベルトに触れる。
ザッハークは多少納得のいかない表情のまま、ふむ、と言った。
「……トラキア大帝国は新たな段階に入っていると聞いていますが、コレのことでしょうか?」
「いいや? ああ、いや、イカロスが全くの無関係というわけじゃない。アイギス同様調整・更新中ではあるが……会議で伝えたのは別件だ。どちらも詳細は言えないがな」
「ですか……構いませんよ。貴方のすることであれば、それなりの信頼がありますから」
「そいつは有り難い。それはそうと俺も今さっき気になることが出来たんだが……なんで片道6時間もする道をアマクサ・トキトに走らせているんだ? 体力作りとは聞いたが、さすがに無茶が過ぎると思う……」
その言葉に時人は安堵した様子を見せた。
(この人……変な人にも思えたけどそういう感覚が普通だ!)
「……急ではありますが二週間でそれなりに強くしないといけない理由が出来まして、今からだと一週間後ですが……」
ザッハークの言葉に、時人は、今度は胃を痛そうにする。
(そっか、もうあと一週間か……怖いなあ……)
「二週間で。そいつはまた……理由を聞いてもいいか?」
「貴方の時間を省くほどのものではないですが……」
構わない。とアキレスは答え、ザッハークはざっくりと経緯を説明した。
「…………なるほど、なあ。いや、納得していいものかどうか……アンリも色々と苦労しているのだな。走り込みのあとは剣術か? 組手もするだろう、相手は誰がする?」
「私です」
「そ……そうか…………そうか…………走り込みといい、中々ハードな……地獄のような鍛練だなアマクサ・トキトよ……」
アキレスの言葉に時人は、うぅ、と嫌そうな声を出した。
「い、言わないでください、気持ちまで辛くなるので……」
「それはすまん」
「……」
それで、とザッハークは話を切り替える。
「暫く滞在予定ということですが、これから国王の元へ向かうのですか?」
「そうだな。こっちの用が済んだ後は、またお前とアマクサ・トキトの元へ伺ってもいいか?」
「…………お好きにどうぞ」
「……おう。感謝する、こうしてお前の顔を日を空けずに見えるのだから、俺の心も満たされるというもの」
恥ずかしげもなくそう発言するアキレスに、聞いていた時人とレヴィの頬が赤く染まる。
その様子を気にもとめず、アキレスは首元を二回指でトントン、と押して再び仮面をつけた状態に。そしてイカロスと呼ばれる航空機に乗り込むと、時人と目を見合わせた。
「また会おう、未来の我が子よ。次会ったときは俺自らが組手相手になってやらんでもないぞ!」
(…………え!?)
アキレスは時人の反応を待たずに航空機の操縦席の扉は閉じ、あっという間に飛んでいってしまった。
「…………なんか、凄い事を言われた気がする……」
時人の言葉にザッハークが答える。
「事実、凄いことだ。ただ皇帝に相手されるだけでも凄いことだが……アキレス皇帝は竜相手に鍛えており、人間の中でもかなりの強者だ。私がいうのだから違いない。スーツ無しでもオマエが相手をするデケムの格上だろう」
「……凄い高評価ですね、母さん……」
「事実だ、事実を口にしているだけだ。贔屓目ではないぞ」
「……ふふ」
ザッハークと時人の会話に、レヴィが嬉そうに微笑んだ。
「なんだ、レヴィ」
「あ、ええと、そのね。竜王、すっかりトキトと親子になったんだなあって嬉しくて」
「……」
「ご、ごめんなさい。気を悪くさせてしまったかしら……」
「いや……そんなことはない。気にするな。……時人、今日はマラク達の相手はいい。明日から実践の修行だからな、今日は抜刀を教えてやろう」
「えっ、はい! ……ばっとう……」
「剣の抜き方だ。オマエの剣は直剣で長さは腕とほぼ同じ、至って扱いやすい。(オマケに選定の剣ときた)戦闘時の抜刀のコツを掴めば後はもう楽だろう」
(……ああこれ、全然楽じゃないやつだ……)
「わかりました。よろしくお願いします」
ザッハークに軽く頭を下げ、腰にかけた剣の鞘に触れる。
(この不思議な剣で、初めての鍛練……)
気持ちが昂る。
アンリの部屋で得た魔法道具。
フルカスという精霊に引き寄せられ何故かソロモン王と間違えられたその日、ブリタンニアの国王でさえ引き抜くことができなかったといわれる剣に選ばれた濃い一日を思い返す。当然ながら自然と、共にその一日を過ごしたエタの姿を思い出すと時人は鞘を強く握った。
「……鍛練、頑張るぞ」
"オレを選んだのは杖じゃなくてこのよくわかんねー布だ。使い方は知らねぇ"
──オレを選んだって……この……ネックウォーマーみたいなのがか?
"ネックウォーマー?"
──うん、首回り暖めるやつ
"……これ首に装備すんのか"
──腹巻きの可能性はなくもないけどなっ
"それならぜってぇ使わねぇ"
再び友とああして話す日を取り戻す為に。




