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ULTOR‐ウルトル‐  作者: ばくだんハラミ
アメリトリア王国編
37/47

第34詩・透明な熾天使

 

「はあ……あぅぅ、待ってよぉ~、ボク走るのきらいなのにぃ」


「じゃあっ……っ、ついて、くんなよ……!」


「あ、キミも息切れしてん、じゃん! 休憩きゅうけーい!」


 休憩したいのは山々だった。

 しかしペースが落ちたり上がったりの時人に対してベリアルは常に5mほどの距離を保って後ろを走っている。つまりベリアルは口ではああいってるもののバテておらず足も時人より速そうだと時人自身が感じた。


 広場を壊し、レヴィを殺そうとした男。例え命の恩人であろうと、2日も見守り手を出してこなかったとしても弱々しい姿を見せるのには躊躇いがあった。


 早く離れたい一心で走るペースを上げたそのとき、ベリアルが大きく声をかけてきた。


「あっ! ゆっくりゆっくりー! 足元注意ぃ~!」


「は!? ……うわっ!?」


 ベリアルの注意を聞かなかった時人の足は思い切り太い木の根につっかかり、盛大に転ぶ。ベリアルはすぐさま駆け寄り、時人に手を伸ばす。


「大丈夫ぅ? 天草時人くんバテバテでしょお、全然足あげられてないのにこんな道ではやく走るのは危険だよ」


「……な、なんだよ。わかったように……一人で立てるよ」


「このまま休憩しちゃおうか。今のまま走ってもまた転ぶだけだもん」


 ベリアルはそういって時人の鞄を掴む。時人はベリアルの手を払い、勢いよく立ち上がった。


「勝手なことするなよ!」


「天草時人くん……」


「……なんだよその顔、オレが悪いみたいだろ!?」


「キミが悪いよ。ボクは心配してるだけなのになあ」


「お前に心配されても……」


「へぇ~え、天草時人くんそういうこといっちゃう子なんだあ」


「…………」


 長い沈黙の後、時人は深いため息を吐いた。


「……わかったよ、休憩する」


「うんうん。人間は脆いからね、適度な休息が必要さ」


「…………質問いいか、ベリアル」


「えー! さっきたくさん質問してなかった? てかてかボクの質問答えてもらってないんだけど~!」


 そう言われ走り出したときのことを思い出す。そういえば毎日走っている理由を気かれて逃げるように走り出したのだと。


「……実は……」


 時人はいちから、十二臣将の一人であるデケムとの対決があることを含めて話した。


「ありえなーい。大人の事情に子ども巻き込むとか。というかあ、いくら体力作りが必須だからって距離ありえなくない? せめて街の外周とかにすればいいのに」


「それは…………確かに。まあその辺は……で、オレの質問だけど……色々、あるんだけど」


「うん?」


「ベリアルって前に来たときは上から降りて来ただろ? 今のベリアルは人間になりきってるからバレないのはわかるが、その降りてきてる最中は人間になりきれないんじゃないか?」


「んー。今回ボクは上から降りてきてないよ。いや、降りてはいるかな」


「……どういうことなんだ?」


「実はねぇ、ボクは天界からまず魔界に行ったんだよぉ。で、その魔界にはこの森に繋がったゲートがあるから、それで渡ってきたってわけ。ゲートをくぐるときに人間になっちゃえばバレないんだあ」


「ゲート、って……」


 妙な表情をする時人に、ああ、とベリアルは目を丸くした。


「知らないんだねぇ。ええっと、人間は何て呼んでるんだろう。次元の穴? 黒いモヤモヤ?」


「……もしかして、不可侵領域のことか? 魔獣がたくさん出てくるっていうあれ」


「ああ~! そうそう。不可侵領域ねぇ。魔界にも同じ名前の場所があったなあ……あ、ゲートの向こう側はだいたい魔界だよ」


「魔界以外もあるの?」


「うん。ドラゴンがきたゲートの先は違うね。詳しくはないけど彼らのほとんどはいろんな世界から追放されたからさ。他だと別の惑星とか別の宇宙とか、過去や未来と繋がってるゲートもあるんじゃない? まだそこまでじゃないかもだけど」


「なんか……壮大だな」


「わかるぅ~、今の地球詰め込みすぎだよねぇ。あ、水汲もうか? それ見るからに重いでしょ」


「あー……いや、自分で汲むよ」


「そお? ま、それで鍛えられるかもね」


「…………」


 時人は木の根に腰を下ろし、2口ほど水を飲む。ベリアルは時人の左横にそっと座った。


「……ベリアル、近いよ」


「ん? ドキドキしちゃう?」


「なに考えてるのかわからないドキドキはあるな……」


「なにそれえ。脳内とろけたりしない? しないか。今のボクただの美人さんだもんね」


「…………ベリアルって"白い"よな。天使はみんなそうなのか?」


「……………………んーん、ボクほど"透明"な子はいないよ。産まれた時はみんなだいたい同じ色だけど、自我が出来ちゃうとみんな個性的になっちゃうんだ」


「……それって、良いこと……だよな?」


「どうかな。神様は嫌だったんじゃない? 自我が出来ると自立しちゃうから」


 ベリアルは立ち上がり、わざわざ時人の右隣に座りなおした。


「ボクらはね、自我が産まれて、個性を大事にして、野心が芽生えて、自立をして、恋をして、生きることに転んで、だから悪魔にされて、地獄に堕ちたんだよ」


「…………」


「でもボクらのほとんどが地獄で大人しく罰を受けることはなかった。神に報復する為、自分が自分である為に、人間に利用されてでも地上に出て、戦争をして、戦争をして、戦争をしまくって、力を集めて、今度は戦争無きサタンの秩序の下で力を蓄えて、ようやくここまできたんだ」

「ここまで来た。けど、ボクは楽しければ良いから。神様への報復に興味ないんだ」


「…………なあ、神への報復なのに、どうして人間が巻き込まれるんだ? お前達は天使になれたんだから、もう報復は終わったんじゃないのかよ?」


「……神様への直接的な攻撃はボクらには無理だよ。前の戦争で身に染みるほど理解している。だからルシファーは……神様が最も愛し、長年大切にし続けた人類を壊すんだ。それが最も効果的で、神様が悲しむから」


「な、なんだそれ……とばっちりじゃないか……」


「ルシファーも愛されてたから、突き放されて悲しいんだ。神様や炎から産まれた自分達は見放されたのに、土から産まれた人間はどうして愛され続けているんだって嫉妬してやがんの」

「人類より天使のが凄いのに、天使は人類に従わなければならないというのも嫌なんだろうね」


「…………神様は、今どうしてるんだ?」


「楽園に引きこもってるよ。信者がたくさん死んで、仲間に裏切られたり、まあ、色々と弱ってるんだろうね。今は新しい神様が、楽園にいる神様の権能を奪っている最中さ」


 その言葉に時人は驚愕のあまり立ち上がった。


「あ、新しい神様!? それって──」


「あれ知らないの? キミは視たんじゃなかった? ほら、君が目覚めた日にさ。天界にいる新しい神様と目があったりしなかった?」


「目が…………あっ」


 思い出す。

 宗教徒のような大人達に囲まれ、煽られて空を見上げたとき、目の力で確かに誰かを視た。


「…………」


「思い出した? その人が新しい神様。今は動けずにいるけどねぇ」


「……そう、なのか。顔は覚えてないけど……」


 なあベリアル、と時人は再び問いを投げる。


「神様の報復に興味ないならオレ達の味方になってくれないか? ……色々あったけど、ベリアルが味方なら心強いよ。ドラゴンだって戦争の後に仲間になってるんだし、ベリアルだって受け入れられると──」


「ふふ」


 言葉の途中でベリアルは笑い出す。何がおかしいのか聞くとベリアルは笑いを止めた。


「天草時人くんってほ~んと、そういうこと言っちゃう子なんだね」


「?」


「少年はどうして、ボクが家族を裏切って家族と殺し合うことを良しとするのかな」


「……………………っ!!!」


「ボク、人間が好きだよぉ。楽しくて気持ちいいことが好きだからさ、地球にも思い入れあるし、無くなってほしくない。だから戦争そのものに参加する気は最初から無いんだあ。誰が死のうと、誰が誰を殺そうと、知ったこっちゃないから止める気もないけどね」


「……ベリアル…………なんか、ゴメン……」


「ふふ、しんみりしちゃった? 天草時人くんまだまだ走るんでしょ、気持ちくらい元気出した方がいいよ。恋ばなでもする?」


「い、いいよ。だいたいベリアル、恋ばな出来るのか?」


「出来る出来る! ボクこれでも恋多き……いや、愛多き? まー人間社会の学生経験は豊富だから、性的な話とかバッチリだよ! ボクがビックリしたのはね、修学旅行先で男子達が突然セイコ──」


「いいいいいい! いーい、やっぱりしない! オレもう走り再開するよ。ベリアルはこれからどうするんだ?」


「ん~、今日はキミの走りに付き合っちゃおうかなあ。ドラゴンやボクがいないと危なっかしいもんねぇ。終わったらボク、ヒスパニアに向かってみるよぉ。そこのドラゴンにそれとなくルシファーの噂流して計画のジャマしてやるんだあ」


「……そ、そっか」

(それは良いことかもな……)

「まあ、付き添いはありがとう。先に礼いっとく……その、さっきはほんと、ごめんな」


「あっはは、熾天使に感謝と謝罪なんて、なんか面白いね。どーもどーも、いえいえ~」


「適当だなあ……まあ、いいけどさ……ベリアルのこと知れたから、ちょっと警戒心もなくなったよ。レヴィにしたことは許さないけど、オレも酷いこと言ったし、助けられて……色々と聞かせてもらったしさ」


「…………レヴィのこと好きなの?」


「え!? いや、なんで急にそういう話になるんだよ!」


「へぇ、好きなんだ?」


「ち、ちがっ…………あーーもう、恋ばなとか無しだからな! 走るぞ!」


「あわわ、待って待ってよぉ。ボクゆっくり歩きたいよー!」


「じゃあヒトリで歩いてろー!」


 森の中にふたりの声が響く。


 時人の背中をおいかけながらベリアルはふと考えた。


(……いつかきっと、天草時人の身体は殺され、精神は真の悪意に支配される……その時ボクはどうしているだろうか。あの御方によく似た少年を、ボクは……)


 ベリアルはずっと考えている。地球に来て三日目、時人の姿を見て深々と。

 もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかと何度も思った。

 しかし、ベリアルには今この瞬間を楽しむ性がある。時人がベリアルと話をする、傍にいるただそれだけで時人は知らない間に死を回避していた。


 数時間後、日が暮れる頃。走り込みに終わりが見えてきたそのとき、ベリアルは子熊の皮を捨て、足を止めた。時人が振り返り、息を整えてからベリアルの名を呼ぶ。

 ベリアルは優しく微笑んだ。


「……今日はここでお別れしよう、天草時人くん。ボクに会ったことは、世界のためにどうか内緒でね」


「あ、ああ……わかった。ルシファーのこともあるもんな。今日は……その、ありがとう」


「ふふ、礼は先に言ったんじゃなかった?」


「そ、そうだっけ……そうだったかも。でも、何度言ってもいいだろ」


「そうかもね。ねぇ、天草時人くん」


 ベリアルは時人に近付き、耳の傍でそっと囁いた。


「これから伝えることを、よーく覚えておいて。……この世界がもし、終末を迎えるような状況になったとしても、キミは絶望しなくていい。頑張らなくても良い。この世界には、この世界に相応しい英雄がいる。そして──」


 ベリアルは時人の肩を押した。


「その英雄はキミじゃないんだよ。それをどうか、忘れずにね」


「……ベリアル……」


 時人はそれ以上何も聞けないまま、ベリアルの背中を見送った。まだ視界のなかに映っているはずなのに、それはまるでいないようで。時人はふと、"白"じゃないなと感じた。


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