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ULTOR‐ウルトル‐  作者: ばくだんハラミ
アメリトリア王国編
36/47

第33詩・子熊の視線

 

 アンリとフェリ・フラーテルが条件付きの約束を交わした後の3日間。時人はレヴィと共に走り続けた。

 足の疲労は自然と回復してくれるものの、精神的疲労は残り、回復による激痛もある。走っても走っても片道すら終わりが見えない距離を、汗だくで、転んで泥だらけになったり、時には嘔吐するなど散々だった。


 走り終わる頃には日は既に暮れているというのに、マラクとオルフェは元気いっぱいに時人に飛び付き、夜の街を駆け回る。

 毎日があまりにも苦しすぎて体力がついているのかどうかもわからない。何もかもが終わると時人はなんだか頭がおかしくなったように笑いをこぼし、死体のように眠った。


 4日目。

 時人はレヴィが共に来ることを断った。


「流石に道は覚えたから、今日はちょっと一人で走らせて欲しいんだ」


「そお? まあ一人のほうが集中して走りやすいものね。あ、ちゃんと休憩は小まめにとらなきゃダメよ? 重いかもしれないけど水筒とサンドウィッチ用意するから、ちゃんと持ってって」


「ああ、うん、ありがとうレヴィ」


 レヴィからやたら重い水筒と包みを受け取り、鞄を背負うと、時人は元気いっぱいに森の中へと走り出した。レヴィは手を振って見送ると、最後に少し眉を下げた。


「トキト、一人で大丈夫かしら……」


 ──なぜ、今日は一人で走るのか。理由は2つある。

 1つはレヴィがこちらを心配しすぎる事。限界そうならすぐに休憩をさせられ中々距離が縮まらない事がある。その上、水分補給の際、レヴィが水を飲ませてくれるのだが量がかなりある。先ほど受け取った水筒も重かった為、かなり量が入っているだろう。

 飲み過ぎては身体が重くなり、お手洗いにも行きたくなってしまうため、逆に走れないのだ。けれど、たくさん飲ませるのは心配してのことだと時人も理解している。


(気持ちはすっげぇ嬉しいんけど、走りきる気持ちでやらなきゃ体力がいつまでたってもつきそうにないしな……)


 もう1つの理由は、視線だ。

 ザッハークと共に来た時に見た"子熊"の視線であることを察していた。こちらを襲う気は無さそうだが、今までのレヴィを見る限り、共にいて動物に絡むとそちらに時間を取られそうだと時人は考えた。

 一人で行動した時、いつも以上に近付いてきたなら帰ったときにレヴィ達に報告するつもりだ。


 森の中に入り一時間が経とうとしていたそのとき、時人は鞄をおろし水筒に手を伸ばした。


「ひぃー……ふぅ……やっぱこれ、めちゃくちゃ重いな……ん……」


 ごくごくと2口飲み、すぐにおろす。

 飲み過ぎてはレヴィを置いてきた意味がないのだ。


「ふへ…………お? なんだこの音……なにかいるのかな? 子熊か?」


 ガサガサと周りから音が聞こえてきた。しかしどこから聞こえてくるのか確かな事はわからない。草も何かによって動いてる様子はなく、不思議な音に時人は唾をのんだ。


「……な、なんだよ……」


 これ以上ここにいるのはよくないと感じ、走り出す。足を踏み出したその時、ぐしゃり、と何かを潰した感覚がした。


 恐る恐る踏み出した足を上げる。

 そこにあったのは──


「うぇ…………なんだこれ……でっかい蜘蛛、か……?」


 時人の頭ほどあるサイズの、八本足の何かだった虫に見えた。靴の裏と虫のような何かが白い糸と赤い血のようなものが繋がり、垂れ流れる。


「……殺しちゃった感じかな、ごめ──」


 ぐしゃり。

 また同じ感覚。


 驚愕し数歩後ろに下がる。


 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。


「わ、わ、わ、わ!? なん……」


 同じだ。同じ虫のようなものを足を踏み出した数だけ潰れて死んでいる。


「なん、だ……?」


 地面に注意して周りを見渡した。次の瞬間、頭上から糸を引いた大きな蜘蛛が降りてくる。


「え──…………うっ!?」


 ただの蜘蛛ではない。

 まるで人間のような目や口がランダムにくっついた化け物、魔獣だ。ガサガサという音と共に蜘蛛のような魔獣は地面を歩く、レヴィと共に来た時には一度も見なかった生き物。

 時人は驚愕のあまり、尻餅をついてしまう。


 そして当然のように、虫の潰れる音。否、魔獣の潰れる音。

 魔獣達は時人の周りをただただガサガサと動く。攻撃の気配はない、ただそこにいるのみ。時人にとってはそれだけでも勘弁して欲しいものだ。


(…………これじゃ進めない……いや、潰しながら進める、のか? う、うぅ、ケツが濡れた……気持ち悪いな……潰しちゃったのはオレだけど…………どうしよ……)


 時人は体育座りで周りの様子を伺った。本当なら今すぐ走って逃げ出したい。けれど潰れたときの音と濡れた感覚がそれを躊躇させる。しかも魔獣の正体を見てしまった、あの大量の目を見てしまうと動く気にもなれない。なるべく刺激せず、事が済むのを待つ。


(……今何時かな……)


 数分経っても魔獣達は変わらずそこにいた。


(こんなことになるなら、レヴィについてきてもらえば良かったな……こいつら絶対、人間一人だから姿を見せてるだろ……)


 レヴィなら一瞬にして殲滅できそうだ、なんて考える。その瞬間、魔獣が宙を浮かび、一斉に、何かから逃げるように去っていった。


「え……まさかレヴィ──」

(来てくれたのか!?)

「……………………って、え?」


 振り返った先に居たのは子熊だ。

 ザッハークやレヴィと共に見たあのときの子熊。いつもこちらの様子を伺っていた子熊。その子熊はゆっくりと時人に近付き、愛らしいく頭を擦り付けてきた。


「…………助けてくれたのか? ありがとう。なんだよお前、良い奴だな。親とははぐれたの?」


『子熊に話し掛けてもしょーがなくない?』


「えっ……」


 その声が聞こえてきたのは子熊から。

 子熊は柔らかな光を放つ──否、中から白いヒトが出てきた。それは見覚えのある、トラウマともいえる彼──ベリアルだ。


「久しぶりだね、少年。ボクのことちゃんと覚えてる?」


「ぅ、ベリアル──!!」


 起き上がろうとしたその時、ベリアルはがっしりと時人の腕を掴みそれを阻止した。ベリアルの美しい顔が鼻先に触れそうなほど近付いてくる。


「覚えてるの、嬉しい」


 そう言って優しく微笑むベリアルに、薄いピンクが宿る。そのせいか、時人の頬もほんのりとピンクで染まった。色が白に戻ると、身を引いてベリアルが先に立ち上がる。


 ベリアルは以前会った時の姿とは大きく異なっていた。熊の皮を被り、茶色いフード付きのローブを着ていた。光輝いていた輪と翼は無く、パッと見ると白いだけの人間に見える。


「ぴりついた感じないでしょ? ちゃんと人間になりきってるからね、これなら竜王にもバレないよ」


 時人は立ち上がりながら、敵意をむき出しに話しかけた。


「…………オレに会ったら意味ないんじゃないか? それともまさか、ここでオレを殺すつもり……」


「あはは、まさか! 少年を殺すとかボク興味ないしぃ、それに少年はチクらないでしょう?」


「は? なんで……どういう意味だよ? オレが竜王とレヴィに言わない理由がないだろ!」


 ニヤケ面でベリアルは時人にまた顔を近付ける。


「魔獣から助けたよ? それに綺麗にもした、少年はその恩を仇で売るような子なの?」


「そ、それは……てか、綺麗にって…………あ、あれ?」


 気が付くと潰れた魔獣の姿は無く、身体についた糸や血も完璧になくなっていた。濡れたパンツも乾いている。


「……………………さてはあの魔獣、ベリアルがオレのとこに寄越したんじゃないのか?」


「違うけど。そんなことするメリット無いしぃ、あの魔獣キモくて無理だしぃ、魔獣を操るほどの魔力は流石に竜王に気付かれちゃうからさあ。あ、ここはドラゴンの住み処の近くだから多少力を使っても誤魔化せるんだよっ☆」


「…………じゃあ、尚更なんで? オレを放っておかなかった理由ってなんだ? なんでお前がここにいるんだ? お前なんだよその格好は!? まさか5日前からお前は」


「ちょっとちょっとちょっと、質問が多い~!」


 ベリアルは両手を前にだし、時人に質問を止めさせた。

 子熊の頭の位置を調整し、ひと息つくと、ベリアルは問いに答えた。


「ここに来たのは4日前。天界に居たんだけどさあ……」




 遡ること4日前。

 ダビデが自室にこもっているため、ベリアルは天界でいつも以上に他天使にちょっかいを出して遊び回って居た。

 特にちょっかいを出されていたアシエルはついにキレ、ベリアルを追いかける。

 ベリアルはアシエルを見ながら余裕そうに逃げていた。


「びゅんびゅ~ん! あっははは、アシエルおそーい!」


「貴様ァーー!! 止まれ、今日という今日は断じて赦さんぞ!! クソ、逃げ足の速い……!」


「速いのは逃げ足じゃなくて翼でーす! アシエルとは性能が違うんでーす! 一枚失ってもボクのが翼多いんだよねー! あっははは!」


「っ……! ……む」


「あっれれ~? アシエル止まった? なになに、諦めちゃったのぉ~? ザーコザーコッ」


「おい」


「わっ!?」


 ドン、と飛んでいた先で男とぶつかる。そこにいたのは自身と同じ顔の褐色の男、事の元凶であるルシフェルだ。


「ル、ルシファー!?」


「ルシフェル、だ。間違えんなクソザコベリアル」


「…………ふん、()()()()()()()。天使の名前にすがるとか、そういうところダサいよなアンタ。視界から消えてくれない?」


「すがってるわけじゃねぇ、俺様は今天使なんだ、名前が天使なのは何もおかしくないだろ。つーか……」


「……!!」


 ルシフェルの背後を始め、周りから天使達がベリアルへ視線を向ける。


「視界から消えるべきなのはお前なんじゃねぇかと俺様は思うんだけど」


「…………さあ、みんないつも思ってることだろう。それでなんでアンタが神から離れてるんだ」


「俺様? 俺様はこれから人間界に行く準備があんだよ。どけどけ。俺様はアシエルに用があんだ」


「にんげんかい……は、なんで?」


「そこにいる悪魔さんの勧誘に行くんだよ、グザファンが先見つけてくれたんだが、俺様が行った方がおもしれぇと思ってな。あー、お前はついてくんなよ?」


「……ふん、行くわけないだろ。せいぜい竜王に見つかって翼三枚くらいむしられて来い」


「こえーこえー、俺様の前だとキャラかわんのきめぇ。んじゃなー」


 ルシフェルはそう言ってベリアルを置いてアシエルの元へと向かった。




「──ってことで、すっごーくムカついたからこっそり来ちゃったんだあ。悪魔のことはキョーミないけど、アイツより遊んじゃお~と思って! 降りてきたら死にかけの子熊がいたから服にしたんだあ」


 話を聞いた時人はおもいきり眉間にシワを寄せた。


「……なんか、オレ、色々と無視しちゃいけない凄い話を聞いた気がするんだけど、ルシフェルって……?」


「今アイツの話をする気分じゃないでーす。ま、少年がそんな気にすることじゃないよ。どーせ竜王がなんとかしてくれるんでしょ?」


(こいつ……竜王のこと妙に信用してないか?)


「てかてかボクのことはもういーでしょ? 少年のことを聞かせてよ。ボク、君の名前も君がどうしてここ走ってるのかも知らないんだよ? フェアじゃないじゃん!」


「あれ、名前知らないんだっけ……まあ、知らなくて良いんだけど……」


「…………少年さあ。さっきの魔獣、あのまんまにしてたらどうなってたかわかる?」


「え? ……どうなってたんだ?」


「あの魔獣は地球で産まれた新種で名前はまだないんだけど。他種族に子どもを孕ませて繁殖し続けることだけを目的とした生き物なんだよ。ボクが身に付けてる子熊ちゃんもその犠牲者なんだから。身体が全部アレになる前にボクが来たからこうして残ってるけどね」


「…………つまり?」


「少年は卵を産み付けられて死んで、駆けつけた竜王に蜘蛛にたかられた姿を見せることになってただろうね」


「……!!!」

(そ、それは……)


 ベリアルはじりじりと時人との距離を詰める。


「……で? 少年のお名前は?」


「…………天草時人」


「……日本人?」


「わかるのか?」


「わかるよ。多分天草四郎の天草に、時の人で天草時人じゃない?」


「そう、だけど……お前ってマジで何者なの?」


「熾天使だよぉ、言わなかった? それでそれで!? 天草時人くんはここでいつも走ってるけど何目的なの??」


「……話さない」


「ええ?」


「はーなーさーなーい! オレまだお前のこと許してねぇから!!」


 時人はベリアルから逃げるように、森の中を駆けていった。

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