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ULTOR‐ウルトル‐  作者: ばくだんハラミ
アメリトリア王国編
34/47

第31詩・新たな師匠と地獄の鍛錬

「助けてザッハークさ~ん!」


 騎士団基地で倒れた時人はすぐ目が覚めるも、冷静に施設を見ている余裕は無く、帰宅しザッハークの姿を見ると直ぐ様飛び付いた。ザッハークは、どうした。と冷静に言葉を返す。


「デケムさんを倒す魔法道具か力をください~!」


「デケムを? 奴に何かされたのか? 唾を吐かれたとか」


「え、そんなことする人なんですか!? ううぅ、戦いたくない……」


 頭を抱える時人にザッハークは首を傾けた。

 後ろから見ていたレヴィが代わりにこれまでの経緯を話した。事情を聞いたザッハークは更に首を傾ける。


「国王の意思とは関係なく、フェリが独断でそのような提案をするのか。少し、不思議だな」


「確かにそうよね……それで竜王。トキトに勝算ってあるのかしら。アタシ、デケムって人のことよく知らなくて……」


「勝算、か…………オマエ」


 ザッハークは時人の顎をくいっと上げ、目を見つめた。


「何をそう恐れている」


「だ、だってデケムさんってめちゃくちゃでかくて熊みたいに強いって聞いて……オレなんか戦いにすらなる気がしなくて……」


「デケムは確かに巨体だが、ドラゴンほどじゃない。しかもベリアルより弱く、レヴィにも勝てまいよ。そして私はデケムの何よりも遥かに上回っている。その血が流れているオマエが、その者達と出会ったオマエが、何もそう恐れる必要は無い」


 ザッハークは手を離す。

 男はドラゴンよりも小さく、ベリアルやレヴィよりも弱い。それに対して自身はドラゴンの王でありベリアルを圧倒したザッハークの血が流れている。

 それが勝算になりうるのか、時人にはわからないが多少の自信が胸の奥に湧いた。


「あ、あの……ザッハークさん! オレ、強くなりたいです。どうか鍛えてくれないでしょうか!!」


 そう言って時人は頭を下げる。

 忙しく、そして保護者にまでなってくれた王であるザッハークに二週間も張り付いてもらおうというお願いがおこがましいことは十分承知している。それでも、デケムといい勝負をするのであれば、誰よりも強い者から教わるのが最も良いと考えた。


 ザッハークは頭を悩ませているのか暫く沈黙し、一度瞬きをするとようやく口を開いた。


「私は人間の鍛え方も加減もよく知らない。嘔吐や骨折は免れまい、それでも良ければデケムに勝てる程度にはしてやろう」


「ほっ、ほんとですか!? やった!」

(なんかやばいこと言われた気がするけど、熊みたいな人と戦うんだ。覚悟を決めないと……)


 時人はそう考えたが、当然覚悟などすぐに決められるわけもなく、これから二週間悲鳴をあげ続けることとなる。


***


「まず、オマエに不足しているのは体力だ。午前は走り、午後はオルフェとマラクの遊び相手をしろ。今日は走るルートを案内するから明日から6日間それを繰り返せ」


「え、それに6日も使うんですか? 剣術とかは……」


「今からオマエが素振りをしてもデケムには一撃も与えられんだろう。自分より強い者と戦う事で重要なのは攻撃に当たらないことだと私は思う。まずは走り回れ」


「……なるほど……了解です……」


「これから案内するが、人間には柔軟が必要か?」


「柔軟……ああ、ストレッチですか? ……その、結構距離あります?」


「……………………良いだろう、時人。オマエはどうやら鍛えるということがわかっていないらしい。オマエが明日から何をするのが必要であるか、今から歩いて己で知れ」


 ザッハークはレヴィへ視線を向ける。


「レヴィ、時人の走る道についていってやれるか?」


「それは勿論! アタシが必要ってことは森の中へ行くのよね? 任せて、魔獣が出ても時人を護るわ!」


 レヴィの言葉に時人の眉がピクリと動く。


「…………森の中?」


***


 ザッハークに着いていき、辿り着いたのはドラゴンの街のすぐ近くである森の入り口。木々があいていて、人が数名通れるほどの道が作られていた。


「……森って立ち入り禁止なんじゃ……?」


「私の許可があれば入っても構わん。行くぞ」


「はーい! ほらトキト、大丈夫よっ、この辺の魔獣は竜騎士が倒してるし!」


「そっ……そっか、そうだよね…………よし、気合い入れて行くぞ……!」


 時人は自身の頬を二度叩き、レヴィと共に再びザッハークの後を追いかける。


 森の中へと入っていくと、まず木々の大きさに驚いた。一本で家が数十軒も建てられそうな大きな木が並んでいる。それは眺めながら歩きたいほどのものだが、道がしっかりと整備されておらず時々、木や石につまずいた。


 気を付けながら歩いていると段々と道が険しくなっていることに気付く。横を見ても自分が今どこにいるのか、後ろを見ても自分がどこから来たのかがわからなくなり、不安な気持ちが込み上げる。


「あ、あの、結構歩きましたけど……」


「…………」


 ザッハークは言葉を返さない。仕方なく、時人は黙ったままついていった。


 時折聞こえてくる鳥の声。ガリガリと何かが削れる音、生き物の生活音が森の中に響いている。


(……でもあんまり姿が見えないな……ん)


 すぐ近くでガサガサと何かを漁っているような音に気がついた。あまりにも近いので視線を向けると、そこには茶色い毛の子熊がいた。


「!!!」


 思わず足を止める。それに気付いたレヴィが時人の方を振り向いた。


「どうしたのトキト。なにかいた? ってあら、子熊ね。可愛い。親とはぐれちゃったのかしら」


 ふふ、と猫を見たときと同じような感覚でレヴィは微笑んだ。


「いや、熊、熊だよ!? 大丈夫なの!?」


「大丈夫よ。トキトは今ドラゴンと一緒なのよ? 馬は虎を見たら逃げるでしょ? それと同じ。動物はまず本能で近付いてこないわ」


「そう……なんだ」

(オレ一人だと襲われる可能性は十分あるってことだよな、それ……)

「……ああでも、だからさっきから動物の姿が見えないの?」


「え? ああ、そうね……アタシはともかく竜王はそこにいるだけで動物は逃げちゃうから、顔を出すこともないかも。その点、子熊を見れたのはレアね!」


「確かに。オレ熊を生で見たの初めてだよ。襲いかかって来ないなら全然可愛いものだよね……ん……??」


 もう一度、子熊がいた方向へ振り向く。先程いた位置より、多少距離が近い。


「…………」


「トキト、行かないの? 竜王先に歩いちゃってるわよ」


「え? ああ、うん。ごめんすぐ向かおう」


 時人とレヴィは早歩きでザッハークの背中へ追い付いた。

 道はやはり険しく、歩き始めてだいぶ時間が経つ。時人の足はだんだんともつれ始めた。


「…………はあっ……あの、後、距離は……どのくらいでしょうか……」


 この問いにもザッハークは何も返さない。


(……やばい…………)


 恐らく、一時間以上は経っている。険しい道に加え、まだ距離があるというのなら明日からの走り込みは地獄にも等しい。


「……トキト、大丈夫?」


 時人に対し、レヴィはまだまだ余裕がある様子だ。同じ人間の姿をしているのにドラゴンと人ではこうも違うのかとなんだか少し寂しい気持ちになった。


「まだ大丈夫、多分……」


「そう? ねぇ竜王、どこまで歩くの? もうすぐ坂道になるんじゃない?」


「…………時人次第だ」


「えっ??」


 二人は顔を見合わせる。ザッハークの言葉がどういう意味なのか、この時はまだわからなかった。


 レヴィの言うとおり、道はだんだんと坂になっていく。山でも登るみたいに足を上げて歩かないと木に足が取られる、厳しい道だ。


 流石に体力を奪われ、歩いているだけでも足がふらついてくる。加えて、だんだんと空も暗くなってきた。


 夜が来る。


(やばい……やばい……何時間歩いてるんだこれ……もう暗いし、道もよく見えないし……なんか、寒くなってきたな……)


 春の夜はまだ冷える。

 時人は腕を擦りながら、まだまだザッハークの後を追った。


 歩き始めて約6時間半。

 息切れをしながらもはや道ではない道を歩く。流石のレヴィも少し疲れた様子だが時人ほどではない。

 時人はついに足を止めた。


「……………………もう、むりです……」


 時人の言葉に、ようやく、初めてザッハークが応える。


「そうか。ならばここまでにしよう」


「えっ……えっ?」


「オマエ次第だと言っただろう。ここがオマエの限界地点。レヴィ、道は覚えたな?」


「ええ。まあ……その、竜王? あともう少し距離を短くしてあげてもいいんじゃないかしら? だってこれ……往復でしょう? 片道6時間以上したけど……」


「あ…………えっ……」


 時人はもはや声を漏らすことしか出来ずにいた。険しい森の道のりを約6時間半。これを往復すると約13時間。13時間、走る。走らされる。


(いや、疲れてもっと時間かかるよな…………午前じゃ終わらなくない? 1日余裕で潰れるんだけど……え?? 走れないよなこんなの……マラクの遊び相手できる? そんな時間と体力オレにある?)


「歩いて片道6時間と少しくらいなら走れば3時間だ。朝6時前に走り出せば昼頃に戻ってこられる」


「いやその計算はおかしいですよ!! 人はそんな一定スピードで走れませんし、歩いて6時間なら走って3時間がそもそもの間違い!! 無理ですこれは流石に!!!」


「……まだ元気があるようだな」


「いやいやいやいや…………」


 よく見ればザッハークの額や首にさえ、汗の一滴も見当たらない。息が上がっている様子もなく、そして思い出せば歩くペースを時人の都合以外で落とす事も無かった。

 ──わからないわけだ。

 人間がどうして片道6時間半の道を走るのが厳しいと感じるのか。険しい道を歩くのに足がもつれるのか。わかるのであれば走れば3時間などという言葉は出てこない。

 時人は完全に師匠選びを誤ったと心の奥底から思った。


「……目印が必要だな。達成感にもなる、目立つものにしておこう」


(……そういう優しさはあるのにどうして……)

「……って、え?」


 ザッハークは自身の赤い方の髪を一本抜いた。


「……その髪の毛が目印ですか?」


「これは私の鱗、だいたい50枚分だ」


「???」


 そう言って髪の毛を地面に落とすと、まるで木の成長を早送りで再生したかのように、赤く輝いたものが地面から空高くまで伸びていった。他の木とは違い枝はついていないが、木のような外見のそれは確かに目印にふさわしいものだ。

 時人はそれに、ただただ目を丸くした。


「……」


「凄いわ竜王! アタシの髪の毛でもこんなこと出来ないかしら……」


「オマエの鱗は綺麗だ。大事にしておけ」


 さて、とザッハークは来た道へ歩き出す。


「戻るぞ。道をしっかり覚えるつもりでついてこい」


「は、はい……!!」

(帰りも歩くのか……そりゃそうだよな、明日はこの距離を往復しなきゃなんだし……)


 しんどい気持ちを抑えながら、ゆっくりと、のろい足でレヴィと共に帰宅した。


 翌日。

 AM 6:00。

 目を覚まし、身体を起き上がらせる。


「…………はあ……」


 帰りはずっと脚が痛かった。

 何時間も歩けば当然筋肉は疲労し、筋繊維が傷付くだろう。身体はそれを自然に回復するもの。だが時人の身体は普通の人間よりも回復速度が早い故に、翌日に起きがちである一般的な筋肉痛よりも先に回復による炎症が起きた。


 あまりの激痛に度々足を止めたが、帰宅し食事をとって風呂に入った頃には痛みは完全に引いていた。


 時人は自分の脚を撫でながら複雑そうに微笑んだ。


「もしかしたら走れちゃうかもなあ……」


 今日から地獄のような体力作りが始まる。

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