第30詩・国王の意思には従わない男達
猫が争う裏庭の中、アンリはニコニコとしながらここに来るまでの経緯を話した。
「……それでね、フェリは子どもたちに会わせたり僕の伝言を伝えてくれたりしないだろうなあと思って裏庭から入ってたところなんだ。ああ、別に基地の警備がザルってわけじゃないからね。僕の精霊達の力で……」
途中から聞いてもない説明をし始め、そう語るアンリに時人は眉間に皺を寄せた。
「それって普通に不法侵入になるのでは……?」
「そうだね」
「そうだね!?!? アンリさん事の重大さわかってますか!? 軽いものでも犯罪は犯罪ですよ!?」
「ふふ、大丈夫だよ。僕が来ることは伝えてあるんだ。認識に違いがあったというだけ、訴えられるものなら訴えてみなさいって感じさ!」
「そ、それは……ちょっとズルくないですかね……?」
まあまあ、とレヴィが介入する。
「相手はあのフェリ・フラーテルだもの。寧ろこのくらいするべきなのよ! 面食らったアイツの顔を見るのが今から楽しみだわ!」
「……う~ん、まあ、フェリさんがどうとらえるか、によるか……それで、アンリさん。国王に会えないって話でしたけど、それってなんで……」
「詳細は僕にもわからない。けれど、子ども達を何が何でもガーデンに戻さないという意思は感じ取れたよ。ならばせめて、そのことを子どもたちに伝えられないかと思ってね。それだけじゃない、きっとすぐ戻れると子どもたちに言ったのは僕だ。謝罪と、まだ諦めていないという気持ちを……」
「謝罪はともかく、希望を持たせるのは酷だと思うわ」
「!?」
発言したのはレヴィでも時人でもない。声のした方向へ振り向くと、そこには先程別れたばかりのドゥ・アエだった。
「裏庭のほうから子どもたちの訓練所に行ける道があるから行かせたつもりだけど、中々そんな気配がしないから猫ちゃんに襲われてるのかと思っちゃった。まさか、アンリちゃんが裏庭にいるだなんてね。もうフェリちゃんに連絡したけど、良かったかしら?」
「君の仕事だ、構わないよ。それはそうと、ここから子どもたちの訓練所に行けるって本当かい? 出来れば案内してもらえると助かるよ」
「う~ん、アンリちゃんのお願いは出来る限り聞いてあげたいけど……そうね、会話させるのはフェリちゃんの許可が無いと難しいけれど、見せるだけならいいわ」
「見せるだけ?」
ついてきて。とドゥ・アエは猫たちの間を難なく通り抜けて行く。アンリとレヴィ、時人は猫に気を付けながらその背中を追った。
少し歩いた先から声が聞こえてくる。それは訓練生達の掛け声に近く、しかしかなり若い声だ。
建物の壁際にある階段を上り、扉を開く。すると学校の体育館にあるような二階に来た。そこからは一階の少し遠い位置に木剣で素振りをする子ども達の姿と、団員服を着た複数人の男性、そして女性が一人いるのが見える。
アンリはその女性を見て目を丸くする。
「ドゥオ・デキム? 彼女が担当しているのかい?」
「ええ、こんな忙しい時に十二臣将に任せるなんて意外でしょう。デキムだけじゃない、もう一人、十二臣将が一人、貴方もよく知るトレース先生が子どもたちの健康管理をしてくれているわ」
「……そう、先生が……」
「…………あの」
時人が恐る恐る口を開く。
「この距離ならアンリさんの声も届くのでは? 子ども達も反応して近寄ってくると思いますよ」
「その必要は無いかな。もう、気付いているよ」
「え?」
扉が開いた際、多くの子ども達はそちらへ意識が向いた。アンリの姿に少し目を輝かせながら、ドゥオ・デキムの掛け声に合わせて素振りは止めない。けれど集中できておらず、チラチラとアンリのほうを向いていた。
「……ここにいるのは全員、じゃないね。選別されてる」
「ええ。貴方のところ、薬物依存症の子とか、障がいがあったり動くのに向いていない子がいるでしょう。そういう子は地方にある基地で面倒を見てもらってるわ。そちらは流石に十二臣将に任せていないけど、体育会系の訓練は受けてないんじゃない?」
「そうか、選別したのも先生かな」
「勿論。まあそのうち……フェリちゃんがこの中から新たに選別するでしょうけどね」
アンリは子ども達の素振りを思いつめたような表情で見つめた。
「……早いね。まだガーデンから連れ出して3日目にしては対応が早い。連れ出すより前から計画していたか、ここまで、国王と……」
(アンリさん……?)
「ねぇ、子ども達に戻れるなんて希望を抱かせるのは酷でしょう。私達はすぐ切り替えさせるわよ、ガーデンにいたって来るべき戦争ではただ閉じこもるだけ。どうせ大人に育つなら、国の役に立って貰わないと私達も困るのよ」
「閉じこもるのは民間人なら当然だ。ガーデンの子ども達もその枠に入る。それを強制的に兵士にし、戦争に出す行為に思うことはないのかい」
「アンリちゃんにしては、意地悪な聞き方ね。もしかして怒ってる? 中華やタルタニアでも民間人を闘わせているし、国の為という誇りを持たせてあげるちゃんとした教育がなさているじゃない。私はそれを参考にし、我が国なりのやり方でガーデンの子ども達を選んだのかと思ったけど」
「ブリタンニアやトラキアでは完全に騎士と民間人を分けている。それどころか国王と皇帝自らが前線に立つ国だ。デイヴィッド王にそれは無理でも、参考にするならそちらを参考にしてほしかったかな。国の為に命を使える誇りを否定するつもりはないけど、決して強制するものじゃない」
「中華は皇帝のカリスマが民間人の心をも奮わせるからこそ持ち合わせた誇りで、タルタニアは皇帝の人格が民間人の心身をも震わせるものだ、前者はともかく後者は洗脳に近く、極めて軍国主義寄りな皇帝による独裁国家。それらを参考にするのはこの国では無理があるよ」
二人の会話にレヴィと時人は息を呑む。国家的な話に自分らがここに居ていいものか、同時に顔を見合わせた後、言葉を返さなくなったドゥ・アエの顔色を伺う。ドゥ・アエの口が開こうとしたその時、一階から扉の音がし、そこからフェリ・フラーテルの姿が見えた。
ドゥオ・デキムも団長の姿に気づき、子ども達に素振りを止めさせる。
「だだだだ、団長! はわわ、何か御用でしょうか!?」
「アンリが裏庭から侵入したと報告があってな、ここに来てないか」
「ア、アンリ様が!? 存じませんが……」
「僕はここだよー!」
アンリがそう大声で呼びかける。
周りはそれに目を丸くした。
「ちょお……アンリさん!?」
(そんな堂々としちゃって大丈夫なの!?)
「あわわわわ、アンリさん二階から見てたんですか!? い、いつから、あわ、あう、違うのですよ団長! 決して匿ってたとかじゃないんです! 注意不足です! アタシ、認知能力に問題があるんです!」
「それは匿う以上に重大な問題だな」
「いやああああ違うんです!! 違うんですぅううう」
「もう少し静かに話せないのか貴様は。もういい、餓鬼共の訓練を再開しろ。アンリ、降りてこい!」
ドゥオ・デキムは敬礼をした後、子ども達に素振りを再開するよう呼びかける。しかし子ども達は動かず、一階に降りてくるアンリをただ見つめていた。それに静かに、フェリは舌打ちをした。
ドゥ・アエと時人、レヴィと共に一階へ降りたアンリは、にっこりといつもの笑顔を見せた。
「やあフェリ、おはようかな。三日ぶりだね」
「……臭うな貴様。話には聞いていたが本当に王宮に張り付いていたか。それで? 餓鬼共に土下座でもしに来たか? 国王に話すら聞いてもらえなかったと」
「う~ん、さっきドゥ・アエと話していて思ったんだけどねぇ。子ども達を戦力にするって方針は本当に君が考えたのかい?」
「?」
「君が考え、君が国王に提案した。もしその通りならなぜ国王は僕を避ける? 君の意見が正しいものだと考えるならなぜ僕との会話を拒む? おかしいとは思わないかフェリ。君もよく知るように、国王はいつも、僕の名誉を考えるとこういったことを起こすだろう」
「…………だろうな。英雄は英雄らしく、餓鬼の面倒を見せたままでは貴様は餓鬼の英雄にはなれど、世の英雄ではいられない。貴様が更に活躍するよう、国王は監獄を破棄するよう動いたのだろう。元より、餓鬼の監獄は国王が貴様の英雄らしさを際立たせる為に造ったというのにな」
フェリの発言にその場にいた全員の子ども達とドゥオ・デキム、レヴィと時人は驚愕した。
時人はある言葉を思い出す。
————正式な裁判を受けず国王がお決めになった子供達だ。僕が教育して世間に出られるよう、いわば僕のせいで世間に犯罪者として扱われる子供達の集う施設なんだよ。
監獄で目を覚ました時に聞いたアンリの言葉。詳細はわからないが、アンリという英雄の為にデイヴィッド王が子ども達を利用したということだ。
「既に、犯罪者と仕立て上げられた子ども達は国の犠牲者だ。だというのにこうして更に利用して、心は痛まないのかフェリ。君は騎士だが、デイヴィッド王の思うように動く人じゃないだろう」
「中には犯罪者の餓鬼もしっかりいるだろう、故に心は痛まぬが、なんだ。貴様は俺に何か提案しようというのか? 国王の意思を無視し、監獄に戻す条件や、騎士に向かない餓鬼だけでもすぐに戻させる考えがあるというのか」
「いいや、それを考えるのは君だよフェリ。僕が提案するんじゃない、君に提案してもらう。勿論、その条件は子ども達が必ずガーデンに戻ることじゃなくていい。僕は子ども達が幸せなら騎士でもいいと思ってる。けれどここにいることが幸せでないものはせめて施設や、幸せに暮らせる場所が必要だ。僕が要求するのはそれだけだよ」
その言葉にフェリは面食らい、ドゥ・アエは子どものように笑いをこぼした。一方、子ども達は引き下がらないアンリに安堵する。
フェリは一瞬、子ども達を見た後、時人を見た。
「……貴様、確か剣術を学びたいと言っていたな」
「へ? え、ええ、まあ……はい」
「……二週間だな」
「えっ??」
フェリは悪い笑みを浮かべてそう言った。
「条件を提供してやる。二週間後、時人を連れてもう一度ここに来い。ウチのデケムに勝つか、相応の動きが出来れば騎士団から抜けたい餓鬼は返してやる」
「……っ!?」
周りが一斉に時人を見た。
最初に口を開いたのはドゥ・アエだ。
「デケムは条件が厳しすぎるんじゃないかしら。いくら剣術を磨いたって一撃で吹っ飛ばされて全身粉砕骨折よ」
「その時は攻撃に当たったアマクサ・トキトが悪い。そもそも、竜王の血によって治るのだろう。それを活用しなくてどうする。それで、どうだアンリ。この条件がのめないなら話は無かったことにするが」
「…………トキトを危険に晒したくはないのだけど……トキト、君の意思はどうかな」
「え、えっと……」
(今の話の流れ的に……断ると、まずい、よな……? でも、デケムがどんな人かは知らないけど勝てる気が……しないんだけど……いや、勝つ必要はないのか。相応の動きがって言ってたし……うう、どうしよ……どうし――――)
つい、子ども達の目を見る。それは期待の眼差しだ。子ども達の手は木を握ったせいで真っ赤になっており、素振りを止めてから時間が経っても息切れをしている子どももいる。そしてその中から、時人は自然とエタを捜した。
(……エタ……)
後ろの方に、俯き気味のエタを見つける。魔法の話をしていた時に見せてくれたネックウォーマーのような魔法道具を首まわりに巻いて、顔を隠していた。
————大丈夫なわけねぇだろ。
監獄で、一人そう呟いたエタの姿が脳裏に浮かぶ。
(………………)
「……わかりました。オレ、戦います!」
「!!」
心配そうに、レヴィが声をかける。
「トキト、本当に? 無理しなくていいのよ?」
「いや、オレも強くならなきゃいけないし、何より……友達は見捨てたくないから」
「! ……そう。トキトがそう言うなら……」
「……決まったな。二週間後、時間は貴様が指定しろ。だが場所はここだ。今日は気が済むまで見学するといい。貴様の戦略、楽しみにしているぞアマクサ・トキト」
フェリ・フラーテルはそう言い残すとその場から去って行った。
アンリは時人に頭を下げる。
「ありがとうトキト。そして君を巻き込んでしまって済まない」
「いえ、やると決めたのはオレですから。それでオレの対戦相手ですけど、どういった人なんですか?」
「……それは…………」
アンリは眉間に皺を寄せて、ドゥ・アエの顔を見た。それを察したドゥ・アエが時人の質問に答える。
「身長280㎝。体重400㎏。熊並みのスピードとパワーに加えて麻酔が効かない特殊体質の男よ」
時人は息を引き取るように、後ろへ倒れた。




