第27詩・それぞれの日常
時人が未来に訪れて1週間と1日目。
はひぃ、とレヴィは息を吐いた。
街に住む子ども達の食事の管理、大きな皿運びに朝からクタクタだった。
特に子ども達は皿を割りがちで、割った後はよく暴れるので対処も大変だった。
「ふぅ……プラスチックの皿で食べてくれるようになったらもうちょっと楽なんだけど。生活が文化的になってどんどん我儘になるんだから……ああもう皿をこんなに汚して。トキト~! ごめんなさい、また大変な洗い物だけど大丈夫~?」
「ああうん! フィンさんがくれたスポンジと洗剤が凄く良いんだよ~、油汚れもよく落ちる!」
「そ、そう、楽しそうね。びしょ濡れだけど……風邪引かないようにね~!」
「うん、ありがとう~!」
時人は鼻歌まじりに皿を洗い流していると見覚えのある顔が見えた。鍛冶屋のミーメだ。
「あ、ミーメさん! もしかして剣の錆、もう落ちたんですか?」
「ああ……アワだらけでびしょびしょだ、ソレおわったら、ワタす」
「ああすみません。多分あと一時間くらいで終わるので……」
「トキト~! 次の皿……ってあら、ミーメくん。おはよう~」
「ん……」
パン屋の周辺はわいわいと賑やかな声が飛び交う。これから毎日こうした日常が待つと思うと時人は頬が緩んだ。
(……そういえば、エタ達はなにしてるのかなあ……)
***
時人が未来に訪れて一週間と2日後、監獄にいた子ども達は騎士団の訓練施設にて朝4時に起床していた。
彼等にまず与えられたのは腕輪と雑巾だった。腕輪は呼び出されたとき等に鳴る仕組みで、位置も表示される代物だ。子ども達だけでなく騎士団は皆それを身に付けて暮らす。
施設内の掃除が終われば騎士達の朝食で使った食器を洗い、暫くの休憩と食が与えられる。次に武芸実技の修行が始まる。
病を患っていたり等でそれができない者は騎士見習い候補から外され、別の施設で宮廷作法といった英才教育が施されていた。
リームス、カウム、エタは武芸実技の方だ。
20人の騎士達が見守ってる中、木剣の素振りの途中、腕が痺れもう持てないと泣く子どもに、教育者である大男のデケムは容赦なく頬を叩いた。
「なぜ休む! なぜ止める! 貴様についてるコレはなんだ!?」
デケムは子どもの両腕を掴み上げる。激痛に子どもは悲鳴をあげるがデケムはそれをかきけすほどの声を出した。
「腕があり!! 手がある!! ならば掴めるはずだろうが!! 素振りだろうが決して剣を離すな!!!」
子どもを地面に叩きつける。他20名の騎士達はそれを指摘することなく、寧ろデケムと同じように子どもたちに振る舞う。
デケムは次に弱々しく木剣を振るう子どもに目をつけた。
「そんな振りで敵が斬れるかァ!!!」
「うぅっ!?」
デケムはその大きな手で子どもの顔を掴み、そして持ち上げた。
「貴様が相手するモノはなんだ!? アリか!? 赤子か!!? 違うッ!!! 魔物だ!!! 人より硬いモノもあろう! だというのになんだその貧弱な素振りはァアア!!! 舐めているか貴様ァ!!!!」
「ッ!! ッッ、ぅ、ッ!!!」
顔を捕まれた子どもはジタバタと暴れる。デケムの握力はだんだんと強くなり、ミシミシと音をたてる。それを見た他の子ども達は思わず泣きわめいた。リームスはデケムになんとかやめさせようとしたその時、一人の男が現れる。
「……おいデケム、その手を離せ。死んでしまうぞ」
妙な形をした杖をついたマスク男だ。リームスと他の子ども達はその男に見覚えがあった。
(あの人……確か、フェリ団長と共に監獄にきていた……)
「黙れ!! 誰に向かってそんな口を利いている! こんなことで死ぬわけがな──」
デケムが男のほうへ振り向こうとしたその時、杖が音を立てて針がデケムの脇腹に刺さる、デケムの巨体は尻餅をついた。それを見た騎士達は手を止め、息をのむ。
「デケム、誰に向かって口を利いている。同じ十二臣将とはいえ、君は私より下だろう」
その言葉と光景にリームスはハッと思い出す。
(そうだ、十二臣将! 騎士団の中で団長を除いて最も階級の高く、医者でもあるあのトレースだ! ……確かデケムが10番目で、トレースが3番目に強くて偉い……んだよな)
「くぅぅこの俺様に麻酔銃を使うとは、耐えられるから良いものを……一体何をしにきたのだトレース。コイツらの教育は俺様に任されているはずだ」
トレースはもう一度、今度は太股に針をうつ。流石のデケムも小さく悲鳴をあげた。
デケムのいった通り、トレースの奇妙な形をした杖は銃である。地面に突く方の先から麻酔針を発射していた。
「トレース先生だ」
睨み利かせるような声でそう言うと杖の先を地面に向け、デケムに顔をつかまれていた子どもの前で膝を曲げた。
「顔色が悪いな。やはり、デケムの教育方針は子どもに合っていないと見える。一度私が皆を診よう。素振りはやめだ、休憩をとり、一人ずつ私の医務室に来なさい」
「なっ、おい! 俺様に任せたのは団長だ!! 団長の命令に背く気か!? 休憩など許可しない!! まだ千も振っていないのだぞ!」
「団長がなぜ君に任せたのかわかるか? お前が子どもを監獄から連れてくるという仕事をサボったからだ。そのサボった分はもう回収したと見える。私とドゥオに代わってもらうぞ」
「な、な、なっ、何を勝手なァ~!!!」
デケムがトレースの肩を掴むと同時に、杖が音を立てる。デケムの体には何発も麻酔針が刺さり、流石の巨体をもったデケムもその場に倒れた。
それを見たリームスは思わず口にする。
「し、死んだ……?」
「いいや。デケムは特異体質だ、この程度では死なない。目を覚ました頃にはピンピンしているだろうよ……ドゥオ」
トレースに名を呼ばれ、扉から恐る恐る現れたのは十二臣将の12番目、女性の騎士ドゥオ・デキムだ。
ドゥオは倒れたデケムを見て大きな声を出した。
「し、死んでるー!?」
「だから、死んでいない。こいつの身体はここに放置して良い。君は子ども達を部屋に戻し、私が呼んだら名前の順で医務室に連れてこい。その辺にいる下っぱは好きに使え。いいな?」
「あわわわ、しょ、承知いたしました!というかぁ……全員、今診るんですか? お昼とかは……」
「いや、実技修行の子どもは全員で840人だったな。今日は120人診よう。子ども達には診断時に一人一人私の方から今日1日の指示をする。それ以外は君に任せるぞ」
「ままま任されました! 十二臣将12番目、ドゥオ・デキム。責任をもって、子ども達を立派な騎士に育て上げますぅ!」
ドゥオはビシッと敬礼する。他の騎士達もそれに見習い、トレースに敬礼をした。トレースは満足した表情で杖をつきながらその場から去っていった。
子ども達は木剣から手を離し、安堵の溜め息をついた。
「はあ……はあ~っ…………もうやだよぉ、アンリ様あ……」
デケムの暴力が飛んでこないとわかると、子ども達の多くがそう泣き出した。
「み、みみんな~! 泣かないで~、ごめんねぇ、えっと……だ、大丈夫だから! もう大丈夫だからね~! ほらほらほらほら、立てる? ゆっくり休もうねぇ。あわわわ」
ドゥオは慌てながら子ども達に声をかけていった。
(あううぅ、ああはいったものの、アタシ、子どもの相手の仕方全然わかんないや……トレース先生、助けてー!)
***
ドゥオの指示に従い、エタは部屋の中で身体を休ませた。
監獄からここに来て2日目。アンリ・ユーストゥスの姿はまだない。監獄へ訪れたという噂も聞いていない。なんだか嫌な予感がした。
(王様とは話せなかったのかな……それとも、見捨てた? もう、こんな大人数の問題児達の相手なんかしなくて良いもんな……)
部屋のなかにある鏡を見つめ、顔の傷に触れる。記憶が曖昧だがどの傷を誰かに付けられたのかは覚えていた。
「……なかなか消えないな…………ん」
ビビッ、と腕輪が振動する。呼び出しだ。
エタは重い腰をあげてトレースのいる医務室へと向かった。
「……やあ、久しぶりだねエタ」
医務室の扉を開けるとトレースは穏やかな声でそう言った。エタは眉間にシワを寄せる。
「覚えていないか」
「いえ……うろ覚えですが……」
「そうか。この椅子に座ってくれ、少し話をしよう」
トレースに言われた通りエタは椅子に腰を下ろす。
「知っての通り、私の名はトレース。ここでは君達の担当医だ。トレース先生と呼ぶように、いいね?」
「はい……」
「良い子だ。君達のカルテはアンリから譲り受けているので大抵のことは知っているが聞かせてほしい。1ヶ月以内に何か身体に異常は?」
「……特に」
「特別医者に言うほどの事でも無いかどうかは私が判断することだ。思ったことは何でも口にしてほしい。アンリが見つけていない病や怪我があるかもしれないからな」
その言葉にエタは押し黙る。
トレースは言葉を1分ほど待ち、それでも口を開かないエタの髪に優しく触れた。
「今から話すことは、本当はしてはいけない話だ。言いふらさないように」
「?」
「……この世界は認めていないようだが、医療の世界では君は遺伝子に突然変異が起きただけの人間だよ」
「恐らく、数千年も前ならば君のように白化現象が起きる人間や動物も多くいたのだろう。医術が進み世界が変わっていく中で人間に多種多様さが無くなった後、20年前現れたゲートが影響し、またこういった症状が起きるようになったと考えられる。実は──」
いや、とトレースは言葉を止めた。
「これ以上は私が世界に消されてしまうな。君には辛いだろうが……」
「あの」
ようやくエタが口を開いた。
「……すみません、話が難しくて、よく…………その、病気ってことですか? アンリさんも言ってましたが……」
「ああ、だが国の許可無しに治療を施すことは出来ない。髪を染めるくらいは許されるだろうが……」
「…………そう、ですか……」
「ふむ。そして君の身体についてだがな。他人と違うということは他人と違う症状が起きやすい可能性が高い。ちょっとしたことで病を患うかもしれない。だからこそ、思ったことは私に話してほしい」
「安心しろ、私は君の味方だ」
その言葉に、うろ覚えだったがはっきりと思い出してきた。
4年前に起きたあの事件。火傷を負い、傷だらけだった自分を抱きかかえ、声をかけ続けてくれたのはアンリだ。そして傷の治療のためにアンリから自分を受け取ったのはトレースだ。村にいた医者とは随分違う反応と雰囲気をした人間に、とてもよく驚いた。
その時も確かに、言ってくれた言葉だ。
「……………………さいきん」
呟くように、エタは話し始めた。
言葉の途中、エタは涙をこぼす。話が終わると、トレースは「ああ」と納得の表情を見せる。
「大丈夫、それなら私にも経験があるよ」
トレースはエタの涙を優しく拭ってやった。
***
魔王サタンは想う。
これから、それぞれの日常が続く。
時人はドラゴンの街で、日々豊かに暮らしていくだろう。
エタは騎士訓練施設で、日々強かに暮らしていくだろう。
「……日の常とは、妙なものだな。どうせ時が経つにつれ変化していくものだろうに」
「突然、どうしましたかサタン」
「ふふ、気にするな。我はオマエと違って下界の様子がよくわかるからな。想うところが多いだけだ」
「……なんてこと。私は常日頃、力を失い、もう下界の様子もわからないというのに、貴方は我が子の様子をその千里眼で見つめているというのですか……」
「くく、聞きたいか?」
「ええ是非……ただ、詳細は問いません。あの子に友達はできましたか?」
「──ああ。もう切れぬほどの友人が出来た。きっと永久に友人にしかなれぬほどの、な」
サタンの言葉に、神はああ、と安堵の声をもらした。
「友人に祝福を。微力ながら、良いことがありますうにと──」
「神がそれを願うか。ならばきっと……」
あの者は後悔の無い人生を歩むだろう。




