第21詩・ムーシュとの問答
監獄南・庭。
監獄内では授業が始まっておりほとんどの子どもは北側で学んでいる。時人は人の居ない庭のベンチで錆びた剣を手に眺めていた。
「……手入れとか、どうやってやればいいんだろう……」
鞘を撫でてもそれはわからず、大きな足音が廊下側から響いたことに気づき時人は振り返った。足音の主は初めて見る女性……どこか見覚えのあるピンクに近い、薄い紫色の髪と前髪が大きく前に被った髪型だ。その女性は時人と目が合うと声をかけてきた。
「まさかとは思ったが、お前がその剣に選ばれるとはな。やはり、そうなのか?」
「? え、あ、あれ? その声……ム、ムーシュさん!? い、いや、でも……」
ムーシュは先日出会った管理人だ。背丈は生前の時人ほどあり、180㎝は優に超えていた大男に見える女性姉妹の妹のほうだ。そして目の前にいる女性は160㎝ないほどの身長であり、とても華奢な女の子という印象を与えていた。だが髪色と髪型は全く同じで、声色も先日聞いたばかりの声と全く同じで思わず名前が出てきてしまうほど被るものがあった。
女性は鼻で笑う。
「ムーシュであっているとも、先日ぶりだな」
特に不思議はない、といった様子でムーシュはそう言った。堂々した態度で、時人がどういうことかと聞く前に姿が違う理由を答える。
「この時間帯の庭は本来、人がいないからな。わた……オレも元の姿に戻って息抜きができるというわけだ」
「元の姿……って…………魔法? ですか? どうして昨日はあんな男性のような姿を?」
その言葉にムーシュは眉間に皺をよせる。
「勘違いするな。男に寄せたのではない、姉様に寄せたのだ。オレは女らしくなどという枠に嵌められた生き方は嫌いだが、男になりたいわけではないし女である自分が嫌いなわけでもない。だがあまりにも背が低すぎる故、姉様と共にいる者として恥のないよう姿を変えていたのだ」
ムーシュはそう話しながら時人の隣に座り、腕と足を組んだ。
時人は申し訳なさそうに謝罪する。
「……姐様ってブーシュさんの事ですよね? 仲が良いんですね」
「いや、そうでもない」
「あれ?」
「オレが一方的に、姉様の在り方に憧れているだけだ。姉様は怖い御方、明るく振る舞う姿も本性だが、身内だろうとソレに情など皆無。オレは他にも姉妹がいるが皆そうだ。自分が生きやすいよう利用できる存在でしかないと考えて……」
そこまで言って、ムーシュは話を終えた。
「……話すぎた。オレの悪い癖だな……今の事は気にするな、お前には関係ない事だ」
「…………いえ、ちょっと、気にしておきます。オレ、ムーシュさん達には結構聞きたいことが結構あるんですよ」
「……なんだ、聞きたいことというのは」
その前に、と時人はムーシュのほうへ体を向け真っすぐと彼女を見つめる。
「嘘や隠し事はしないで答えてもらえますか?」
ムーシュは一度ゆっくり目をつむると、いいだろう、ただし、と言葉を続けた。
「オレもお前には聞きたいことがある。それが先だ。お前に出す答えからオレもオレ自身が答えられる範囲、答えてやる」
「……それ、隠し事する前提じゃないですか」
「世の中には伝えてやりたくとも口にできぬものというのがある。名前を言えば呪われるだとか、そいった類のものとかな」
(え、そんなにスケールのでかい話なのか? ……)
「…………わかりました。オレは隠すことないですので! どんどん質問をどうぞ!」
ふむ、と一息つくムーシュ。彼女から投げられた問いは意外なものだった。
「お前はその剣が誰の持ち主か知っているか?」
「……え? アンリさんのことですか?」
「そうか、知らないか。それでも、やはり……ふむ……」
最初の問いから時人はあることに気が付く。
(これ……オレの聞きたいことが増えていって結局割とどうでもいい事聞いちゃうパターンじゃないか? ど、どうしよう……最初に聞きたかった事を聞くべきなのかな、それとも……うぅ、持ち主って誰のことだ? やはりってなんのこと!?)
頭の中を整理する余裕も与えず、ムーシュはそのまま問いを続けようとする。だが、それは歯切れの悪いものだった。どこか照れくさそうにムーシュは話す。
「あい……愛するものを、殺さなくてはならない……場合、お前ならどう殺す?」
「……え!?」
(なにその質問!?!? しかもなんでちょっと顔が赤いの!?)
「……家族や友人でもいい、なんか……ペットとかでも。その、具体的にどう殺す?」
「…………むず、かしい質問ですね……殺さなくちゃいけない場面ってのがわかりませんけど……楽に、殺してあげるとか……いや、そもそも殺したくないですけど……」
「……そうか。まあ、いい、今のは忘れろ。実はお前個人に聞きたいことなど特にないのだ。お前の質問タイムにはいっていいぞ」
「そうなんですか?」
(よくわかんないけど、オレの質問に答える範囲を拡げようとしてくれたのかな……)
「あの……昨日、ブーシュさんが言っていたことなんですけど、オレが死んでいないってどういうことなのか……知っているなら何か教えてほしいんです。オレの知らないこと、現実の本当の事……!」
言葉にすると胸が張り裂けそうだった。この世界にきてまだ三日目。知らないことが多すぎて、時人はただそこにいるだけの存在になっていた。何のためにここに居て、何のために生きていくのか。自分の身体のこと、魂のこと、あらゆる事を把握したいと心から強く願っている。
ムーシュはゆっくりと口を開いた。
「悪い、その問いに答える前にもうひとつ聞きたいことががある」
「? なん――」
「—————好きな人がいるかと聞かれて、真っ先に思い浮かぶ人はいるか?」
重要性の無さそうで、理解し難い質問。そんな問いをしたムーシュの瞳は真剣で、時人は強い衝撃を受けた。ムーシュは答えようとしてくれているのだと、なるべく隠し事のないようにしてくれているのかもしれないと、時人はそう考えて、ようやく笑みを見せた。
「……いますよ。人じゃないですけど」
それを聞くとムーシュは満足そうに、そうか、と言った。
「ではお前の問いに答えるとしよう。オレと姉様が何か知っているのか、それはイエス。だが知っているのはお前の魂がその身体に入った経緯と、入れた者だけだ。オレ達は直接干渉していない故、深いところまでは知らぬ」
「十分です、教えてください」
「ふむ……入れた者の名は言えぬ、どういった存在なのかも、悪いが、そういった者がいるということだけ頭に入れてくれ」
「…………わかりました、ひとまずはそれで……」
「助かるよ。話を進めると、そうだな……ある者は20年前の戦争で魔界の不可侵領域と地球が繋がったのをいいことにこの世界を我が物にする作戦を思いつき、すぐに行動した。だがそれは人間によってあっさりと阻止され、捕まったのだ。具体的には言えないがある者は人間ではない、特殊な力を持った存在だ。その力は物理的なものではなく、魂の行き先を誘うものだ。これは死んだ者の魂ではいけない。死んでしまえばその時点で行き先は決まっているから。意識を失い、身体を自由に動かせない者。魂が身体の中と周りをうろつく程度でなければ行き先を操作することは不可能なのだ。
そしてある者は魂のない体の存在を知り、解放されたいが為に、自身の力になってくれそうな人間の魂をこの世界に選別しようとし、たまたま、偶然、助けを求めようとした世界軸と時間と、全く同時に死なずに意識を失った者たちの内の一人がお前で、中でもお前はその者の誘いに乗り足を運んでしまったから今の時代に来た……というわけだ」
話が長くなってしまったな、とムーシュは話し切った様子だった。しかし疑問は尽きない。
「誘いって……オレ、まったく覚えがないんですけど……」
「そうかもしれぬな。だが、お前の魂は進んでしまったのだろう。誘われた方向に、真っすぐと、そこに自分の身体があると勘違いしたまま、目を覚ますためにな」
ムーシュの言葉に、少し思い出す。目が覚める前のこと、先日、ブーシュの言葉を聞いた後に見た光景。近づいてはならない気がするのに、後ろへ戻らなくてはならない気がするのにと、わかっている筈なのに止まらず、戻ることもしなかった自分をよく知っているような気がした。
少し気分が悪くなる。自覚できそうで何も理解できない感覚が時人を襲っていた。
「…………ムーシュさん達は、どうしてそのことを知っているんですか……?」
少し俯き気味にまた質問をした。
「……悪いが、ここまでだ」
「え? ……あ」
気づくと複数の足音がこちらへ近づいていた。ムーシュは立ち上がり、剣を見て、次に時人の目を見た。
「隠し事が多くて悪いな。だがお前にはなるべく何も知らないまま元の身体に戻ってもらいたい。これはオレ個人の気持ちで姉様は違うだろうが……よく覚えておけ、この世界においてお前が本当に信用していいのは竜王と海の怪物だけだ。困った時はそちらを頼れ、利用されておいて無様に死んだりするなよ」
「ムーシュさん……」
ただ、瞬きをした。その瞬間、先程まで目の前にいたムーシュの姿は消えてなくなる。
響いていた足音は子どもたちのものだった。
(……ムーシュさんは、信用してもいいのかな)
謎が多く、まだまだ聞きたいこともあった。けれどもムーシュから悪人のような気配はない。ベリアルのような危険といった感覚もない。ただ、死んだりするなという言葉が時人の胸に優しく突き刺さった。
(オレはこの時代で生きていくわけにはいかないのかもしれない……)
その疑問が答えを得られる日はまだ来ず、この日以来、ブリタンニアで再会するまで時人がムーシュとブーシュに出会うこともなかった。




