第一章:鎮痕の祈祷
静けさに満たされた部屋。
神へ声を届けるための一室。
「——ここに跪く者は、罪を犯し」
女性の凛とした声だけが、静寂を渡る。
「本来許されざる御力を、正しき範を離れて行使いたしました」
直立し、神へ語り掛ける紺色の髪の女性と、そのそばで、静粛に跪く赤色の髪の女性がいた。
「しかしながら、厳正なる御方よ」
紺色の髪の女は、身に着けたエプロンの上から右手で胸部を、左手で腹部を押さえ、目を閉じたまま祈り続けている。
「この者は、あなたが定め給う秩序を守らんとし」
赤色の髪の女は、いつになく礼儀正しい。まるで改心した不信心者のように、背筋を伸ばし、余計な動きを慎んでいる。
「盗みを働き、他者を傷つけ、戒律を踏みにじった者らに対し、相応の報いをもたらしたのでございます」
わずかだが、赤色の髪の女がうなずく動きをした。じっとしていなさいと釘を刺されていたにも関わらず。
「公正なる神よ」
紺色の髪の女は目を開き、壁に飾られた秩序の神の紋章へ視線を移す。
「どうかこの罪深き者、セルウェッテ・ザルナラッフを御憐れみによりて赦し、その咎を除き、乱れより解き放ち、再び御定めの道を歩ませてください」
紺色の髪の女を淡い光が包み込んだ。彼女はゆっくりと視線を下ろすと、その右手を赤髪の女の額へ当てる。
額からあふれ続けていた赤い光が、添えた右手によって力を落としていく。やがて額の魔法光痕は静まり返り、どこにあったのかも分からなくなった。
続けて右手が赤髪の女の胸元へ当てられる。同じく赤い光をほとばしらせていた光痕は力を失って、口を閉じた。
部屋が再び静粛さに包まれたあと。
「はい、終わり! お疲れ様でした!」
アナミラはウェッタの額を軽くたたいて笑った。
主任神官マイヤーの妻、アナミラの屈託のない笑顔を見ると、さきほどまでの凛としたさまが夢だったかのようだ。
「ありがとさん! いやー助かったよ。寝づらくて寝づらくて、光るせいでさ。いつもの事だけど」
魔法には危険なものも多い。凶器になりえる魔法は放置できない。
魔法光痕は、他人に害をなすおそれのある魔法を用いると激しく輝き続ける。発光は少なくとも半月以上、ときには一か月ほども続くのだ。
光痕が発動した者は、魔法の使用が正当な行為だった事を証明して光痕を鎮めなければならない。
「てか、良かったんか、それ?」
「なに?」
「それ。その恰好」
ウェッタがアナミラを指さして言った。
無理もない。
紺色の長髪をポニーテールに束ねているのはまだいい。問題は服装だ。
半袖のシャツを着て丈の短いスカートを履き、その上から白のエプロンを羽織っている。
どうみても、神に祈りをささげる者の姿ではない。
「いいのいいの、だってちゃんと出来てるでしょ?」
「ユッルいなー。怒られても知らねーぞ? 秩序の神に」
「何いってんの。エッタちゃんだって堅苦しいのは苦手でしょ? じっとしとけって言ったのに」
「横にエプロン姿がいるのにビシッと出来ねえよ」
「よろしいですか?」
扉をノックする音のあと、穏やかな男の声がかけられた。二人の女性から同意をもらって扉が開き、ヨグランが顔を見せる。
「鎮痕処置、終わったようですね」
「おう! 見ての通り!」
「それは良かった。こちらも終わりました」
「いやー悪かったな、力仕事させちまって」
「ぼくの日常です。お気になさらず」
《戦乙女》セルウェッテ・ザルナラッフが賞金首ジェスタ・オイヤーとその一味を圧倒した結果、あとに三体の死体と三名の負傷者が残った。
助任神官ヨグラン・ハルツは見届け人である。ウェッタが魔法を正当な目的に使用したことを証明するのが職務だ。
本来、死体や負傷者の後始末をする義務はない。しかし彼は、自ら申し出て手間のかかる作業についた。
「報酬、色を付けさせてもらうよ。マジ助かった」
「結構ですよ、これぐらいは」
「遠慮すんなって!」
「してませんよ?」
不思議そうにするヨグランにウェッタは一瞬きょとんとしたあと、アナミラを見る。
「……あんさあ?」
「なに?」
ウェッタはヨグランを指さして言った。
「お人好し?」
「善人」
「おー……? 聞きなれねー言葉だなあ」
「どんな人生歩んできたの、エッタちゃん?」
「エッタって呼び方も聞きなれないけどさ。まあそっちはいいよ! なんか可愛いし!」
その呼び方がよほど気に入ったのか、ウェッタはニコニコ顔になる。
「さて後は、……カネの受け取りかあ。メンドいなあ」
ウェッタは一転して渋い顔になった。大きくため息を吐く彼女を見てアナミラが不思議そうにする。
「賞金稼ぎでしょ? なんで賞金の受け取りに嫌な顔をするの?」
「だって六人だぜ、六人?」
「大儲けよね」
「そうなんだけどそうじゃなくてさ」
「報奨金はそれぞれの出資者が個別に出しています。賞金首制度の課題ですね」
アナミラは少し考えたあと、「あー」と苦笑いのうめきを漏らした。
「ばらばらなんだ? お金もばらばらに手続きしないと貰えないんだ?」
「あっち行ったりこっち行ったりしないといけねーの。マジメンドい」
「小物五人より大物一人の方がお得なのね」
「そそ。はー、だりい」
「“金の結び目”商会へ行ってください。そこで全額一括で受け取れます」
「ふょ? 一括?」
ウェッタが聞きなれない言葉を今度はヨグランが言った。
「商会が立て替えてくれる事になりました。全額まとめて支払ってくれますよ。あとは商会が、あっちやこっちへ行ってくれるでしょう」
「そんな事してくれんの⁉ なんで⁉」
「あらあら。ずいぶん親切だこと」
「賞金支払いって、よく揉めるんです。すぐに入り組んで大変な事になりますから」
ウェッタがうんうんと頷く。彼女も経験があるのだ。
「そこで、仲介者が処理を整理して一本化する事があるんです。とはいえ、よくある事ではありません。幸運でしたね」
「ふうん」
柔らかな微笑を浮かべるヨグランに、アナミラが意味深な笑みを向ける。
「ヨグちゃんが走り回ったんでしょ? 一括払いしてもらうために」
「ぼくは雑談をしてきただけです」
「ふふうん?」
「……走り回ってできるもんなんか?」
「なんかねえ、ヨグちゃん時々こういう事するのよね。みんなが知らない小技っていうか」
「雑用係ですから。変わった雑用を知る機会もあります」
「便利な奴だなあ、あんた! やっぱ報酬上乗せするよ。受け取れ!」
「ぼくが困ります」
「困れ!」
「困りましたねえ」
二人のやりとりにアナミラは大笑いすると、ヨグランに助け船を出した。
「じゃあさ、今度教会に来る時お菓子買ってきてよ。どっさりと。私にはあーんまいお菓子ね!」
「あー。んー。まあ、それで勘弁しといてやるか。分かった。あーんまい奴ね?」
「あーんまいの!」
アナミラの笑顔にウェッタも笑顔になった。




