第一章:あらゆるもの
ヨグランとウェッタの二人は、湿地帯を抜けて森へと踏み込んだ。
人の手が入っていない森は木々が好き勝手に枝も根も伸ばしていて入り組んでいる。土も水分が豊富でやわらかい。
「……これは。足場も見通しも悪いですね」
「不意打ちしやすいよなー」
刹那、ウェッタの足元に再び輝く射出孔が現れて、“光弾”が一つ垂直に撃ち出される。“光弾”はそのまま加速して、ウェッタの頭上に降ってきていた男を撃ち抜いた。
高い枝の上に賞金首の一人が潜んでいたのだ。
男は眼下を通り過ぎようとした彼女へ飛びかかり、そのまま剣で斬り捨てようとした。《戦乙女》セルウェッテ・ザルナラッフでなければ、男の剣が彼女の身体を両断していたに違いない。
「ほらほら、ちゃんと不意を打てよ。あたしが先に撃っちまうぞ?」
ウェッタは更に六つの“光弾”を射出した。そのうちの二つがただちに大木の一つへ襲い掛かる。弓を構えていた男がいたのだ。
弓の男は“光弾”の一つをなんとかかわして、太い木の幹を盾にする。そして二つ目の“光弾”も通り過ぎようとして。
不意に“光弾”が折れ曲がった。
「な⁉」
二度進路を直角に変えた“光弾”は、木の幹を迂回して男の背中を激しく打った。うめき声と鮮血を口から吐き出して、男が動かなくなる。
「三人♪」
続いて三つ目と四つ目の“光弾”が木陰に潜む男を狙いに定めて突撃した。
木陰の男は、あわてて木々が入り組んだ中へ転がり込む。
だが、三つ目の“光弾”が壁となっていた樹木を粉々にして、続く四つ目が隠れそびれた男を容赦なく打った。哀れな男は即席の隠れ家から弾き飛ばされて倒れる。
「四人!」
勢いに乗るウェッタの視線が次の獲物を捉える。
長剣と盾を持った大柄の男がいた。男は苦々しい顔をしていたが、自分の表情もおじけづく感情も吹き飛ばすように雄たけびを上げる。
「オオオオオオオオッ!」
大柄の男はウェッタへ向かって走り出し、長剣を大きく振りかぶった。その長剣にウェッタの“光弾”が命中する。大柄の男は長剣を弾き飛ばされてよろめいた。
更にウェッタの“光弾”が来るのを見た男は、盾を正面に構えて力を込めた。だが直撃した“光弾”は一瞬で盾を穴とひびまみれにしてしまう。半壊した盾を見て大柄の男は舌打ちした。
「安モンだなあ。もうちょっと良いの買えよ」
ウェッタの射出孔が二発の“光弾”を真上に射ち出す。“光弾”は大柄の男に狙いを定めて突進した。
大柄の男はとっさに魔力を展開し、法術を用いて大きな光る盾を生成した。法術の盾は光弾の圧力に押されながらも、みごと耐えきってみせる。
「ほ。いいね! 頑丈じゃないか!」
ウェッタの誉め言葉に続いて、煌めく射出孔から六発の“光弾”が垂直発射された。
それを見た大柄の男は法術の盾を正面に構えて耐える姿勢を取る。
だが“光弾”の威力は容赦がなかった。三発で盾が四散し、残り三発が男を吹き飛ばしてしまった。
「やべ、撃ちすぎ……たか? 残るかなあ、死体?」
「既にこと切れていますが、そこまで酷い有様ではないですね」
ヨグランは男のそばへ駆け寄ると、死体の状態をウェッタへ伝えた。
そして彼はたくみに足を運ぶルートを選び、そつなくウェッタの元へ戻ってくる。
「へえ?」
彼の外連味のない動きにウェッタが感心した様子を見せた。
ヨグランは理想的な見届け人であり続けている。戦闘には一切関わらない。足手まといにもならない。
そのヨグランへ何かを語りかけようとしたとき、ウェッタの表情が急変した。彼女の顔が不快感に染まっている。
「おーおー逃げる逃げる。まあそうだよなあ! 自分の身が可愛いよなあ! オイ!」
ウェッタは十発もの“光弾”を射ち出して、頭上へ滞空させた。そして木々の重厚な編み目を一睨みして。
「これがあたしの全力だ。快く受け取ってくれ」
外連味にあふれる彼女の“光弾”が視線の先へ殺到した。彼女と《ちっぽけな悪》の間を妨げるものを、“光弾”が次々に消し飛ばしていく。
《ちっぽけな悪》ジェスタ・ピュニヴァル・オイヤーは、一度も彼女へ顔を向けることなく、その背中を“光弾”に射貫かれて果てた。
「噂通りでしたね」
見届け切ったヨグラン・ハルツは感心に満ちた視線をウェッタへ向けた。
「あらゆるものを貫く槍、あらゆるものを阻む盾。あなたはどちらもお持ちじゃないですか。どこがどう、話を盛られていたんです?」
「いやあ……あらゆるもの、は流石に言い過ぎだと思うぞ?」
少しだけ困った顔をしたあと、ウェッタは開き直った風で笑った。
「相手できるのは十人まで。あらゆるもの? やってらんない」
ウェッタがひらひらと手を振る。あまりに堂々とした彼女の言いぐさを聞いて、ヨグランは微笑みを浮かべる。
きっと、おかしな女性だと思ったのだろう。今度は口にしなかった。




