第一章:燃え盛る光痕
《行かずの森》。
交易路から遠くはなれたところ。
人里が避けていくところ。
豊かな木々がのびのびと枝を伸ばすこの森に、人間たちは近寄ろうとしない。
ヨグランとウェッタを乗せた荷馬車も、この森から遥か手前で歩みを止めた。
「げぇーえ……。そりゃ馬じゃ行けねーや」
「足を取られますね。沈み込むかも」
森の周りは、一面の湿地帯だ。人も馬も通りづらく、麦も育ちづらく、家の足場にもなりづらい。
「ロバは進もうともしやがらねえです。荷馬車も車輪をやられちまいます。ここで勘弁してくだせ。無理ですや」
農民の男が心底嫌そうに言った。荷馬車の持ち主で、ここまでヨグランとウェッタを乗せてきてくれた。
二人から頼まれたとき、男は近場へ来ることすら拒んでいた。
ヨグランが湿地帯よりずっと手前でいいと和やかに頼んだこと、ウェッタが陽気に報酬を上乗せしたことで、やっと態度を軟化させたのだ。
「農作業ができなくなっちまったら、わしら死にますからな。しかし、あんなトコに、本当にいるんですかい?」
「ああ、いるよ。あの森に賞金首たちがいる」
「……無理はせんでください。たった二人で突っ込むトコじゃねえです」
「ですね。いかにも攻めにくく守りやすそうな場所です」
ヨグランが湿地帯とその先の森を眺める。湿地帯は容易に進めず、近寄るだけで苦労するだろう。森からは高所から見渡す事が容易で、弓でさんざんに射かける事ができる。
森に踏み込んだとしても、相手には土地勘があり、こちらにはまるでない。入り組んだ木々の群れを縫うように進むところを、伏兵がいくらでも襲い掛かれる。
「……五……いや六人。六人だな。行ける! 楽勝!」
ウェッタはヨグランに流し目を送ってから、不敵な笑みを浮かべた。
「……行けますかい? 六人相手にたった二人で」
「こちらの女性は一人でやれるとおっしゃっています」
「一人⁉」
「ははっ、任せろよ。あたしは十人までなら同時に相手できるぜ?」
大笑いのあと。
《戦乙女》セルウェッテ・ザルナラッフは魔力を動かした。魔法光痕が発動して、彼女の額と胸元が赤く輝き始める。
これによって彼女は、魔法を使用した事を隠せなくなった。光り輝く魔法光痕は、魔法と言う“凶器”を使った事を確実に証明する。
「ふたつ⁉ ふ、二つも⁉」
激しく燃え盛る魔法光痕の光に農民の男は驚愕した。
「本当に二重光痕者でしたね」
「は、初めてみましたわい。二つも持っとるなんて」
「相当に稀です。探さないと見つからないでしょう」
「あたしも見た事ねーし。あたし以外」
ウェッタはそう言うと、小袋から貨幣を取り出して農民の男へ渡した。
「おっちゃん、ほい、残りの金。ここで帰ってくれていいぜ。もちろん、しばらく待っててくれてもいい。あたし達が戻ってきたら、また一仕事頼むだろうしな」
「……ううむ……あんたみたいな娘っ子の頼み、聞いてやりたいがなあ……」
「無理には言わんよ。そっちの都合で決めてくれ。ま、そんな待たせねーから。ダイジョブダイジョブ!」
ウェッタはにっこりと笑うと、
「イイ女は男を待たせたりしねーのさ」
軽くウィンクして、そして大笑いした。
「何かあったら、ぼくが彼女を抱えて戻ります。その時、手を貸していただければ」
「抱えるって……あたしゃ荷物か何かか?」
「荷物になるほど重いのですか?」
「オイ」
「……は」
鋭い目つきになった呆れ顔の女性と、心底気まずそうな顔の男性。
どちらが悪いのかは明らかだ。
「逃げていいっつったけど、あれナシな。絶対逃げるな。逃げたらコロす。その背中撃ち抜くぞ」
「神に誓って逃げる事などいたしません」
ヨグラン・ハルツは首から下げた聖印を握りしめて答える。
それを見て農民の男がため息を吐いた。




