第一章:見届け人
「ではフタをいたします。ごゆっくり」
頭をゆっくり下げたあと、老いた店主は部屋を退出して扉を閉めた。
とたんに、室内が静寂に包まれる。
「本当に聞こえなくなりましたね」
「魔法でもかかってんのかな?」
「ぼくらの知らない技術かもしれません」
二人は辺りを何度も見渡した。
ここが“ふた二つ亭”にある部屋の一室である事に間違いはない。閉ざされた扉の向こうでは、ウェッタを取り巻いていた男たちが今も思い思いに騒いでいるはずだ。
であるのに、彼らの喧騒は完全にさえぎられて届かなくなってしまった。
これだけ外の音が聞こえてこないなら、内の音が外に漏れる事もないだろう。まさに秘密を閉じ込める蓋だ。
「ねーけどな、聞かれて困るような事なんか」
ウェッタは頭をかるく掻いた。
「ま、改めて。あたしの賞金首狩りに同行して欲しい。んで“賞金首を倒すため”魔術を使うところを見届けてくれ。あんたの安全はあたしが保証する。万が一危なくなったら、あんた一人で逃げていい。報酬は半分を前払い、残りを後払いだ」
ウェッタは貨幣をたんまり入れているだろう小袋をテーブルに載せた。
「ま。要は“見届け人”さ。頼む」
見届け人は、その名の通り魔法を用いるところを見届ける役目を持つ者である。
危険な魔法の濫用を防ぐため、魔法を使用して光痕が輝いた者はその“正しさ”を証明する義務を課せられている。
見届け人は監視役であり、証言者だ。
「質問よろしいですか?」
ヨグランは純粋な疑問に満ちた表情になった。
「あなたのお仲間は?」
「あたしは独りだ!」
ウェッタの返事によどみは無い。
「……あなた一人で戦うので?」
「あたし一人さ」
「ぼくの安全も」
「あたしがやる!」
「なかなかの自信ですね」
彼の反応は驚きというより、むしろ感心に近い。
「そりゃ自信あるさ。当たり前だろ? あたしはマジで強いぞ?」
「それは疑いません。二重光痕者ですから」
ヨグランは少しうつむいて真面目な顔になると、考え込み始めた。迷っているのだ。
しばらくして顔を上げると、いつもの柔和な笑みになった。
「分かりました。万が一があった時、ぼくも法術を使います」
「ん? ほひゃ?」
「使えば見届け人の資格を失うかもしれませんが、いざとなれば仕方ないでしょう。法術は多少心得があります」
「……止めとけよ。あたしをボコるよーな奴、半端な魔法じゃどうにもなんねーって。ま、そんなヤツ見た事ねーけどな!」
ふふん、とウェッタが誇らしげに笑う。
「申し訳ない。あなたの噂はよく耳にするのですが、あなたの魔術が具体的にどういう物なのか、どれほどの物なのかまでは聞いていないんです」
「じゃあ楽しみだよな! 心配すんな、期待は裏切らねーから♪」
ウェッタは自信に満ちあふれている。その揺らがない様子に、ヨグランも意を決めたように微笑んだ。
「ところで、だれを追っているんです?」
「ジェスタ・オイヤー」
「……厄介な相手ですね」
ヨグランが難しい顔になる。ウェッタとは対照的だ。
「大したことねーよ? 小物さ小物、あんなの」
「《ちっぽけな悪》と呼ばれてはいますが」
ジェスタ・ピュニヴァル・オイヤーはならず者の見本のような男だ。
強盗、誘拐、殺人を重ねつづけた結果、あらゆる者たちから恨みを買って報奨金を積み重ねられた。
この種の“悪事のベテラン”には支持者が現れることもあるが、オイヤーに関してはそういった話が聞かれない。
犯した罪の重さに比べ、言動や行動に重みも魅力もないためだ。カリスマからはほど遠い人物とみなされている。
「しかし彼にも仲間がいます。少なくとも三、四人。もう少し多い可能性もありますよ。少人数の頭になる素養は彼にもあるようです」
「でも十人を超える事はナイ。だろ?」
「そこまでの器ではないようですね」
「なら行ける! あたしならやれる!」
ウェッタは純粋無垢な笑顔になって、胸を張った。その状態をしばらく続けたが、反応がない事に気づくと訝しんでみせる。
ヨグランの表情は冴えない。
「信じてねーな?」
「正直に言えば半信半疑です」
「半分あんのか! よし!」
「よし?」
「依頼請けてくれるだろ、半分ありゃ?」
ウェッタはにこっと笑った。更に唇の両端を指で引っ張りながら「にー」と声を出す。
「無くてもお請けしますが……なんというか……あなたはおかしな方ですね」
「いま変人っつったか?」
「あ」
ヨグランは自分が気の利いた事を言えなかった事に気づいて難しい顔になった。
そして腕組みをし、たった今しでかした失敗を省みて、何から直していけばいいのかを検討しはじめる。
その様子にウェッタが吹き出した。
「前向きだなとかカッコいいなとか言っとけ。次からはさ」
彼女は手をひらひらと振った。




