第一章:異装の女性の話
交易路の脇の丘。
中央に立つ一本の老いた木を見て。
「衰えないですね」
ヨグランは羨ましそうにつぶやいた。
《息づく老木の丘》。その中央にある大木が老齢に達している事は間違いない。
表面に刻まれた複雑な模様、手当たり次第に広げた枝の数々、なにより一目で分かるほどの大きさ。いずれも時間をかけて一歩一歩成長してきた様を表したものだ。
しかし老木は、今も春になれば多くの葉を生やす。
夏になれば花をそこら中に咲かせ、秋になれば実を付け、足元を大量の落ち葉で満たすのだ。
かれは老いていても生気に満ちたままだ。
ヨグラン・ハルツには、そんな老木のみずみずしさがまぶしい。
「ぼくも、もう少しこう、若々しくあるべきですね」
英気にあふれた木をしばらく見上げたあと、ヨグランはため息を一つ吐いた。
老木の丘は、人々の家によってぐるりと囲まれている。かれらの先祖たちがここへ腰を据えたのには様々な理由があったろう。
が、かれらはみな先祖が老木のとりこになったのだ、と信じて疑わない。
息づく老木は、かれらのシンボルだ。
そんなかれらの町に、妙な看板を掲げている店があった。二枚の木製の蓋を重ねたものだ。
「当店には二つのフタがありましてな!」
突然に力強い陽気な声がぶちまけられた。
「一つ目のフタは、鍋のフタ。ひとたび開けばウマい料理がてんこもり! これでもかと目を楽しませて、鼻を楽しませるんですわ! 王様だってじゅるじゅるとつばが漏れ出ること間違いなしですぞ! 食の物語はこのフタから始まるってもんです!」
陽気な老人が立て続けにまくしたてるのを、ヨグランはただ見守っていた。彼は瞳を大きくして口を開けている。
「そしてもう一枚のフタは!」
かまわず勢いよく声を上げたあと、急に顔を青年に近づけて、老人は声をひそめる。
「どんな内緒話も外に漏らさない、秘密を閉じ込めるフタでございます」
含みのある笑みを浮かべたあと、すぐに老人は元の陽気さを取り戻した。
「いらっしゃい、お客人! この“ふた二つ亭”へようこそ。ささ、どうぞ遠慮なく中へお入りください。ささ、ご遠慮なく! どうぞどうぞ!」
「は、はあ。では、遠慮なく」
ヨグランは目をしばたたかせながら、店内へと歩を進めた。
店内は、店主とおぼしき老人に負けないほど活気があった。
日差しがよく入って明るい。所々に配された置物の数々が目を楽しませる。景気のいい店主や店員の声がたびたび宙を舞うのも心地いい。
しかし今、店をもっとも活気づかせているのは、一人の女性の存在だった。
ひときわ目を惹く若い女性を男たちが何重にも囲んでいる。
「来たらしい。わりいな、用件だ」
女性は周りの男性陣に一声かけると、立ち上がってヨグランと相対した。
異装の女性だった。
ウェーブのかかった赤い長髪は燃え盛る炎のようだ。しかしその顔つきは猛々しさと無縁で、むしろ童顔寄りといって良い。赤い瞳も丸くて大きい。
彼女が身にまとう上衣は髪と同様に赤かった。
異装と表現する一番の理由は袖だ。幅が広い、いや広すぎる。鳥の翼にむしろ似ているほどだ。
その上に製法が定かではない。一応は厚めの布地に似ているが、女性の動きからは重さが感じられず、更に色も模様もあまりに賑やかできめ細かい。おそらくは最新の技能か魔法で編まれたものだろう。
「よ! 多親教会の人かい?」
赤い女性が愛嬌のある笑顔で声をかけると、青い男性たるヨグランも柔和な微笑で応える。
「多親教会ムワスラ管区のヨグラン・ハルツです。初めまして」
「ふぇー。いかにも聖職者って感じだなー、あんた」
「聖職者ですから」
とたんに女性が吹き出した。ヨグランの返答があまりに素直で真面目なものだったことが、どこか可笑しかったらしい。
「悪い悪い、笑っちまって。あたしはセルウェッテ。賞金稼ぎさ。ま、気軽にウェッタって呼ん——」
「——セルウェッテ・ザルナラッフ?」
「ふぃ?」
彼女がきょとんとした。




