第二章:羊と狼
ムワスラ教会。
柔らかな空気に包まれる場所。
「ごろごろしながら酒ですか。良い身分です」
ときどき、ちくっとするところ。
ファウノは教会の庭にたまっている落ち葉をほうきでかき集めていた。石畳のうえにちらばる落ち葉を丁寧に掃いて、一か所へまとめていく。
ウェッタは大きな木にもたれながら、掃除を見守っていた。
「喉が渇くんだよなー。乾燥してんのかな」
ウェッタは革袋に入った酒をぐいと呑んで、革袋の紐を締める。
「水を飲めばいいでしょ」
「これ飛び切りの安酒だぜ。水と同じさ」
「ごろごろしてるのは同じですよ」
「昨日の疲れが残ってんだよなー!」
ウェッタは肩が凝ったと言わんばかりに身体をほぐす。
実際、昨日はウェッタにとって激動の日だった。賞金首に追い回され、過去の記憶を揺り動かされ、その賞金首が丸焼きにされ、ファウノの正体を知ってしまった。
心身ともに疲れが残っていても不思議ではない。
「じゃあ昼寝でもしてくればいいじゃないですか宿に帰れよもう」
「ヨグラン待ってんの。あいつ賞金首に詳しいだろ?」
ウェッタはそういうと、厭味ったらしい顔になった。
「誰かのせいで当てにしてたカネが入らなかったからさー! あたしが片付けるつもりだったのにさー!」
当て付け全開な言い方にファウノがむすっとする。
「賞金、受け取って来たらいいでしょう。私は要りませんから」
「無理だよ。どうやって倒したんだ、って絶対聞かれる。魔術ナシじゃ勝てねーぞアレ。体格差あり過ぎて」
「魔法でいいでしょ」
「誰が証明してくれるんだよ! 魔法の正当性をさ! おまえがやってくれんのか?」
「責任取れません。信用足りませんし、良い所の娘でもないので」
ファウノは「良い所」をことさら強調して言った。
その皮肉をウェッタはきちんと受け取って苦笑いしたあと、じっとファウノの姿を眺める。
「良いトコの娘ねえ……黙って立ってりゃそれっぽいけどな、おまえ」
「あなたは黙ってても、それっぽくないですね」
「こんにちは」
つまらない皮肉の応酬の中へ、少しおっとりした優しい声が割り込んだ。
「お」
「あの時のお姉さん! こんにちは!」
例の情けない男三人組が揉めて騒ぎを起こした時、知らない間に取り合いされていた当の女性だ。
「この間とは雰囲気違うな。良いトコのお嬢さんみてーだ」
「ありがとう。自分の色、少し塗り替えてみたの」
騒ぎのとき、女性は亜麻色を基調とした素朴な衣装を着ていた。
今日は空色を基調とした明るいものだ。装飾は抑えつつもしっかりした縫製で自然に上品さを強調している。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「ふぁ、ファウノ・ピエリです!」
「そう。ファウノちゃんね。掌、ひらいてちょうだい」
「え? お菓子ですか?」
女性はファウノの掌に十枚近い貨幣を乗せた。お菓子代にしては余りに多すぎる。
「……これは?」
「教会へ寄付するわ。ファウノちゃんのような、良い子のために使ってね」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「こちらこそ、ありがとう」
女性は優しく微笑んだあと、教会の四角く低い鐘楼を眺める。
「本当はね、ちょっと教会が苦手なの。来ていいのかなって。わたし、他人に優しくできなくて。ついつい他人を傷つけてしまうから」
「そうなんですか⁉ 見えません」
「まあデリカシーは無いかもなあ……」
ウェッタは、自分が大きな娘を持つ母親のように言われた事を忘れていない。
「ファウノちゃんを見ていたら、自分も優しくなれる気がしたの」
女性はファウノを見つめる。今日の青い衣服は、ファウノの色を意識したものなのだ。多親教会の者たちは、伝統的に明るい青色と白色を基調とした衣装を身にまとう。
「他人に優しい色へ、自分を塗り替えられる気がしたの。塗り替えさせてくれて、ありがとう」
「よく似合ってます。素敵ですよ」
女性は礼を言うと、優しく微笑んだ。
「多親教会、“多親”ってたくさん親切にしなさいって意味だと思っていたわ。でも」
彼女はファウノとウェッタを交互に見た。
「たくさん親しくなれる、そういう意味もあると思ったの。苦手意識を無くしてくれて、ありがとう」
「はい! 私も、ありがとうございます!」
ファウノがはにかんだ。それを見て満足したのか、女性は軽く手を振ると立ち去っていく。その後ろ姿をウェッタはじっと見つめていた。
後ろ姿が見えなくなって、ウェッタはぼそりと呟く。
「詐欺っぽいなー」
「何が⁉」
「あのねーさん、おまえの表の顔しか見てねーぞ?」
「何が問題ですか⁉」
ファウノはウェッタをぎろりと睨む。
「私は、羊のガワをかぶった狼じゃないんですよ? 羊だって狼だって私なんです。羊の私を、まるでガワだけみてーに言わないでください」
「……ま、そう言われりゃそうか。裏を隠すために取り繕ってるってワケじゃない。神と信仰、本物だもんな、おまえ」
「ええ、くるってますから」
「それちょっとカッコいい気もすんだけどさ、怖いから止めね?」
「怖がり過ぎでしょう」
「妥当だよ」
ウェッタはまた革袋の紐をゆるめ、ぐいと酒を呑み、そして紐を締める。そんな彼女に苦笑して、ファウノは落ち葉を掃き始めた。
太陽は今日も強く照り付ける。暑くなりそうだ。
けれどムワスラ教会は、穏やかな空気で人々を包み続けるだろう。
次話(最終話)は10/10(土)11時に投稿予定です。




