第二章:化け物
「まだ余裕が残るか、女。見上げたものだ」
「女、女、ってさっきから。無造作に呼ぶな、気ぃ悪い」
ウェッタは小剣を小気味良く振ると、勝気な笑みを見せつける。
「セルウェッテ様って呼べよ! うやうやしく跪いてな!」
彼女は勢いよく啖呵を切った。が、男からの反応は冴えない。
「……あん? どした? そこで黙られるとちょっと恥ずかしくなるんだけど」
ウェッタは覗き込むように男を見つめる。
大男は人が変わったかのように真剣な表情になり、厳しい視線を彼女へ向けて呟いた。
「セルウェッテ・ザルナラッフ……か?」
「おまえも知ってんのか。そんな有名か、あたし? まあ有名か。じゃあ仕方ないな」
彼女は最近“セルウェッテ”と名乗るだけでフルネームを言い出されたり、例の異名を持ち出されたりする事が増えている。
とはいえ日々噂を広めるような真似を彼女自身が繰り返しているのだ。先日も賞金首の一味を完封したせいで《行かずの森の流星雨》などという大げさな異名を増やしてしまっていた。
「なんだよ、急にじろじろ見て。今頃あたしが美人だって気づいたのか?」
大男はウェッタの軽口をまるで無視すると、抱えていた巨大な戦斧を地面へ勢いよく突き刺して、両手を空けた。
「丁度いい。お前に聞きたかった」
男のまなざしは真剣そのものだ。
「神のことをどう思う、魔術師?」
「もう少しポイントを押さえて尋ねてくれ。何を聞きたいのかわかんねーよ」
「神の存在価値を聞いている」
「ま、ゼロとは思ってねーな」
「ハエやカと同じぐらいには認めていると?」
「流石にもう少しは多めに認めてやれよ。ちょっとおまえは極端すぎる」
クルザトールの目が更に険しくなった。期待外れと言わんばかりだ。
「お前ほどの上位魔術師ですら、神へ遠慮をするのか」
「上位……上位なあ。上位なんか?」
ウェッタは首を傾げた。どうにも実感がわかないからだ。
「いや確かにあたしはすげーよ? すげーけど。一分野に特化してる感じがしてさ。魔術師同盟が抱えてるガチ上位の連中と、あたし並べていいもんなんかね?」
魔術師同盟は互助組織であると同時に魔術の教育・研究機関の集合体でもある。つまり最先端の魔術を常に追い求める研究者・技術者がいるのだ。
実際、大都市の同盟組織には《王都の黄色の秘玉》だの《魂を引き千切るもの》だのといった仰々しい異名を持つ強力な魔術師たちが所属している。
「謙遜なぞするな、《エズラドルトの戦乙女》が」
「それ止めね? ホントに止めね? バケモン扱いされてる感じで嫌な気分になる」
「お前は正真正銘の化け物だろう」
「ああん? 今なんつった? いい喧嘩の売り方しやがるなあ、おまえ! 頭ぶち抜くぞ!」
勢いよく小剣を大地へ突き立てると、赤い髪の女性が殺意の視線を大男へ向けた。
大男の態度にうんざりしていた所へ、彼女が最近神経質になっている“化け物”という言葉を無造作に投げつけられたせいだ。
しかし、《魔法使い》クルザトールはウェッタの怒りを意に介さず、腕組みをして静かに両目を閉じる。
少しの間のあと、男は目を閉じたままウェッタへ語り掛けた。
「五年前、カル・カーミフ、覚えているか?」
「かる……か~みふぅ……? ごねんまえ~? 五年前ってあたし幾つの時だよ」
ウェッタが賞金稼ぎになったのは精々ここ三年か四年くらいの話だ。五年前というと自分自身をまだ“小娘”だと認識していた頃になる。
唐突にカル・カーミフなる名前を聞かされた事もあり、彼女は困惑しながら頭をがりがりと掻いた。
その頭を掻く手が前触れなく止まった。
困惑は驚きへと変わり、哀しみを伴い始める。
雑然としていた姿勢が改まる。
「……五年前?」
そして彼女は力のない視線を上向けて、物静かな大男の表情を眺めた。
「おまえ、居たのか」
ウェッタの目は哀しみと憐れみに満ちている。
クルザトールは、ゆっくりと目を開くと彼女を静かに直視した。
「俺はあの時」
それは、忘れがたい記憶。
「生まれて初めて化け物を見た」
男を変えた、一つの切っ掛け。




